3-2 どごーん、といった感じ
「××××××?××××壺××××××なぜ?」
その言葉は最初に真魚ちゃんが話していた言葉に似ていた。
だが切れ切れで単語は判るものの、物言いの半分も聞き取れなかった。
そして唐突に前に踏み出した真魚ちゃんが、コスプレ女性に向けて大上段に口上を述べたのである。
「やはり来おったな。執念深いとは知っておったが遂に此処までとは」
だがその刹那、台詞は鰓子さんによって遮られ両手で口を塞がれていた。
「ちょっとお待ち下さい。まだこの者は我らをよく判って居りません。わたしはいつもの仮面を被って居りませんし、魔王さまは子供に戻って以前とは別人です。コチラから手札を見せる必要は無いでしょう」
「ふぃ、ふぃかしらな」
「お家でお留守番していて下さいと言ったでしょう。此処で先走って何とします」
「ひゃかましいわ。わひを子供あふかいふるな」
例の外国語で大層な啖呵を切ったかと思えばボソボソと日本語で話したりと、何とも二人は落ち着かない。
そして彩花さんは俺以上に途方に暮れていた。
「なぁ公介くん。このコスプレ女もヘンテコな外国語を話しているが、くそガキと同郷の人間と考えていいのかい?」
「切れ切れに単語は判るんですけれど、別の言葉みたいです。何言って居るのかはサッパリ」
「伯母さんやくそガキのリアクションから、顔見知りには違いないみたいだが」
「顔見知りと言っても色々在りますからね」
俺たちが小声で話してる最中にも、ボロボロの服をまとった彼女は警戒心も露わに、やはりボロボロの剣を掴んで身構えるのである。
「先程、その黒髪の子供が喋ったのは魔族の言葉だな」
今度のコスプレ女性の台詞はハッキリと判った。
店長さんや真魚ちゃん同士が喋るあの言葉だった。
「というコトは、その方らは魔族の一員か。此処は未だ魔王城の一角か。この奇矯な光景、まだこれ程の魔道具の類いを隠し持っていたとは」
魔道具ってのはひょっとして、此処の陳列商品のことだろうか。
魔王城ってこの前聞いた異世界云々の、あの魔王城のコトなんだろうか。
だとすればやっぱり彼女は向こう側からの来訪者ということになる。
やっぱりというか何と言うか、どうやら俺はまた拾ってしまったらしい。
「相手の素性を詰問するというのに、自分は名乗らずに済ますおつもりかしら。それともわたしが尋ねるのを待っていらっしゃるのかしら」
「今更なにをとぼけたこと。そこな女性。あなたがこの部屋の主か。わたしに止めを刺すというのなら来るがいい。容易く屠れると考えぬ方がよいぞ」
そう言って凄むと、彼女は折れた剣先を二人に向けて突き付けるのだ。
店長さんは凜としているのだが、真魚ちゃんは口を両手で塞がれたままジタバタ藻掻いていた。
抱きかかえられたまま暴れる猫みたいな有様だ。
「血の気が多くて困りますね。あなたを害するつもりは無いのですよ。剣を納めなさい。あなたの武勇はよく聞き及んでいますが、今此処でそれを奮ったとて何も得るものはありません」
「何を云うておるっ。このイカサマの魔女が!此奴は我らに仇なす不倶戴天の敵。此処で会うたが百年目。此の地で塵に還るがよ」
押さえ込む腕を振りほどいた真魚ちゃんが威勢良く叫んだのだが、店長さんが空いた手で懐から何か布きれを取りだし、彼女の鼻先を軽く擦った。
途端、「きょわあっ」裏返ったと奇妙な叫び声を上げた。
そしてそのままくたくたと床に崩れ落ちて、動かなくなってしまったのである。
「ちょっと黙っていて下さい。話が進みませんから」
真魚ちゃんは白目を剥いてヒクヒクと痙攣している。
だが店長さんはヒョイとそれを跨いで通り、突き付けられた切っ先の真っ正面に立ち塞がって見せるのだ。
