3-3 迷惑千万な危険人物
「店長さん。もうちょっと穏便に済ませられなかったのですか」
「もう仕方がないじゃない。真っ向からこの子に勝てる訳ないのだもの。これでも最小限の被害で済んだと思っているのよ」
そもそもこの人は誰なんですかと訊いたら、「勇者よ」と簡単な答えが返ってきた。
そのご当人、勇者なコスプレの彼女はいま、再び事務室の長椅子の上で横たわっていた。
ご丁寧に亀甲縛りを施されているのは勿論彩花さんの仕事だ。
同じく床の上には未だ白目を剥いている真魚ちゃんもひっくり返っていた。
コチラは何の拘束も施されて居なかったが、いつ目覚めるとも知れない。何をしたのかと問う彩花さんに「ちょっと珍しい香りをプレゼントしただけ」などと店長さんは嘯く。
朝になったら目が覚めるのだそうだが、いったい何を嗅がされたのだろう。
そして俺と彩花さんは店長さんと、散らかるだけ散らかった店内の後片付けをしていた。
「伯母さん。この前といい今回といい、ぶん殴らないと場を納められないのですか?世間には説得とか講和とか、平和的かつ高尚な方法もあるんですよ」
「怒らないでよ彩花ちゃん。あたしだって話し合いで済めばそれがベストなんだって判って居るんだから」
でも拳で語ったのだからこれも説得のうちよね、などと付け加えて、彩花さんの深い溜息と冷たい視線を浴びていた。
一通り片付けを終えた後、俺は店長さんから「悪いんだけれど」と一つお願いをされた。
この直ぐ近くにこの子が出てきたマンホールが在るはずと言われて、外へ探しに出た。
コンビニの周辺をぐるりと一回りしてみれば、確かに蓋の開いた箇所があった。
危ないから取敢えず閉めておいた。
しかし真魚ちゃんといい、あのコスプレ女性といい何故二人ともマンホールから出てくるんだろう。
この界隈の地下道は、全部怪しい身元不明者の抜け穴的通路にでもなっているのだろうか。
地面の下に、店長さんの言っていた異世界とやらが広がっているとでも云うのか。
「当たらずとも遠からずね」
外から戻って来て店長さんに訊いてみたのだけど、実にしみじみとした口調でそんなコトを宣うのだ。
あの、肯定されても困ります。
むしろ否定して欲しかったのに。
事務室の中、意識不明の二人の脇で俺たち三人は休憩がてら珈琲を飲んでいた。
流石に五人も詰め込まれているので狭いこの部屋はいっぱいいっぱいだった。
お陰で彩花さんの盛大な溜息が耳元で聞えた。
何だか不必要に距離が近いように思える。俺の気のせいなんだろうか?
「止めて下さい、伯母さん。此処は二一世紀現代の日本なんです。マンホールや下水道は都市を維持するインフラの一部です。都市計画に基づいた建造物なんです。コスプレしたアニメおたくが出入りして良いところじゃないんです」
「残念ながら彩花ちゃん、設計者が意図した通りに使われていない物件って意外に多くてね。ついうっかり異世界からやって来た魔法使いが、『コイツは丁度良い』ってな塩梅で無断使用していたりする事案があったりするのよ」
「そんなトンチキな問答したい訳じゃありません」
「それよりも店長さん、この女性はどうするんですか?」
「当局に押し付けても良いんだけれど、それはソレで厄介ごとが増えそうな気がするのよねぇ。ほら、アレは一匹見かけたら三〇匹は居るっていうじゃない。『アレが最後の一匹とは思えない』と昔の偉人も言って居たわ」
「この女性はあの黒光りヤツするですか。それから最後の一匹云々は偉人の台詞じゃないです。警察に突き出したくないと云うのなら、ひょっとして、くそガキ・・・・じゃなくて真魚と同じように我が家に引き取ると。そういう流れになるのですか?」
「ええぇ~」
「何です、その嫌そうな顔は」
「出てきたマンホールにこのまま叩き込んでソレでお終いにしない?」
「店長さん、これ以上の流血は無意味とか何とか言ってたでしょう。その舌の根が乾かぬうちにぶん殴って気絶させるというのも、かなりアレですけれど」
