10-7 タダの愛称です
計算違いという言葉がこれ程似合う瞬間もそうそう無いではなかろうか。
わたしの二十数年間の人生の中でも数える位だ。
いくら悔いても悔い切れない。
何故に公介くんの気晴らしの為と提案した外出で、どうして彼がボコボコになってベッドに横たわって居なければならないのか。
そもそも、エルフの連中は排他的だから頭から信用するな云々と彼に言い含めていたのは誰だ。
このわたしではないか。
偉そうなことを言って置きながら、当の本人が一番危機感薄いとはどういうコトなのだ。
「すまない、公介くん。全く以てわたしの思惑違いだった」
「待って下さい、謝る必要なんてないです。彩花さんのせいじゃないですよ。どう考えたって話を聞かなかったあの門番二人が悪い、それだけでしょう」
そんな事を言ってくれるが、当の本人がこの有様では申し訳なさばかりが先に立った。
「それよりも彩花さん強いんですね。槍持った相手を足先だけであしらうだなんて」
「タダのケンカキックだよ。足の方が腕よりもリーチがあるからな。それに不意打ちだったし」
「しかもハルクックさんを肩車したままで。よくあんなコト出来ましたね」
「合体した方がより強い。打撃に体重も上乗せ出来るし」
「アニメのロボットじゃないんですから」
何か武道の経験でも?と問われて、「別に」と答えた。
「わたしは昔から同年代の中でも頭一つ大きくて、よく目立つからよく絡まれた。お陰で口よりも先に足が出ることも多かった。今回のヤツもその名残だ。両親や伯母さんには自嘲しなさいとよく叱られたよ」
あまりに頻繁だったので、自制心を養いなさいと親から道場に通わされた。
火に油のような気もするが、きっと護身術を身に着けさせる意味もあったんだろう。
でもそれは内緒にした。
隠す必要もないだろうが誇るほどの事でもない。
そもそも、一方的にボコられて何も出来なかったとヘコむ彼に、追い打ちをかけるような真似はしたく無かったのだ。
「俺はつくづく自分が情けないですよ。みんなに教えられるほどの知識が有る訳でも無いし、自分の立ち場をキチンと理解して居る訳でも無い。周囲に流されてただオロオロしているだけ。オマケに自分の身すら守ることが出来ないなんて」
「誰にでも得手不得手はある。腕力で何でも解決出来訳じゃあないしな。
それにこんな全く訳分からない状況の中では、右往左往して当たり前なんだ。何も分かってないまま、頓珍漢な屁理屈で状況を悪化させるスカタンだって居る。そんな自意識過剰な阿呆よりは余程に賢明だ。
ジッと耐えているコトは何も恥ずかしいコトじゃ無い」
そう言ってフォローするのだが「少し一人で考えたいです」と云うので、それ以上言葉を上乗せ為ることはせず、取敢えずそっとしておくことにした。
「コウスケさんの具合は如何ですか」
わたしはいつものように、机の在る部屋でハトポッポさんにバイクの取説と、この世界にはない様々なウンチクを開陳、小出しにしていた。
もう結構な量のメモが彼女の手元に在る。
肝心要な部分はぼやかしてあるから直ぐさま応用なんて出来ないけれど、それでもそれなりに有益な情報には為っている。出すのに比例してコチラもこの世界の常識や仕組みを知る事が出来るから、まぁ取引としては悪くない。
相手も重要な部分は煙に巻くからお互い様。
その内、どちらも物足りなくなって来るのは間違い無いのだけれども。
「身体の傷は大したコトは無いようです。でも非道く落ち込んでしまって」
「本当にすいませんでした。彼にはとんだ外出になってしまいました」
「いえ、警護団の団長さんにも謝ってもらいましたし、あなたが頭を下げる事ではありませんよ」
昨日の夕刻、あの金髪で(エルフにしては)背の高いエルフが公介くんに謝罪に来ていた。
その辺りのケジメは付けられるのだなと思ったが、退出の間際に「お互いの平穏の為にも王宮の外に出るのは控えて頂きたい」と注文を付けられて、嗚呼なる程なと思った。
スタンスはあの正門の時と何ら変わらない、そんな妙な納得が在った。
ブレないと云えば良いのか、意固地と云えば良いのか。
ある意味、職人気質であるのに間違いはなかろう。
自分の仕事に誇りを持つのは結構だが、その信念とやらを周囲に押し付けるのは勘弁してくれとも思った。虜囚でも無いのに連日連夜部屋に押し込められている人間が、外を出歩くのも我慢しろと?
