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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第三話 勇者襲来です魔王さま
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3-5 そのご当人

 壺に貫通魔法を放った瞬間までは記憶にある。


 解き放たれた膨大な魔力の奔流に弾き飛ばされて目の前が真っ白になった。

 そして何某なにがしか自分の与り知らぬ複雑な術式が作動する感触があった。


 あの黒衣の男が床面に描いていた魔法陣かも知れない。

 注入された膨大な魔力によって強引に発動したに違いなかった。

 目の前で真っ白な世界が急速に収束して丸い円になり、そして小さくなって消えてゆく。

 浮遊感というか、背中向きに井戸の底にでも落ちてゆく感覚があった。


 やがて固い床へしたたかに叩き付けられて、思わず呻き声を上げた。

 起き上がろうとしたが四肢に力が入らなかった。

 そして周囲が真っ暗で何も見えなかった。


 それでも何とか立ち上がって灯火の魔法を唱えた。

 そこはひどく狭い石造りの通路だった。もしかすると魔王城の抜け道かも知れなかった。


 壺のあった広間の床に描かれた魔法陣。

 もしかしてアレは転移陣の類いではなかったのか。


 あの男は何者かを転移によって魔王城の外へ、はるか彼方へ逃がそうとしていたのでは?


 あの窮地きゅうちにおいてあれほどの男が身命を賭け、逃走の助力をする者など相当な大物だ。


 そしてこの通路がその転移先とすれば・・・・


「魔王はこの通路の先に居る」


 あるいはそれに近しい者に違いない。


 足元を見れば転移陣の片側と思しき法陣が見えた。

 通路は前方と後方と二つに分かれている。進むのは前方か、後方か。


 少し迷った後に前へと進んだ。

 ひどく身体がだるかった。力という力が抜けきって、息をするのも辛いほどだ。

 魔力が枯渇しかかっているに違いない。

 何処かで休んで、ポーションなり回復魔法なりで体力だけでも戻す必要がある。


 だがせめてその前に転移陣で飛んだ者が何者か、或いは此処ここ何処どこなのか位は確かめておきたかった。


 進んだ先は行き止まりだったが、上方に続く鉄製の垂直梯子があった。

 登ると鉄のふたが有って押すと簡単に開いた。


 外に出ると石造りの平らな道に出て、真っ暗な町と思しき場所に出た。

 街灯と思しきものが道の両脇に点々と立っている。


 戦の喧噪など何処どこにも聞えない。

 戦火すら見えない。極めて静かだった。

 魔王城のある場所から隔絶した土地であるに違いない。

 ひょっとすると魔族の城塞都市の一つなのかも知れなかった。


 充分にあり得る話だ。


 警戒して進もうとしたが、そこで膝が落ちた。

 立っていられなくなったからだ。


 何ということだ、これしきのことで。


 数多の戦線で幾度いくども死線を潜ったが、此処ここまで急速に疲弊したことはなかった。

 異常だった。

 何の前触れもない唐突な異変だ。

 力という力が抜けてゆく。

 まるで全身の血が抜け落ちてゆくかのような、絶望的なまでの虚脱感があった。

 ごつりと鈍い音がして、それで初めて自分の頭が石畳にぶつかったのだと知った。


 ひょっとして何者かの術に囚われているのでは?


