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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第二話 お勉強のお時間です魔王さま
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2-6 わたしも大概お子様

 家に戻ってみれば誰も居なかった。


 伯母もあの子供も居なくてがらんとした家屋があるだけだ。

 あの取り扱い注意なお子様を連れて何処どこに出かけたのだろう。

 一人で放逐ほうちくするとも思えない。

 もしかすると普段着だの日用品だの、その手のものを買いそろえに行ったかも知れなかった。


 妙なことになったな。


 思わぬ同居人が増えたという事もさることながら、そのご当人は魔法だ異世界だとまことしやかにのたまい、その世界からやって来たなどと臆面もなく言い切るのだ。

 そんな相手を胡散うさん臭いと思うのは決して間違って居ないと思う。


 ましてや、長年家族として暮らしてきた肉親が同調し、自分も実はそうだったのだなどと言い出す始末。

 困惑しない者が居たら教えて欲しかった。


 不意にスマホが鳴った。誰かと思えば伯母からで「いま何処に居るのか、真魚ちゃんは家に帰って居ないか」と聞かれた。

 残念ながら家はわたし以外に誰も居ない。

 そう答えたらあからさまな溜息が聞えた。


「ひょっとして迷子?」


「そうなのよ、まったくあの子ったらやることが有るだのすってんのと。ろくに道も知らないというのに」


「分りました。わたしも捜してみます」


 ごめんなさいね、といささか慌てた口調の後に通話は切れた。

 全く以て世話の焼ける新参者である。

 夜勤に備えて一寝入りしようとしていたのにとんだ雑務だ。


 玄関を出た後に、念の為に家の周りをぐるりと一周した後に大通りを目指した。

 考えてみれば迷子を捜すなんて久方ぶりだ。


 見たところあのくそガキは小学校高学年か良くて中学生。

 平日の日中ならば学校だけれども生憎と今は夏休みの最中だ。

 取敢えず心当たりをと思うのだが、はて、今どきの子供は普通どんな所に行くのだろう。


 あれ位の年頃のとき、わたしの同級生は何をしていたのだろう。


 生憎と自分の経験はあまり当てにならない。

 父親がバイク好きで、休日の度に庭で愛車の手入れをしていた。

 エンジンをバラしたりチェーンの調整やクラッチワイヤーの張り替えなど色々やっていた。

 父親がソレなものだからわたしも小さい頃から興味を持ち、プラグ交換やオイル交換くらいは出来るようになった。


 我ながら随分とかたよった小学生だったと思う。

 普通その手のものは男子が興味を持つヤツだろう。

 少なくとも一〇歳そこそこの女子がやるソレじゃあない。


 大きくなったら自分も免許を取り、父とツーリングに行くのだと約束をした。

 しかしそれは決して叶わぬ遠い昔の記憶となった。


「何を呆けた顔で歩いておる。ひょろ長女」


 聞き覚えのある声に振り返って見ると、件のくそガキが路地の真ん中で腕組みをして立っていた。


「おまえを捜していたんだよ。伯母さんが心配している。家に戻るぞ」


「捜していたとはコチラの台詞じゃ。家に戻っても施錠されていて入れんではないか。まぁよい。町を案内せい。初見の地である、大まかに近隣の概要が分る程度で良いぞ」


「相変わらず偉そうだな。目上の者には敬意をはらえと教えられなかったのか」


「ふふん。ならばその台詞そっくり返してやろう。だがつまらぬ口論は時間の無駄じゃな。この界隈かいわいで人が集まる場所などどの様なものがある?」


 わたしは溜息をつくと伯母さんに「子供は見つかった」とメッセを送り、ガキのお守りをする事に相成った。

 まったくホントにやれやれである。


 ちまちまとした生意気物体を連れて歩きながら、近所のスーパーだのディスカウント・ストアなどを適当に案内した。

 何が珍しいのか、少し歩くだけでもアレは何だソレはどういう意味だのと訊いてきて実に面倒くさい。

 本語が喋れる云々(うんぬん)以前に根本的な一般常識が欠落している。


 そもそも現代でクルマや信号機を知らないというのはどういうコトなのか。

 アスファルトや電信柱の意味を訊いてくるなど普通じゃない。

 しかもこの子自身、額にツノまで生えているのである。


 まぁ、骨の病気や変形とかでツノの生えた人が居るのは知っているけれど、果たしてコレをそれと同じと考えていいのか?


 コイツが普通じゃないのは理解出来る。


 だが自分たちが住んでいる世界とはまったく別の場所、アニメやファンタジー小説そのものの世界からやって来たというのは納得出来なかった。

 そもそもあの伯母のはっちゃけた説明を、そのまま鵜呑みにする方がどうかしている。

 ちょっとばかし思い込みの激しいお子様の妄言、そう考える方が一番しっくりくるのだ。


 しかしそれだと、伯母もこの子と結託して悪ふざけに加担しているという話になる。

 この子を引き取る言い訳にしても、もうちょっとマシな「設定」があるだろう。

 伯母は時々お莫迦ばかをするが、うわべだけで真性のそれじゃあない。

 大事な場面や機微を読む程度の機転と分別はある。


 だからこそ分らなかった。

 どうにもこうにも微妙に辻褄つじつまが合わなかった。

 伯母の説明やこのガキの御託ごたくをすべて受け容れた方が確かに筋は通る。

 それがとてつもなく面白くなかった。


 ふと気付いたら、したり顔で見上げているくそガキと目が合った。

 いつの間にか一人で考え込んでいたらしい。


「どうした、わしがきさまの理外の地より来た者と未だに信じられぬのか」


 まるで見透かしたかのように、ニヤリと笑む様子が腹立たしかった。


「おぬしの伯母、家長たる者の言すら退けて、自身の目や耳で見聞きしたものばかりが世の全てと信じるのか。おのれの常識のみが一切諸行いっさいしょぎょうに通ずると思い込んでおるのか。

 まぁ致し方あるまい。トールマンは頑迷なうえ了簡りょうけんが狭いでな。寿命が短いがゆえの、知見と器量の貧弱さであろう。哀れよの」


 本当に生意気この上ない。

 しかもレイシストのバイアスまでかかっている。

 トールマンなどという呼び名は耳新しいが、このくそガキが自身以外の者を指して言って居るのは間違いなくて、さも己がより上等な存在だと思い込んでいる所が、更に神経を逆なでするのだ。


 誰だ。

 ガキにこんな歪んだ教育を施したヤツは。


「疑ってかかるのは研究者の第一歩なんだよ、お嬢ちゃん」


 そう答えて軽く流すことにした。


「ほう、おぬしは探求者だと申すか。なればいま少し柔軟なものの見方をしたほうが良いの。意固地では大事なものを取りこぼすぞ。真理を欲する者は謙虚けんきょたらねばならん」


 言うに事欠いて。ホントに口の減らないガキである。


「成る程。伯母さんの制止を無視した挙げ句、長い時間トイレを占領した者の台詞は含蓄がんちくがあるな」


 言った瞬間しまったと思った。


 だが一旦いったん放った言葉は引っこめられない。

 不意に足へ少女の蹴りが入った。

 大した強さじゃない。

 小学生の蹴りなんて高が知れている。

 そして、ねてずんずんと道を先行く背中を追いかけて「悪かった」と謝った。


 やれやれ。

 この子をくそガキだ何だといながら、このわたしも大概たいがいお子様だな。


 人生修養が足りないと反省しながら、「コンビニでアイスでも買おう」と話し掛けた。

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