「よく憶えているわね。さっきはああ言った方が油断するんじゃないかしらんと、咄嗟に口から出てしまったダケよ。拘束出来たのはコレ幸い。こんな物騒なヤツ、とっとと厄介ばらいしたいわ。そうね、ドラム缶に突っ込んでコンクリート漬けにしたあと、海の底にドボーンっていうのが後腐れない・・・・」
何だかトンデモないこと言いだしたぞ。
そして真横で突然、彩花さんの威圧感が増した。
「伯母さん?」
これ以上ないほどに冷え込んだ、絶対零度の詰問である。
やべぇ。間違いない、激おこだ。
「あ、ヤダ。う、嘘よウソうそ、ジョーダンです。イッツアジョーク。場を和ませようとした冗談です。本気でそんなコト言うはず無いじゃない。彩花ちゃん、そんな怖い顔しな~い、本気で怒らないで・・・・ね?」
「世の中には言って良いことと悪いことが在るんです」
地の底から響いて来るかのような物騒極まりない声音だった。
「そ、そうよね。うん、判ってます。あたしが不謹慎でした、ごめんなさい」
ペコリと頭を下げた後、店長さんは「じゃあ仕方がないか」と言って立ち上がった。
そして自分の額を指先でつんとつつき、今度は亀甲縛りでぐるぐる巻きになっている彼女のおでこをつんとつついた。
「何をしたんです?」
「普通にこの国の言葉を話せた方が便利でしょ?日本語変換機能と一般常識、及び日常会話語録の辞書をコピーしてインストールしました。既に気絶しているから再起動は不要、目が覚めると同時に最適化されて自動起動します」
「そんなパソコンのアップデートみたいなこと言われても」
「っていうか、そんなに簡単に異国の言葉を憶えられるのなら、わたし達の外国語の勉強なんて意味がない。それどころか他の学科も・・・・」
「そんなコト言っちゃダメ。勉強というものは、自分で調べて自分で考えて自分で答えを出し、自分の力で成し遂げるものなのよ。それに学校は勉強をする所じゃありません。勉強のやり方を学ぶ所なの」
「そんないい話風に言われても何だか釈然としません」
「労せずして得たものは失うのも易し、よ。近道は大人になってから」
「わたしは成人してますよ、伯母さん」
「彩花ちゃんは研究者でしょう。論文を盗み見て拝借するだなんて恥ずべきコトだと怒っていたじゃない」
彩花さんはぐうと呻いて二の句を告げるコトが出来ず、俺もまた店長さんの正論に押されて言い返すコトが出来なかった。
確かに、他人の成果を丸コピーだなんて褒められることじゃない。
ましてやソレを羨むだなんて。
なので、この話はコレでお終いとなった。
「今後の事は後で話し合って決めましょう。取敢えず今日のところ、この迷惑千万な危険人物はあたしの家に連れ帰るわね」
夜が明ける前に撤収しますと店長さんは言い、俺はまたしても早番への引き継ぎが終わったら家に来るようにと言われた。
まぁ家に帰っても一人だし、録画したテレビドラマかスマホでネットの動画を見て眠るのが関の山で特にする事は何もない。
なので問題無いと言えばそうなんだけれども、予定の無い毎日を見透かされているようであんまり面白くなかった。
「イヤだったら無理に来る必要はないよ。どうせ伯母さんの奇天烈な言い訳を聞いてお終いだろうから」
彩花さんにそんな気遣ったコトを言われると、尚更落ち着かなくなる。
しかも、何だったら後でメッセを送ろう、などとおっしゃる始末。
なので「大丈夫ですよ」と見栄をはった。
やっぱり俺は天邪鬼だな。
或いは、見透かされる云々では無くて、ハブられるのが面白くないだけなのかも知れない。
件の彼女と未だ目の覚めない真魚ちゃんは、リヤカーに積まれていま現在駐車場に在った。
こんなモノ何処にあったんだろう、と思っていたら「こんな事も在ろうかとお店の裏に用意していました」等と言われた。
いったい、どんな「こんな事」を想定していたのやら。
手伝いますよ、と申し出たのだが大丈夫と断られてしまった。
それよりも彩花さんと一緒に店内で破損した備品の確認、廃棄される商品のチェックや補填をよろしくと言われた。
そして、真っ暗な深夜の路地をえっちらおっちらリヤカー引いて歩いて行く店長さんを、彩花さんと共に見送った。
何なんだろうなこのシチュエーション、と思った。




