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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第二話 お勉強のお時間です魔王さま
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2-7 何をやりたかったのだろう

 夕刻に仮眠から目覚めてみると、伯母はまだ仕事から帰っていなかった。


 スマホにメッセが届いていて、夜勤のシフト員が来るまで店を離れられないとあった。

 実質半日を真魚とかいう名のお子様にツブされたのだ。

 色々とやるべきことに翻弄ほんろうされているのだろう。


 冷蔵庫の中にある作り置きの惣菜を温めて、一人で夕飯の用意をしていると件のお子様がやって来た。

 リビングからはテレビの音声が聞えてくる。

 わたしが眠っている間ずっと見ていたらしい。


「ご飯、食べるだろう?」


「・・・・もらおうか」


 もう一人分用意して、箸では無理だろうとスプーンとフォークを出したのだが、手づかみで食事をしようとする。

 慌てて止めて、コレを使うのだと教えてやった。


「ほう、成る程。手を汚さぬという工夫か」


 妙な感心の仕方をするので逆にこちらが驚いた。

 スプーンやフォークすら使ったことが無いなんて、大人びた物言いや語彙ごいの豊富さに比べて随分とチグハグだ。


 そういや朝食のサラダもフォークが添えてあったのだが、火が通っていない物など食えるか、等と言って手を着けなかった事を思い出した。


 ひょっとしてそういう文化圏の子なのだろうか。

 インドや東南アジア方面なら在りそうな気がする。


「口には合う?」


「うむ。悪くない」


 温めた惣菜は茄子の味噌和えと人参とゴボウの煮っころがしだった。

 少し匂いを嗅いでこの食材は何か、と訊く位で後は何の抵抗も無かった。

 何も言わずに黙々と食べていた。


 白米や味噌汁にも戸惑う様子は何もない。

 この子は外国の子なんだよな、以前に日本食を食べたことがあるのだろうかと、肩すかしを食った気分だった。


「しかし昼間から寝て夕刻にお目覚めか。よい身分よな」


「夜勤なんで夜昼逆なんだよお子ちゃま。自分の常識だけで世間を語るな、了簡狭くて知見と器量が貧弱だぞ」


「ふん、昼間の仕返しのつもりか」


「悪態つく前に何か聞きたいことが在るんじゃないのか」


「何故そう思う」


「なんとなく」


「ふむ。てれびとやらを見ていたが、あれは便利よな。遠方の出来事が一目瞭然(りょうぜん)。遠見の鏡でもあれほど多種多様な地域や、民草の子細を見て回ることは叶わぬ。しかも魔力も魔法も使っておらぬというのは驚きじゃ。デンキというものは実に多彩な姿を宿した力のようじゃの」


「電気に色々な姿が在るんじゃなくて、それで動く機械の種類がそれぞれ別の役割を果たしているだけだよ」


「機械とはカラクリのことか?さすればデンキはただの力と。そなたの伯母もそのようなコトを言うておったのう。

 一つ聞きたい。この国に王は居らぬのか。まだ事の一端しか知り得ぬが元老院と思しきものはあるようじゃ。だが、大臣か党首が居るくらいにしか見えぬ。この町を総べる者はどの様な家の出じゃ。貴族や領主の数はどれ程になる」


「・・・・」


 どう説明しよう。


 少し迷った後にこの国や自分の知っている範疇はんちゅうのであれやこれや、その他常識にまつわるエトセトラをかいつまんで話してやった。

 これからこの家で暮らしていくからには一般常識は必須だろう。

 可能な限り無用のトラブルは回避したい。


 物言いや物腰から決して理解度は低くない筈と、少なからぬ希望を盛り込んでの調教、もとい慣習や「知っていて当たり前」の授業を行なった。


 お子様は小刻みな質問を挟みつつも「ふむふむ」と素直に聴講し、バイトに出掛ける時間まで、わたしは長い長い講義を行なう羽目になったのである。


「成る程。だいたいこの国やこの世界についてのあらましは分った。そなたはなかなか説明が達者じゃのう。頭の回転も悪くない。分かり易かったぞ。食い扶持ぶちに困った時には我が城の門を叩くが良い。下級書記官かその補佐程度の職ならば用意しよう」


「・・・・そりゃどうも」


「まぁ、わしをふん縛った件については忘れた訳ではないがな」


「この説明で相殺してくれ」


「ふん。勘弁してやらんでもないが、ひとつ条件がある。そなたはこれからあの魔女の店に行くのであろう。わしも連れて行け・・・・なんじゃその嫌そうな顔は」


「お子様はもうお眠の時間です」


「あの店には我が従僕じゅうぼく


 そこまで口にしたところで不意にキョロキョロと辺りを見回した。

 眼差しに焦りがあった。

 どう見ても何かを怖がっている。

 実に挙動不審だ。

 「伯母さんならわたしが店に行くまで向こうにいるぞ」と言ったら、あからさまにほっとした顔をした。


「そんなに怖いならはなから言わなきゃいいのに」


「だ、誰があの不敬な暴力魔女を恐れておるか。夜はもう深いゆえ少しばかり辺りに配慮したまでの話じゃ。わしはヤツに、公介に会わねばならぬ。朝から丸一日顔を見せておらぬ故に寂しく思っておろう。不憫ふびんである」


「逆にホッとしていると思う」


「やかましい。あの店に目を覚ましたまま向うは初めてあるからな。ささ、早う案内するのじゃ」


 そう言えばそうだったなと思うと同時にわたしは軽い頭痛を覚え、長時間の「講義」で疲れた眉間を軽く揉んだ。




 店に入れば遅番のシフトは誰も居なくて、伯母と公介くんの二人が既に仕事を始めていた。

 昼間、店に出られなかった時間帯をフォローしてもらった分、早めに上がってもらったらしい。


「あら真魚ちゃん、こんな時間に何用かしら。お子様はもうお眠の時間よ」


「姪と同じ台詞を吐くでない」


「このお子様が公介くんに会いたいとか言ってる」


「あらまぁおませさん。でもダメよ、彼はもう売約済みだから」


「子供扱いするなと何億回繰り返せばよいっ。そもそもわしはそのような事は一言も云うてはおらぬ。奴がわしの顔を見たそうにしているであろうと配慮したまでのこと」


「俺がどうかしましたか?」


「ああ、公介くん。何でもないんだ。お子様が駄々こねているだけで」


「失敬であろう、ひょろ長女!」


「女の子がそんな乱暴な口を利いちゃいけないよ。眉間にシワなんて寄せたら可愛い顔が台無しだ」


 公介くんはそう言って腰を屈め、お子ちゃまと同じ目線になるとその頭を軽く撫でた。

 一発で大人しくなったが、何かムカつく。

 そしてそう言えば彼は地味にたらしであったな、と思い出した。


「彩花ちゃん、羨ましくてもガマンよ。相手は子供なんだし。夜勤は長いんだから焦る必要はないわ」


 小声でささやいてくる伯母もまた腹立たしかった。


 お子様はまたぞろあの異国の言葉で彼と少し会話を交わし伯母とも二、三話した後に、何故か突然店の床を撫で回し始めた。まるで何かを確かめているかのようだった。


 しばらく熱心に奇行に没頭していたが、やがて何事かを呟いて立ち上がると、「夜を徹しての責務、大義である」そんなことをヌカして伯母と共に帰って行った。


 あのガキんちょは、いったい何をやりたかったのだろう。

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