 だがもう目を開けることすらも出来ない。


 何たること・・・・


 そこで意識が途切れた。




 次に目覚めたら、見知らぬ奇妙な部屋に寝かせられていた。


 そのままドアを開けて、更に色とりどりで奇妙で珍しい品にあふれた部屋に出た。


 其処そこには見慣れぬ衣装を纏った奇妙な四人組が居て、それで・・・・


 そうだ。あの部屋の主と思しき女の卑劣な奸計にはまり、わたしは再び昏倒したのだ。


 そしていま、暗闇の中で目を覚ましている。


 記憶が蘇ってきて、起き上がろうとしたのだが起き上がれなかった。

 がんじがらめに拘束されていたからだ。


 どうやらわたしは虜囚になったらしい。


 やれやれと溜息が洩れた。


 あの者たちは恐らく魔族の生き残りだろう。

 だとすれば自分の先行きも想像がつく。

 同胞を殺めた者を許す者などは居ない。

 好機があれば無論脱出を試みるが、先程からどのような法術も編むことが出来ず、いましめから逃れることが出来なかった。


 恐らく魔術法術の全てが封じられているのだ。

 自分の肌へ直に刻まれた術式すら無効にするとは、どれ程手練れの技なのか。

 ひょっとして自分と相対したあの魔族の女だろうか。

 それとも別の術者が居るのか。

 遠巻きに見ていた男女の魔族、そのどちらかかも知れない。


 取敢えず自分の置かれた状況が整理出来たので、一息ついた。




「きゃつは今何処(どこ)に居る!」


 トゲトゲに尖りまくった声が聞えた。

 振り返って見れば、自称魔王さまが寝起きの姿のままリビングに仁王立ちしていた。

 子供のそれは甲高いので実によく通る。

 ご近所様迷惑にならなければ良いけれど。


「元気そうで何より」


 朝食の用意が出来たので席をすすめ、朝の挨拶代わりに声を掛けた。

 お子様は昨晩からずっとひっくり返ったままで、今ようやく目を覚ましたようだ。


「あの人は逃げやしないよ。腹ごしらえをしてからでも遅くはない」


 言いなだめてシーザーサラダとベーコンエッグの皿を手渡し、自分も席に着いて食事と相成った。

 わめいていた当人は、ナイフとフォークをぎこちなく使いながら素直に食べている。

 サラダや新鮮な生の魚介類に「ケダモノ扱いするな」と腹を立て、胡椒こしょうにも随分と驚いていたが、今ではもうすっかり馴れたものだ。


 最初の朝なんて、生の野菜や果物など身体を壊す悪鬼が宿ると騒いでいた。

 野菜はまだ分るが果物すら火を通すのが当然だとは。

 逆にコチラがビックリだ。


 わたしはトーストを頬張りながら、朝っぱらから未だご機嫌斜めな小型物体に、「お代わりはどう」とアイスミルクを勧めた。

 だが皿の上のベーコンを上手くフォークに突き刺せず、必死になって格闘していた。


「それどころではないわ」


「じゃあ要らないんだね」


「イヤまて。そうは言うておらぬ」


 そうして苦心の末に刺したベーコンを口に放り込むことに成功し、もぐもぐさせながらコップを突き出すのだ。


 牛乳に凍らせた牛乳を砕いてシェイクした、シャーベット状のアイスミルクである。

 熱帯夜を明けた朝食に飲むとなかなかに爽快だ。


「妙なる冷やかさよのう。暑い日には欠かせぬわ」


 ニコニコして飲む様は正にお子様そのものだ。

 それに欠かせぬなどと言うが、まだこれを食卓に上げて二日目なのである。

 余程にお気に召したらしい。

 そう言えば、以前コンビニでアイスを買ってやった時にもかなりのはしゃぎようだった。

 冷たいものが珍しいらしい。


「でも飲み過ぎ注意。お腹壊すからね」


「!言われんでも分っておるわ」


 伯母さんは用事がるとか言って席を外している。

 なので珍しくお子様と二人での朝食だった。


「魔女の用事などと怪しげなものよ」


 厚切りのトーストをガブガブと勢いよくかじり付く辺り、食欲旺盛で見ている分には気持ちはいいが、文句を言う度に食べカスが飛ぶのは閉口ものだ。


「口にものを頬張りながら喋るんじゃありません」


「キサマに指図されるいわれはない」


「品性の無さも魔王の特権なのかい?」


 何気ない指摘だったのだが一発で言いよどんで口をつぐんだ。

 成る程これは良い決め台詞だ。

 これからも言うコトを聞かなくなったら使うとしよう。

 最も、魔王だの異世界だのを完全に肯定した訳じゃないけれど。


 そして昨夜の女性が勇者だなんて、微塵も信じていないのだけれど!