それともこんな具合に感じるは、わたしが現代日本に住んでいる者だからなのか。
確かに昔の日本でも高位の女性は屋敷の外に出ることは許されず、屋内での気晴らしに終始したというが、公介くんが居る部屋にはベッドが二つ据えられているダケなのである。
そんな部屋で日がな一日何をしろと?
よもやまさか此処の連中は、夜な夜なわたしがその気晴らし役を果たすことを期待して居るのではなかろうな。
或いは真っ昼間からか!
初日にあの部屋に案内されたとき、その懸念が頭を掠めなかったといったら嘘になる。
シチュエーションが異なって、ツーリング先で泊まる現代日本のホテルとかだったら逆に喜んでいたに違いない。
ヘタすれば理性のタガが外れていたかも。
だがあの部屋あの状況では全くちっともそんな気になれなかった。
正に胡散臭さ満点。
壁には数点風景画が掛かっていたが殺風景この上ない。この世界の一般的な部屋がどの様なものか知らないという事もあるが、落ち着かなくて仕方がなかった。
まぁ、公介くんは別の意味で落ち着かなかったらしく、初日は殆ど眠れなかったようだが。
「あの部屋では不都合があるのでしょうか」
「どうしました、いきなり」
ハトポッポさんは妙に口籠もっていた。
普段はハキハキと受け答えするが、時折こうして歯にモノが挟まったような物言いになった。
「いえ、あの部屋でのお二方は、何かいつもの感じではなくてよそよそしいというか、他人行儀というか」
「彼はどうか知らないですけど、わたしは落ち着かないのですよね。まるで一日中監視されているみたいで」
突然、ぐほっと彼女がむせた。
「どうしました?」
「いえ、何でもないです。でも何故そんな風に思うのですか」
「何となく。視線を感じるというか、何と言うか」
「・・・・」
怪しげに彼女の視線が泳いでいたが、気付いていないふりをした。
「わたしの国では牢内の罪人を昼夜問わず監視する仕組みが在りましたし、王宮に得体の知れない者を囲うのなら同様の事をしてもおかしくないかな、と思いまして」
「そ、そんなコトは在りません。お二方は陛下がお認めになられた賓客です。左様な不躾、する筈が在りません」
「まぁ、ハトポッポさんがそんなコトをするとは思って居ません。ただちょっと不思議だと感じたダケです。忘れて下さい」
「は、はあ。でも、以前にもそんな呼び方をしていらっしゃいましたが、何故わたしをハトポッポと?」
「タダの愛称です。不快でしたら止めますが」
「あ、愛称・・・・」
「嫌ですか?」
「い、いえ。アヤカさんが呼びやすいので在ればそちらでも結構です」
よし、言質を取った。
コレで次からは公介くんに突っ込まれずに済む。
そしてやはり腹芸の出来ないヒトだな、と思った。
監視されているであろうというのは薄々感づいていたし、コチラが感づいていうというコトを向こうも感づいて居たに違いない。
隠しおおせていると信じて居るのはハトポッポさん位のものだったのではなかろうか。
互いに気付いていると分かって居てもその事実を明言する訳にもいかないし、相手も肯定することなんて出来やしない。
そんなコト口にしたら女王陛下の体面に傷を付ける事に為る。
と同時に、これ以上彼女に罪悪感を背負わせるのも気分が悪いしな。
何だかんだで彼女には良くしてもらってし、知っているというコトを知ってもらえば少しは気が楽になるのではなかろうか。
まぁ、良いタイミングだった。
公介くんへ随分と気を砕いてもらってもいる。多少なりとも彼女の負荷は取り除いて置きたかった。




