10-10 なんで急にこんな気分に
夜深い物静かな時間の中で公介は不意に目が覚めた。
真っ暗な部屋の中では彩花さんの寝息だけが聞こえて居た。
身体のアチコチはまだ痛かったが、医者の湿布が効いたのか昨日よりは随分と楽になった気がする。
蹴られた腹はまだでんぐり返ったままで、水かお粥くらいしか入らないけれど、寝られない程に痛むわけじゃあ無かった。
今日も具合を看に来た医者の人もトコトン無表情で、必要最低限のことしか話さず治療の最中もまるで仮面を被っているみたいだった。
やたらと心配する彩花さんやハルクックさんと実に対照的だった。
妙に目が冴えていて、起き出すと部屋の隅に在るポットから湯冷ましを一杯注いで飲み干した。
自分でも思っていた以上に喉が渇いていて、立て続けに二杯飲んだ。
窓からの月明かりが妙に明るかった。
小さな方の月はまだ満月に近いらしい。
欠けていく途中なのか、それとも満ちて行く途中なのかは分からないけれど、ランプを点けずにベッドや部屋の中の輪郭がおぼろげに見えて、それが不思議に安心できた。
ベッドに座ると溜息が洩れた。
俺って情けないなぁ。
そして何やってんだろうと思った。
何も出来ないままただボコられて地面に這いつくばったダケ。
槍持った相手に立ち向かうなんて無茶だけど、せめて逃げるくらいのことは出来なかったのだろうか。
いやソレよりも、何で門番なんかに道を聞こうなんて思ったのか。
彩花さんからそれとなく注意されていたのに、交番で警官に道聞くみたいな気安さでホイホイ声掛けた自分の阿呆さ加減が腹立たしかった。
何故もうちょっと真剣に彩花さんの言葉の意味を考えなかったのかと、あの時の自分の後頭部をひっぱたきたくなった。
意固地に為っていたからだ。
自分のものの考え方が甘すぎると、言外にそう言われて腹立たしかったからだ。
まるで幼児が大人に諭されているみたいで、ムキに為っていたのだ。
自分は間違って居ないと、そう思い込みたかったのだ。
そんな根拠のない意地を張って、自分の今居る場所のことを真剣に考えなかった挙げ句の果てがこの始末。恥ずかしくて恥ずかしくて、穴があったら入りたいとはこのことだ。
何度も何度も謝ってくる彩花さんに申し訳なかった。
すっかりしょげていた姿を見て、むしろ俺の方が辛かった。
スカだったのは俺の方で彩花さんなんかじゃあない。この身体の痛みっぷりはむしろ自業自得というヤツだ。
静かに眠って居る彩花さんを見た。
暗がりの中で毛布に包まっていても、そのボディラインはよく見て取れた。
相変わらず凹凸の起伏は激しくて、しかもボリュームがあった。
贅肉なんてカケラもない。
あの黒くて大きなバイクに跨がって、この細い腰にしがみついて居たのが信じられなかった。
アレは本当に現実だったのだろうか。
この人と一緒にアスファルトの道を駆け抜けていたのは、俺が見た夢の一場面だったんじゃなかろうか。
だって今のこの状況とはあまりにもかけ離れている。
しかしあのギュッとしがみついて居た時の感触は、今もこの腕と身体に染みついていた。
風に紛れて彩花さんの息遣いと体温とが伝わって来ていた。
山道のカーブを次から次へと抜けて走る様は、居並ぶ敵をバッタバッタと倒すかのような爽快感すらあった。
そして時折、背後の俺を気遣う声がヘルメット越しに聞こえて来るのだ。
衣服越しに密着した身体から直に声が響いてくるのだ。
それが何だか心地良くて。
いま目の前では毛布が少し開けていて、ナマのうなじと襟元の背中が少し見えていた。
あの時はヘルメットとライダースーツ越しだったけれど、確かにあの背中に抱きついて居たのだ。
今此処でギュッとしたらマズイかな。
いやマズいだろうな。
アレはバイクの後ろに乗っていたからこそ許されたのだし。
「・・・・」
だが何だかジッとして居られなくなった。
何だか抑えきれない何かだった。
思わず固唾を飲んだ。
唐突に湧いた感情で、本当に突然の衝動だった。
俺自身がビックリしていた。
もう一度触って確かめたいと、強く強く願ってしまったのだ。
彩花さんは何も悪くない、ヘコむ必要なんてドコにも無いと言って聞かせたかった。
ギュッとして、助けてくれたじゃないですかともう一度励ましたくなった。
だってこんな阿呆な俺とは全然違って、頭が良くって、頼りになって、バイクに乗れて、
そして、強くてカッコいい。
そしてこの身体のラインも。
あ、ヤベ・・・・
思わずいきり立つ感触に身じろぎする。
収まれ、と押さえ込もうとしたのだけれども全くちっとも収まらない。
それどころかむしろ・・・・
ヤバいヤバい。
いま此処ではマズイ。
ああ、そう言えばズッと閉じ込められっぱなしで、ずっと「何もナシ」だったもんなぁ。
我慢しようと悶絶したのだが何をどうやっても収まらなかった。
遂に居ても立っても居られなくなって、ドアをノックして見張りの人を呼んだ。
「あのスイマセン。トイレに行きたいんですけど」
鍵が開けられて、迷惑千万といった表情の見張りの人が顔を覗かせたけど、構わず俺は彼を伴って王宮の裏手の草むらへと赴いた。
する振りをしてすぐにでも処理しなけりゃ、とてもではないけど朝まで同じ部屋に居るなんて出来やしない。
あまり奥に入るな、という忠告を後ろに聞きながら木立の中に立ち入った。
そして不思議だな、とも思うのだ。
なんで急にこんな気分になった?
今のいままでずっと彩花さんとは一緒の部屋だったというのに。
クエスチョンマークは山ほど頭に浮かんできたけれど、結局最後までその答えが出て来る事は無かった。