 何処のファンタジーゲームの世界だよ、と思った。

 そして徐々にわたしの日常がその非現実で侵蝕されつつある。

 憂鬱ゆううつ以外の何者でもない。

 お陰でネット上の美少年成分を摂取する時間が増えて、論文とレポートが著しく滞っている。


 由々しき事態だ。

 最近公介くんとも世間話程度の会話しか交していないし。


 いや、それは以前からそうだったか。


 彼とは何だか今一歩親密になれない壁のようなモノがあった。

 どうやったら距離を詰められるのだろうと、脳内シミュレーションを繰り返し心を砕く毎日だ。


 素直で小柄で未だ少年の面立ちを残し、かつ整った顔立ちの男子高校生だ。

 指先や所作の繊細さも高得点。

 その笑顔と、何よりも自然な優しさがあるのがいい。

 あのハードボイルド探偵も言って居る、「優しくなければ生きる価値は無い」と。


 まぁ、わたしはチャンドラーかぶれじゃないけれど。


 そんな少年がいま、自分の直ぐそばにいらっしゃる。

 手をこまねいている場合じゃない。

 これから先の人生、こんな幸運が訪れるとは到底思えなかった。

 チャンスというものは、手の届く所に在るからこそ掴む事が出来るのである。


 しかし彼はコチラが半歩進んだら半歩引き下がり、引いたら引いた分だけ踏み込んで来た。

 一定の距離をただ保つだけでそれ以上でもそれ以下でもなかった。

 彼なりの処世術なのかも知れないが、もどかしい事この上ない。


 無理を押して全てを台無しにする訳にもいかないし。


「何を色惚けた顔をして食っておる。我が従ぼ・・・いや、公介をネタに何やら良からぬ思索にふけって居るな」


 コイツ、何気に油断成らんな。

 観察していやがった。

 しかも言うに事欠いて色惚けだと?

 自分は従僕と言おうとして慌てて周囲をうかがったくせに。


「公介くんを呼び捨てにするな」


「きゃつ、いや彼はわしと心を通じ合わせた仲であるからな」


 そう言って、ふふんなどと鼻で笑い得意げに見下すのである。

 コノヤロウ。


「彼の額に刻まれた聖痕せいこんは見ておろう。そちに付け入る隙などない。その事はよおく肝に銘じておけ。行きがかりとは言え同居しておる者への心配りじゃ。見知った者が泣きべそをかく様など見たくはないからの。有り難く思うが良い」


「ホントに口だけは達者なお子様だな」


 まったく見かけによらぬ多彩な弁舌。

 あなどっていると、こちらが言い負かされてしまいそうだ。

 将来は弁士にでもなれば大成するかも知れない。


 食後の珈琲はどうすると訊けば、紅茶が良いと返事があった。


「やっぱり苦いものは苦手か」


「やっぱりとはどういう意味じゃ。そもそもあの様なインクのごとき炭汁を飲むおぬし等の方が異常なのじゃぞ」


「珈琲は炭汁なんかじゃない。お茶の一種だ」


「ふん、詭弁きべんろうしても事実は変わらぬわ。それよりも魔女はいつ戻って来る。ヤツには問いただしたいことが色々あるのじゃ」


「焦らずともその内に、あ、お帰り」


「来たかっ」


 振り返ったお子様は、そのポーズのまま固まっていた。

 そしてその次の瞬間には大声で叫んでいた。


何故なぜ、そやつが此処そこに居る!」


 伯母さんと一緒に帰ってきたのは、昨夜お店を滅茶苦茶にしたそのご当人であった。

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