俺と彩花さんがノビた真魚ちゃんに駆け寄って、二人でずるずると店の隅っこまで引っ張っていった。
そしていま、店長さんとコスプレ女性は互いに相対し睨み合っている。
「何のつもりだ」
「アナタは立派に勤めを果たしました。これ以上の流血は無意味。それを説いてお聞かせしようと思いまして」
「わたしを謀るつもりか。そなたは魔女だな、まだ残っていたか。この身にまやかしや幻術は効かぬぞ」
「よく存じて居ります。故にこういうものをご用意致しました」
そう言って何処に持っていたのか馴れた手つきで仮面を被るのだ。
あれ?アレって防毒マスクじゃあ・・・・
俺が小首を傾げるのと同時に、プシュっと小さな音が聞えた。
突如、絶叫が響く。
耳をつんざき、店を揺るがさんばかりの正に魂の悲鳴であった。
店長さんの手から何かがぽいと何かが投げ捨てられて、コロコロと足元に転がって来た。
拾ってみると「効果てきめん猛獣撃退用催涙スプレー」と書かれてあった。
脇から覗き込んだ彩花さんが小声で、「外道」と呟くのが聞えた。
そしてコスプレな彼女はデタラメに悶絶を続けているのである。
「卑劣な!」
そんな声と共にむせび泣きながら、ただ闇雲に剣を振り回すのだ。
お陰で陳列棚がひっくり返され、商品が片端から吹っ飛んでいった。
スナック菓子の包装が破れて中身が飛び散った。
グミキャンディーが床一面に巻き散らかされて、カラフルな粒が照明を反射して光っている。
転がるプラスチック容器が踏み潰されて、期間限定の蔵出しプリンが惨死体に成り果てた。
なんて勿体ない。俺の好物なのに。
彼女は壁を背にしようとしていた。
最初は逃げだそうとして居たみたいだけれど、周囲の勝手が分らず諦めたようだ。
目を真っ赤にして泣き腫らし、咳き込み洟をたらし、顔中ぐちゃぐちゃになりながら後退る。 けれど、自分の散らかした商品に足を取られてたたらを踏む有様だ。
間違いなく、まともに周囲が見えていなかった。
それでも剣を振る手は休まない。
そして一振ごとに店の中の様々なモノが切りつけられて、それこそそこら中に散らばってゆくのである。
もう止めて欲しいなぁソレ。
いったい誰が片付けると思ってるんだよ。
一方の店長さんはなんか余裕だった。
デタラメな切っ先を巧みに迂回してヒラヒラと躱し、軽やかにステップまで踏んでいる。白いスニーカーが時折キュッキュッと小気味よい音を立てていた。
しかしやがてその足音すら消し、音も無く背後に回ると、すらりと右の拳を振り上げた。
其処には銀色に輝く鉄製の何かが見えた。
あ、それ、前にも見たことがある。
「店内ではお静かに勇者さまあっ!」
真後ろからの掛け声に、小汚い女性が瞬時に反応。
振り向きざまに剣を振るうがそれすら躱され、打ち下ろしの右が側頭部に直撃。
ヒットの鈍い打突音の直後、彼女の身体がその勢いのまま床に叩き付けられた。
その衝撃でまたしても店舗全体が大きく揺れる。
どごーん、といった感じだろうか。
狙い違わぬピンポイント。
そしてとんでもない速度で繰り出された拳撃であった。
柔道の体落としっぽい体勢だったし、全体重が拳に乗っていたのではなかろうか。
図らずも、ゲンコツと床とで頭をサンドイッチにされたコスプレな彼女はもうピクリと動かない。
「・・・・」
・・・・ホントに動いてないな。
まさか死んでないよね?
振り抜いた拳をゆっくりと納め胸を張り、店長さんは仁王立つ。
その顔は大きな仕事をやり遂げた充実感に満ち満ちていた。
そして天井を仰いで「よし」と満足げに呟いた声は、聞かなかったことにした。




