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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第十話 只今準備中です魔王さま
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10-6 肝に銘じましょう

「公介くん、大丈夫か!」


 駆け寄って彼の前にしゃがみ込むフードの中から女性の声が響き、その真上から「怪我をして居るんですね」気遣う声が舞い降りてくる。

 護衛の一人が「無事か」と公介を抱え上げ、色めき立ったもう一人が衛兵の二人に詰め寄っていた。


「貴様らっ、何をした!」


 護衛役の激昂げっこうした声が響く。

 そして門番の二人は突然の成り行きに顔を引きつらせ、互いに顔を見合わせるばかりであった。


「その傷、殴られたのか」


 フードの奥から愕然がくぜんとした声が漏れ出た。


「殴られたというか、られて」


「・・・・蹴った。全身をか、その顔もか」


 剣呑けんのんな気配を感じたのは、未だ肩車されたままのハルクックだけでは無かった。


「待て、気持ちは判るが落ち着けアヤカ」


 公介を介抱する護衛役の声を無視して長身のフードマントの人物はフラリと立ち上がり、門番二人の前へと歩み寄って行くのである。


「アヤカ、この場は我ら護衛役の役目だ。任せてもらいたい。決してきみの意向を無下にするような事は・・・・」


「そうですよ、アヤカさん。ここはこのお二方に任せましょう。って、待って下さい!思い止まって。それにどうしてわたしを肩車したままで」


 ハルクックの言葉はアッサリ無視され、護衛役の制止を軽いステップでかわすと、次の瞬間には門番の片方に蹴りが入って居た。

 スラリと長い足が、真下から人体を丸ごと天空へと蹴り上げるがごとき一閃。


 ミカンでも踏み潰したかの様な不吉な音がした。


 音の先で彼女の爪先が門番の股間に深々とめり込んでいた。

 尻を後ろへ向けて突き出し、身体はくの字に折れていた。


 悲鳴も無かった。


 その喉から、ただ珍妙な音が聞こえただけ。


 白目をき泡を吹いて、門番はそのまま前のめりに地面に崩れ落ちた。


 顔面が直に地面と激突する。


 鈍くて嫌な響きがあった。

 何の反応も無かった。

 倒れる前に完全に意識が喪失していたのだ。


「何をす・・・・」


 残った片方は泡を食い、慌てて構えようとした槍は軽く蹴り飛ばされた。

 蹴り出した足は即座に引き戻され、全く同じ速度と勢いで今度は男の腹部へと直撃。

 男の身体はそのまま真後ろに向けて飛んでいった。


 比喩ひゆではない。

 立っていた場所から軽く数メートルは後方に、宙に浮いて進み落下したのである。


 まるで土嚢か麦袋でも投げ出すかのような容易さ。


 ハルクックは彩花の肩の上で呆然と口を開け、ただただ固まるばかり。


 ヒトが・・・・空を飛びました。


 唖然あぜんとした面持ちでそんな感想が洩れた。

 驚きすぎて声にすらならなかったが。


 護衛の者が制止のために駆け寄る間も無い、ほんの一呼吸程度での出来事であった。


 転がった門番は地面で身を縮こまらせて悶絶していた。

 立ち上がるどころか蒼白な顔に脂汗をにじませ、息詰まらせ、開けっぱなしの口からよだれを垂れ流すことしか出来てない。

 呻き声を上げる余裕すら無いらしい。


 そして護衛の二人もハルクックと全く同じ感想を抱き、ただ立ちすくむだけであった。




 警護団の本舎より呼び出され、背の高い金髪褐色の団長は事の経緯いきさつの説明を受けると、「不始末だな」と東門詰め所のベッドに横たわる門番に、穏当とは真反対の一瞥いちべつを投げかけていた。


