10-9 立ち竦むしかなかった
銀髪碧眼のエルフが主の執務室を訪ねたのは、夜も更けての事だった。
「夜分失礼致します」
「構わぬ。本日は色々と立て込んでおったからな」
決済する書類の手を休めて上げた顔には奇妙な笑みが浮かんでいた。
そして来訪者が口を開くよりも早く「報告は読んだぞ」と声を掛けた。
「なかなか面白い話だ。
あのカラクリ機械だけに限らず、我らに無い様々な知見を持っているというのはあながち法螺ではなさそうだ。そして自らの伯母の行方を捜して欲しいという。本当にその様な者が此の地に来ていると思うか。あの二人に似た風体なら噂にもなろうが、そのような話はとんと聞かぬ」
「我らの地に届いて居らぬだけやも知れません。それに、まやかしや作り話にしてももう少しマシな物言いが出来ましょう」
「ふむ。まぁ構わぬ、良きに計らえ」
「宜しいので?」
「このような土産まで用意されてはな。その筋の者に目を通させたが、悔しげにしておった。何故にこの程度の事を思いつかなかったのか、とな」
「通訳の娘も同じような事を申しておりました。それ程のものなので?」
「革新らしいぞ。わらわも始めは判然とせなんだが、説明されて得心がいった。コレが物になれば、口述したものがその場で幾枚も好きなだけ発行が可能となる。木版の専門職人が大勢職を失う羽目になろう」
「・・・・なる程」
「殊勝に返事などして居るが、芯より判っては居らぬな」
そして女王は面白おかしげに語るのだ。
よい、責めて居るわけでは無い。やはり我らは政を担う者だ。市井の文化、物作りなどには疎いと、そういうコトよ。
だが判らぬのがあの賓客の娘よな。
誰しも己が得手とする道筋には明るいが、一歩筋を違えれば先行き判ぜぬというのは良く在ること。
だがあの娘は実に多種多様な知見に溢れて居る。あらゆる場所に赴き、あらゆる知見を吸い上げた賢者がごとき知恵を披露するこの有り様よ。
おぬしの前で、この積み上がった報告書の束を読み上げるまでもあるまい。
此処にある知恵は上澄みばかりで肝心要の部分が抜け落ちて居るが、つぶさに読み取ればより高みの理より生じているのだと判る。
己の値の吊り上げ方を熟知して居るわ。
如何様な家に生まれ、如何様な日々を送れば斯様な者が出来上るのじゃ。
「おぬしの目測ではトールマンであるとのこと。本当にそうなのか?あの娘が自ら語るように、わずか二〇そこそこの赤児であると信じて良いのか」
「トールマンは我らの七分の一程度の寿命。故に駆け抜ける生の有り様も我らの七倍と考えれば、然程不思議ではないのでは在りませんか」
「普段のおぬしとは真逆の物言いじゃ。トールマンは幼子のまま老いて消える存在ではなかったのか」
「何処にでも押し並べて計れぬ者は居りましょう」
「おぬしはトールマンを嫌って居ると思ったが」
「エルフで好いて居る者は居りますまい。ですが、それはそれ。わたしは才ある者を足蹴にする趣味は持ち合わせて居りません」
「随分と惚れ込んだものよの」
「お戯れを。しかし何故にそれ程にまであの娘をお気になさいます?」
「それに答える前に、本日面白い投げ文があった」
そう言って女王が机の上に投げ出したのは一束の羊皮紙だった。
「投げ文と?」
「気付けば、わらわの机の上に在ったわ」
「な!」
それは王宮の警護を任された者たちへの嘲りと、易々と慮外者の侵入を許した手落ちを糾弾されて然るべき事柄であった。だが、何故か彼の主は泰然とするのみ。
読んで見よ、と促されて紐を解き拡げてみれば、それは引見を乞う願い届けであった。そして末尾に書かれた差出人の名を読み、銀髪碧眼の男性エルフは再度声を詰まらせた。
「『魔女衆が一柱、エラ』・・・・」
「不敬千万であろう。わらわの目が届かぬ内にこの執務室に忍び込み、然る後に文を置いてのうのうと出て行ったのじゃ。正に傍若無人、魔女の名に違わぬ痴れ者っぷりよ。
普通に考えれば王宮に出入りする者が魔女に誑かされ、我が机の上に放り込んだと考えるのが筋じゃろうが」
そして勘気の女王は獰猛に笑うのだ。
「陛下、如何為さるおつもりですか」
「会ってみようと思う」
「なりません!この書状が本物ならきゃつは災厄の魔女。陛下の御身に何か在ればこのメーサが揺らぎ、ひいては東方エルフの領邦に多大な苦難の嵐が吹き荒れます。御自重下さい」
「此奴がわらわに何かするつもりで在ったのなら、斯様に迂遠な真似はすまいよ。黙ったまま寝首を掻けば事足りる。わざわざ先触れを出す必要など無かろう」
「し、しかし・・・・」
「アヤカと言ったか。あの娘の捜し人の名はサンゼンボンザクラエラコ。前半は姓で後半は名を指し、エラコが真名であるとか」
「は、はい。左様で」
「エラとエラコ。妙な符合よな。しかも時を同じくして出てきやる。アヤカもまた何やら判然とせぬ不可思議な存在。突き合せて確かめて見るのも一興」
「お止め下さい、ただの偶然にございましょう」
「そうやも知れぬ、そうで無いやも知れぬ。それに書状に在るように、魔力復活への助力云々とある。
禍々しくも希有な輩からの提言ぞ。小癪なれど無下にするには口惜しかろう。おぬしの胸底には微塵も響かなんだか?」
銀髪碧眼の男性エルフは直ぐさま返事をすることが出来ず、しばし我が主の言葉を反芻し立ち竦むしかなかった。




