1-1 来る途中で拾った
間柄公介は高校生だ。
公立鈴木高校の一年生。
この平和な日本で、手頃な町をちょっと捜せば直ぐに見つけられるごくありふれたごく平均的な存在だった。
勿論、大量生産でお手軽に出来上ったテンプレートな男子生徒だなどと安直な感想を口にしてはいけない。
彼らは何処からどう見ても在り来たりな存在なのだが、それでも一人前の人格を宿した一個の人間で、裏打ちは薄くとも短い人生経験の中から自尊心や大人にはよく分らない価値観とを兼ね備えた、未来の社会を担う若人であるからだ。
「一見頼りなさげにも見えるが相応におだてて少し煽ってやれば、存外に役に立つという便利物件で・・・・うーん、もうちょっとエスプリ効かせた文章の方が食いつきがいいか?」
「三千本桜さん、なに勝手にひとのコトをブログに書き込んでいるんです」
「わ、吃驚した。いつの間に来たんだよ公介くん。他人のスマホを勝手に覗き込むというのは礼を失しているとは思わないかね」
慌てて画面を隠していたが、もう文面は全部読んだ後だったので意味が無かった。
壁時計は二二時を回っていた。
店内に他の客は居なかった。
店の駐車場はがらんとしていて辺りには人気もない。
来る気配すらない。
この辺りは気の利いた繁華街もなく、大通りからも外れていて店の前の道には通行人どころかクルマすら走っていなかった。
閑散とした住宅地の傍らにぽつんと建つ、昼間でも客足まばらな小さなコンビニでしかなかった。
お陰で店員は暇を持て余し、仕事以外の時間つぶしに余念がなかった。
やる仕事は幾らでもあるけれど、サボろうと思ったら幾らでもサボれる。
しかも深夜手当で時給は割増しだ。
なんというコストパフォーマンスの悪さだろう。
働く方からすればウハウハだけど。
しかし深夜のコンビニ店員なんてこんなものだ。
「バイトの同僚を独善と偏見で寸評して、ネットに晒すという方が余程に失礼だと思います」
「これは単に草稿だ。わたし個人の覚え書きだよ。実名を晒すだなんて其処までわたしは無礼じゃない。ネットリテラシーは弁えて居るよ」
「以前間違えて店長の名前出したことがあったでしょ。半日ほどで消されてましたけれども、その時点で既にプレビュー付いてましたよ。バレてクビになったらどうするんです。そもそも人物評をネットに晒すだなんて悪趣味ですよ」
「何を言う、これは考現学の一環だ。緻密な人間観察を行なうことで自分を取り巻く社会というものを分析するという純然たる研究活動だ」
「大学での専攻って社会学でしたっけ」
「そう。このところレポートが立て込んでいてなぁ。自分の研究が停滞してるんだよ。ブログを更新する暇すら無い」
「今しっかりやってたじゃないですか。そもそも何ですかこの少年観察日記って。偏ってませんか、趣味全開じゃありませんか。研究活動云々ってタダの言い訳でしょ。そのうち警察に通報されますよ」
「いやぁ、きみみたいな現役の男子高校生が、お姉さんのブログをフォローしてくれるなんて嬉しいなぁ」
「読みたくて読んでる訳じゃないんですけれどもね」
何書かれて居るか分らないからチェックしている。
迂闊な事を書いたら即当局に訴えますからねと釘を刺したのだが、「わかった、わかった」と生返事が返って来るだけだった。
気にしている様子なんて微塵も無かった。
彼女が胸を張って宣う正当性なんて端から信じてはいない。
研究観察だなんて嘘っぱち。
過去の投稿文を遡ってみれば直ぐ分る。
ソレっぽい文面で装っているが耽美趣味があからさまだった。
色眼鏡で世間を見回すアレなご婦人の一派なのである。
少年趣味の爛れた女子大生め、と思った。
「高校はもう夏休みに入ったのかい?」
「ええ、一昨日から。でなきゃこんなみっちりバイトなんて出来ないですよ。大学も?」
「二週間ほど前からね」
「いつまで?」
「九月の第二週まで」
「二ヶ月もあるんですか」
「教授や助教授たちも論文の草稿に忙しいんだろう。かくいうわたしも講義が無いだけで研究だの課題だのやることはてんこ盛りだ。全く休みという気がしない」
「病んだブログの下書きは出来るのに?」
「ソレはそれ、コレはこれだ」
そして、コレは病んでなどいない、社会行動学的見地から大衆文化を分析するための記録云々などと、学がある連中特有のこねくり回した屁理屈を並べ立てていた。
実に見苦しい。
ようやく汗が収まってきて、逆に俺は身震いした。
店内はクーラーが効きすぎる。
昼間は兎も角、今夜は熱帯夜という訳じゃない。
昨今じゃあ珍しいちょっと涼しめの気温である。
まぁ連日の猛暑(というか酷暑)と比べてほんのちょっとダケだけ、という話なのだけれども。
「でもこんな深夜のシフトに高校生であるきみが入っていいのかい?色々マズいと思うんだけれど」
「店長に泣きつかれましてね、今月だけですよ。三千本桜さんも俺が一八歳フリーターだということでお願いします」
「それは良いけれど、きみは相変わらず固いなぁ。出会って既に半年は経つというのに未だ名字呼びかね。そろそろ名前で呼んでくれてもいいんじゃないかな?『彩花さ~ん』とか語尾を伸ばしてくれればなお結構」
「ご遠慮申し上げます」
「冷たいなぁ。それからさっきからずっと気になって居たんだけれど、その背中に背負っているモノはいったい何なのかな」
「此処に来る途中で拾ったんですよ」
そう言って間柄公介は奥の事務室に入ると、そこに据えられた長椅子に背中の物件を横たわらせた。
それは、サイズの合わないブカブカの黒服に身を包んだ、中学生と思しき黒髪の少女だった。




