10-8 ちょっと面白くない気分
「少しは配慮できる娘のようだな」
ハルクックのメモに目を通し本日の報告を聞きながら、イットワンダは薄い唇の片端を上げて笑んだ。
「あ、あの。それはいったいどういう?」
「おぬしは今まで通りに役目を果たせば良いし、後ろ暗い気負いをせずとも良いという話だ」
「は?」
「ハルクック、おぬしは九四歳だったな」
「あ、先日、生誕日を迎えましたので九五です」
「いずれにせよ、九〇前に国選魔法使いの要職に就けたのだから無能と云うにはほど遠い。
だが些か経験不足ではないか。アヤカというこの娘は二〇歳そこそこと云う。我らエルフに比すれば乳飲み子に毛が生えた程度の年齢。にも関わらず、おぬしよりも余程にものの道理に通じているではないか」
「申し訳ございません」
「まぁトールマンは一五で成人と云うし、その成長の早さには目をむくばかりだ。それと、今回在るこの尋ね人の依頼とは何だ?」
「何でも、あの二人と同じくこの世界に落ちて来たかも知れない人物だそうです。陛下の御名の下、彼女たちの世界の言葉で領邦内に数多の御触れを出して欲しいと」
「この奇妙な文字の触れを陛下の御名で出せというか。そも、この文言の木版を彫り多数の触れ書きを刷るなど、どれ程の時間と職人の数が必要だと思って居る」
「その見返りとして、彼女より新たな文書印字の技が提示されました。文書を一枚の木版に掘るのではなく、一文字ずつバラバラに作った印字を文章ごとに組み合わせて印字する技です。彼女たちの国では『活きた版の印字』と呼ぶのだとか」
「奇妙なコトを言い出す。バラバラでは余程に面倒ではないか」
「いえ違います。これは画期的な印字刷の方法です。文章ごとに一枚の木版を作る手間がなくなります。最初に全ての文字を彫って、ソレを組み替え直すダケなのです。基本の文字さえあれば、コレだけで無限に版下を造り上げる事が出来るのです。
何故に今までこんな簡単な事に気付かなかったのかと、自分の迂闊さと知見の狭さに恥じ入るほどの発想です」
「・・・・むう?」
極めて小柄で年若い女性のエルフは頬を紅潮させて熱く語るのだ。
翻って銀髪碧眼のエルフは今ひとつ釈然としない顔でただ小首を捻っていた。
「それで、その探し人とは彼女たちの何なのだ」
「アヤカの伯母だそうです。居場所が分からずとも、噂だけでも集められないか、と」
「サンゼ、サンゼンボ・・・・サンゼンボンザクラエラコか。随分と長い名だ」
「サンゼンボンザクラはファミリーネームだそうです。エラコが名だそうで」
「姓が在るという事は貴族に類する者か?アヤカもそうなのか」
「彼女らの国では姓は一般的なものだそうです」
「ふむ。ハルクック、この新たな文字印版。陛下の御名をお借りするに値する程のものなのか?」
「詳しくは此処に書き留めました。専門の方に提示して頂けませんか。皆等しく驚くことになると思います」
「ふうむ」
イットワンダは緻密に書き留められた羊皮紙の前で、腕組みをして唸るだけだった。
「え、アレを教えちゃったんですか。確かグーグルベッタリとかいう人の発明だったでしょ?」
「グーテンベルクな。この世界はざっくり云って、わたしらの世界の中世初期の頃の文明程度だよ。
念の為に文字印刷の方法を聞いたんだが、一枚の文書ごとに一枚の木版を彫って刷ると言って居た。紙は在るには在るが沢山は作ってないらしい。『薄い、破れやすい、信用為らない』って理由で、文字の印刷や公文書は基本羊皮紙なんだと」
「羊皮紙の方が作るのメンドイ気がしますけど」
「製紙の技術が完全に確立されていないんだ。大量生産に向かないんだよ。逆に紙が在ることにわたしは驚いたがね。アレはうちらのヨーロッパじゃあずっと後の時代だ。中国は紀元二世紀ころから紙を量産していたみたいだけど」
「そんなオーパーツ的なもの、公開して良かったんです?」
「オーパーツは『その時代その場所では有り得ない技術の品』だよ。わたしが提出したのはオーバーテクノロジーに過ぎない」
「ソッチの方が余程ヤバいじゃないですか」
「別に大量殺戮兵器って訳じゃあない。むしろ文化、一般的な教養底上げに貢献するダケの話だ。それに基礎となる技術はとうに確立されているんだ。あとは着眼と発想の問題だよ」
「軽く言いますね」
「でもこれ位の見返りを出さないと、こちらのお願いは聞いてくれそうもなかったしね」
「大盤振る舞いに過ぎませんか。それにカンパン印刷でしたっけ?アレの印刷機械も今日の明日で出来るものでもないでしょうに」
「活版印刷な。御触れ程度なら手刷りで充分さ。
活字が真に活きるのは木製ではなく金属製である必要があるし、大量生産には別のノウハウが必要だ。機械のアイデアはほんの余興程度だよ。詳しい機構はわたしも知らないしね。強く押さえる必要があるから、葡萄絞りの機械を改造したとか読んだな。
葡萄酒はもうポピュラーらしいから、何とかするんじゃないかな」
「まぁ確かに、店長さんの行方は今一番知りたいことですけれど」
「だろう?だけどコレだけは守ってくれ。伯母さんが魔女だという話は絶対にしちゃダメだ」
「ええと。まぁ、何となく分かります」
「この世界での名前も明かしちゃダメだ。あくまで伯母さんは三千本桜鰓子だ。忘れないで欲しい。
知れたら間違い無くとんでもない事に為る。わたし達は退っ引きならない要求の取引材料にされて、伯母さんの立場がかなりヤバくなること請け合いだ」
「魔女ってそんなにヤバいんですか」
「ヘレンさんの話は聞いただろう。あの人の話でもかなりオブラートに包んでいる方だと思う」
「盛ってる訳じゃなくて?」
「わたしらに盛ってどうするのかね。それとなく聞いたんだけど、ハトポッポさんの話ではこの度の戦争でかなりハデに暴れ回って、恐怖の代名詞に為っているのだとかなんとか」
「ええぇ~?」
「にわかには信じられないだろうけれど、そういう事なのだそうだ」
肝に銘じておいてくれ、と念を押し、分かりましたと些か釈然としない面持ちで頷いた。
「でもハトポッポさんじゃなくてハルクックさんですからね。大概にして下さいよ」
「ご当人からソレでも良いとお墨付きを頂いた。もはや反駁無用だよ公介くん」
その何処か得意そうな物言いに、ちょっと面白くない気分の公介だった。