「相応の罰は覚悟しておけ。おまえとその相方もだ」


「し、しかし団長。ヤツは片方ツブされて」


めいもなく無抵抗の者に手を出したのだろう。疑念に思ったのなら、何故なにゆえにその場でわたしや本隊に問いたださなかった」


「・・・・」


 そしてハルクックに向き直ると「此度こたびの不手際、謝罪する」と頭を下げた。


「わたしではなく、コウスケにびて下さい」


「無論だ。いまこの場に居る責任者はそなただから頭を下げた。彼にはこの後正式に謝罪を入れよう。怪我は大丈夫なのか」


「陛下の御典医ごてんいどのに看てもらってますが、基本打撲で腹部へのものはしばし様子見だそうです。取敢とりあえず大きな問題は無いとのこと」


「大事にならず何よりだ」


 東門の詰め所に居残る数名に、二、三指示を伝えると警護団の団長はハルクックと共にそこを出た。


「あなたが素直に頭を下げるとは思って居ませんでした、スタビヒどの」


「随分と見くびられたものだ。わたしはただ、己の役割に忠実なだけだよハルクック」


 歩きながら語る口調は淡々としていて、王都に帰還したときの、あの正門での執拗さはどこに影を潜めたのかと不思議になる程だった。


「だが勘違いをするな。わたしは未だにあの二人を王都に留めることには反対なのだ。魔族だかトールマンだか知らぬが此処ここはエルフの王都、エルフだけが住まう聖域。陛下とメーサの為の都なのだ。異物の混入は看過かんかできん」


「陛下がお認めに成られた国の賓客ひんかくです」


「だからこそ何も言わぬ。だが忘れるな。あの門番二人の反応がこの国で在り来たりのものだという事を。魔族が後生大事に守っていたかなめが打ち壊され、魔力が希薄となった現在、トールマン共への鬱憤うっぷんは日を追ってつのるばかりだ。遠からずまた戦となろう」


「あの二人の責任ではありません。むしろ無関係な来訪者です」


「この都に住む大勢の者はそうは考えて居ない。疑わしき者を問い詰め糾弾きゅうだんし、はけ口とするのは誰しもが持つ暗い願望だ。治安を乱す芽は早々に払拭ふっしょくして置かねばならん」


「乱暴です。排除ばかりが手段ではありません。何の為に話術があるのです。皆に説いて納得させれば事足りるではありませんか」


容易たやす首肯しゅこうする者も居る。かたくなに自分の信じたいものしか信じぬ者も居る。説得には時間が掛かるし、手をこまねく内に騒乱が始まるというのは良く在る話だ。

 説いて皆が納得すれば最良だが、一度ひとたび感情のうねりに火が着けば我らの手には負えん。それは身に染みているだろう」


「だからこそ、日々皆に周知することが大切なのではありませんか。対話と融和あってこその平穏であり、ヒトとヒトとの営みでしょう」


「ハルクック。そう考える事が出来るのはおぬしが特別だからだ。この国に居る大部分の者はエルフだけが全てだ。エルフの国だけが世界だ。エルフだけが話の通じる存在で、それ以外は得体の知れない部外者でしかない」


「言葉は違いますが話を通じ合わせることは出来ます。違和感があるからと突っぱねるのは、ただ自分の世界をせばめているダケではありませんか」


「おぬしの理想論は分かる」


 そう言ってスタビヒは歩みを止めた。

 ソコから先はちょうど二股になった三つ角で、互いに行き先の異なる分かれ道だったからだ。


「理想は大事だ。ヒトは目指す高みが無ければ容易く道を踏み違える。わたしでもその程度の分別はあるつもりだ。だが現実性をともなわぬ理想は夢想でしかない。高く掲げた旗に気を取られ、足元がおろそかに為らぬ事を祈るぞ」


「・・・・肝にめいじましょう」


 エルフとも思えぬ極めて長身の金髪褐色のエルフは、「夕刻ごろ正式な謝罪を入れに赴く」そう言い残すと道の向こう側へと去って行った。


 ハルクックはその大きな後ろ姿を見送ると、王宮に向けて足を早めた。

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