11-1 ご愁傷さまだね
「これで繋がったと言うの?」
「寸断されてる状態よりは余程にね」
暗い石造りの広間に居るのは二つの人影で、どちらも暗い色合いのとんがり帽子を被り、裾の長いローブを羽織っていた。
片方は背が高く痩せぎすの面立ちで、もう片方は彫り上がったばかりの仮面を足元の雑嚢に仕舞い込むところだった。
「思ったよりも早かったと言うべきか、それとも力を注がれて触発されたと言うべきか」
「大事なのは何時までこの状態が続くのかって事だと思うけど」
「うーん。一冬くらいは保つんじゃないかしら。多分だけど」
問われた片方は雑嚢の口を閉めて立ち上り、肩を竦めてみせるのだ。
「頼りないわね。そんな大雑把な事でいいの?失敗したらやり直しは利かないのよ」
「保たなかったら最初の予定通りするダケ。今回のこの状態はオマケくらいに考えて置けば良い。それに連絡取り易くなったのは良い事だわ」
「いま呼び集めているけれど、人手不足はどうにもならないわ」
「春先くらいが限界だと思う。勇者がらみのヤツらが焦って動き出さないとも限らないし、王さまだってどう動くか分からない。今、エルフ領にちょっかい出されたら厄介だわ。
むしろエサを作って一纏めにした方が読み易くてイイかもね」
「呆れた策だわ。本当に魔王は承諾したの?」
「わたしの独断で出来るわけないでしょ。それとも約書を偽造したとでも?」
「そこまでは言ってないけれど」
「ミススは無事なのね」
「ようやくこの前回復したわ」
「彼女が開戦早々負傷しなけりゃ、もっと楽に事を運べたのだけれども」
「彼女のせいじゃない。運命の車輪は気まぐれ。明日の道筋なんて夜が明けなければ見通せないわ」
「リーリ、セセリス、コフヌーリアまで逝ってしまった。首すら取り返せていない」
「四人だけでも残った。これで良しとしないと」
「良しだなんて思っても居ないクセに」
「愚痴を言っても帰っては来ないよ」
「冷血魔女」
「現実的なダケさ」
痩せぎすの面立ちはすましたままで、ピクリとも動くことはなかった。
「全く以てアンタは」
「前から思って居たけれど、リーリとあんたはソックリだよ」
「何をボケたこと言っているのよ。あんなオス魔女、血塗れの戦狂いと一緒にしないで」
「若い連中はリーリとあんたは反りが合わない、仲違いしてると勘違いして居たケドさ。性根が同じモンだから、自分を目の当たりにして面白くないだけじゃないか。
腹の底じゃお互いに死ぬほど心配しているクセに。端で見てると笑えてくるよ」
「見当違いも良いイイところだわ。直ぐ頭に血が昇って我を忘れるケダモノと、沈着冷静遠謀深慮に長けるこの惑わしの魔女とを一緒にするのは止めてくれる?」
「リーリと寸分違わぬ物言いで実に面白い。あなたが矢傷を負ったとき彼女が盾になって庇い、その隙に引き下がった自分が許せないのでしょう?そのまま彼女が帰って来なかったのだから尚更。
その顔にガッチリと浮き上がっているわ、文字付きでね」
「・・・・」
「だからこそ、腹が立って性が無い。誰だって、同胞や大切な者が踏みにじられて平然となんてしてられないからね。でも、優先順位は間違えないで」
「判っている、魔族が生き延びるコトが最優先。ええ勿論よ。違えるなんて在り得ない」
「王さまの方は兎も角、もう一人の方はどうするの。むしろソッチの方が厄介なんじゃないのかい」
「トールマンの事はトールマンで決めれば良い。魔族領に踏み込んで来たのなら容赦はしないけど、先ず自分の居場所から動きゃしないわよ。それに、ヤツは彼に任せればいいさ。その後どうなろうとわたしらは知ったこっちゃない」
「癇癪の主が吠えそうだ」
「約を違える訳じゃないわよ。飛んで来た火の粉を払うだけ。払った先の心配までする余裕は無いからね」
「そりゃそうだ」
「じゃあ、取敢えずわたしは行くわ。中継ぎの陣を組みながらだから、時間が掛かると思う。完了したら連絡を入れるわ」
「ああ、後は任せな。良い旅を」
「晩秋の景色を眺めながら、長距離列車に揺られるのなら楽しいんだけれどもねぇ」
「は?」
「なんでもない。では、事後よしなに」
そして魔女装束の一人は広間を出、もう一人もしばらく足元の石畳を眺めた後にその場を立ち去った。
誰も居なくなった広間の火が落ちて、冷たい漆黒だけがその場を舐め尽くしていた。
フォクサンは薪の爆ぜる音で目を覚ました。
周囲は真っ暗で、焚き火の照り返しで分かる範囲ではどうやら洞窟の中だと知れた。この身は毛布に包まれて岩場の上に寝かせられているらしい。
朦朧とした頭でボンヤリと燃える炎を眺める内に、徐々に頭の中に張っていた濃い靄が晴れていき、ようやく自分が何故に此処に居るのかと疑問を持つに至った。
首を持ち上げて身体を起こそうとしたのだが、手非道い倦怠感と痺れる手足が邪魔をして上手く起き上がることが出来なかった。
「目が覚めたかい。無理に起きない方がいい。酷い凍傷で手足の先が腐りかかっていたんだ」
女性の声がして痛む首を動かして見てみれば、ローブを羽織った背の高い痩せぎすの女性が立って居た。
どうやって捕らえたのか、手には二羽の野鳥をぶら下げていた。
トールマンの言葉だったが口に馴染んでいない感じだった。
ふと、何時ぞや出会ったあのとんがり帽子の魔族を思い出した。
「助けてくれたのか。礼を言う」
絞り出した声が掠れてざらついていた。
自分のモノとも思えぬ声音だった。
「最初はそんなつもりはサラサラ無かったんだけどね」
つっけんどんな物言いだったが、火に掛けてあった鍋からスープをカップによそってくれた。
口元に近づけて飲ませようとするので、自分で飲めると言ったがその手で持てるもんかと言われた。
「まだ自分の指を見てないだろ。物が持てるまでしばらくかかる。意地張ってないでこのまま飲みな」
「・・・・すまん」
カップ一杯分のスープを飲んだら随分と落ち着いた。
胃の腑の奥から暖まって、温かい飲み物というものはこれ程にまで有り難いものなのかと、文字通り身に染み入る思いだった。
「雪洞も無いまま、あの程度の装備で夜風を凌げる筈もないだろう。吹雪の中なら尚更だ。北方の冬を舐めるんじゃないよ」
「返す言葉も無い。通りすがりの者からも同じ忠告を受けたよ」
「その人物はとんがり帽子に魔法使いのローブを羽織って居たろう」
「・・・・何故分かる」
「あんたのマントの襟首に刻印が入って居る。それに気付かなかったら見捨てていたね」
「刻印?」
「普通自分の襟なんて見ないから気付かなかったろう。簡単な初歩魔法の隠し印さ。魔法の心得のある者なら直ぐに気付く。そして誰が打ったのかもね。サインみたいなもんだよ。
あんたが出会ったのはわたしの古い友人さ」
「友人」
「もう気付いて居るんじゃないのかい。わたしはトナカン。聞き覚えは?」
「魔女衆の一柱か。では彼女は」
「エラ。本人は惑わしの魔女だなんて自称しているけれど、わたしらはペテン師かイカサマの魔女って呼んでるね。あんたの名前を教えてくれるかい。
そしてこんな辺境まで、凍死寸前に為ってまで旅をしている、その理由を教えてくれると有り難いね」
惑ったのは少しの間であったが、壮年のエルフは素直に口を開いた。
「わたしはメーサのフォクサン。魔力の復活を目指して此処に来た」
「おやおや、女王さまのご命令には逆らえないってところか。ご愁傷さまだね」
「いや逆だ。わたしの独断で此処に在る。故国に戻れば無断で軍を離れた懲罰が待っていよう」
「ほう。そりゃあ奇特なことで。ふむふむ、なる程ね」
何やら腑に落ちたような様子であったが、その後は黙って野鳥の羽根をむしり続けていた。
焚き火の炎の揺らぎと、時折爆ぜる薪の音だけがそこに在った。




