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下町侵略日記  作者: 九木十郎
第十話 只今準備中です魔王さま
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10-3 怖気だけが何時までも去らなかった

 実は彩花さんにも知られていない大きなポカが一つある。


 皆が完全に寝静まったある夜、俺は寝たふりをした後にコッソリ部屋を抜け出した。

 ドアには外から鍵が掛かっているけれど、蝶番ちょうつがいが簡単に外れて鍵なんて意味が無いと発見していたからだ。

 蝶番の折れ曲がる部分を刺し貫くピンは、下から叩くだけで簡単にすっぽ抜けるのだ。


 俺たちをこの部屋に押し込めたヒトも、こんなモノを見逃すなんてどうかしてる。


 まぁ俺も、映画で鍵を開けず蝶番を壊して脱出するシーンを見ていたからこそ思いついたのだけれども。


 見張りのヒトが夜は部屋の前から居なくなるのも確認済み。窓ばかりを注視していて屋敷の中なんて気にもしていないんだろう。

 昼間は昼寝ばかりして居るからこうして真夜中に起き出すのも良く在ることで、見張りのヒトたちの自堕落さも掌握しょうあくみだ。


 流石に女王さまの寝室付近はバチバチに固いから、絶対に近寄ったりなんかしない。まさに君子危うきに近寄らず、ってヤツだ。


 忍び足で王宮の裏手に行くと、そこに在る植え込みの際に据えられた大きな石に腰を下ろした。

 最近のお気に入りの場所だ。此処ここからなら夜空がよく見える。

 小さな方の月は満月で、お陰で自分の影を見分ける程度の明かりはあった。


 だがそれ以外は完全に黒。俺らの世界の夜とはまるで違う、正に真っ暗闇の中での星空だった。

 まるで降ってきそうだ、という言葉がピッタリ。こんな見事な星空は、町中じゃあ先ずお目に掛かれない。


 あ、いや。此処は女王さまが住む街のど真ん中だったんだっけ。


 そうやってどれ位ボンヤリして居ただろう。

 そろそろ寝室に戻った方がイイかな、と腰を上げようとした刹那だった。

 「何者だ」と声を掛けられて飛び上がりそうになったのだ。


 金属が擦れる音がして、反射的に逃げようとしたらその首筋に冷たいモノが押し当てられた。


「逃れられると思うな。その瞬間、キサマの首は下に落ちるぞ」


 ゆっくりと振り向け、と言われてギリギリと油の切れたゼンマイ仕掛けの人形の様にぎこちなく振り向くと、月明かりの下に銀髪碧眼なエルフの人がソコに居た。


「キサマ、賓客ひんかくの。たしかコウスケと言ったな」


「は、はい。公介です」


 辛うじて返事をすると首筋にあてがわれた剣は離れて、そのまま彼の鞘に収まった。


此処ここで何をして居る。共の者は何処だ」


「あ、いえ、その、トイレに行きたくて。で、でも誰も居なくて」


「部屋には用を足すための桶が用意されていただろう。夜分はそれを使えと言われなかったか」


 あ、あの桶はそういう意味だったのか。あの世話係のヒトは必要最低限の事しか言わないからな。

 っていうか何時も知ってて当然みたいな態度だし。


「そもそもどうやって出た。鍵はどうしたのだ」


 俺は観念して脱出の一部始終を語って聞かせた。すると「何たること」と苦虫を噛みつぶした声が漏れ聞こえた。


「逃げようとは思わなかったのか」


「逃げてもアテなんか在りません。それに彩花さんを置いてだなんて」


「ふん。まぁ確かに。

 それに気急きせいて此処を離れなかったのはキサマにとっても幸いだった。夜ともなれば王都とはいえ不心得者は居る。囚われれば不愉快な日々が始まるところだったやも知れんぞ」


「え?強盗とか」


「人買いどもだ。キサマはトールマンとも思えぬ良い顔立ちをして居るからな。世にはゲテモノ喰いは多い。その日の内に手込めにされ、男娼として夜な夜な客を取る羽目になろう」


「・・・・え」


 男娼という単語は知っている。だが自分には全く関係のない話だと思って居た。

 そういう心配は女性かその道のヒトがしなきゃならないことで、俺が被ることはない全く筋違いの懸念だとばかり思って居たのだ。


いくさが終わって戻って来た者たちも晴れて軍務を離れ、王都の愉悦ゆえつを満喫していよう。タガの外れた者たちも多そうだ」


 生々しくて倒錯した光景が思い浮かび、首筋の産毛が総毛立つ感触があった。


「華奢な体つきといい、そのきめ細かな肌といい、堕ちればさぞかし人気ものになろう。お望みとあらば、俺の知る店に紹介してやってもいい」


「け、結構です!」


「案外天職なのではないか」


 そんな事ありませんっ、と全力で頭を振ったら実にいやみったらしい顔で笑った。

 そして早々に部屋へ戻れとせっつかれた。


「あ、あの。この事は」


しておく。コチラにも不手際があったからな。だが二度目は無い」


 コクコクと何度もうなずくとそのまま部屋に戻り、扉を元通りにしてベッドに潜り込んだ。

 彩花さんが目覚めた形跡は無くて、静かな寝息が聞こえるばかりだ。


 銀髪碧眼の人の言葉がまだ耳に残っている。

 きっと俺を脅して逃げないように釘を刺しているだけだと思ったのだが、完全に否定できるだけの根拠もない。


 もしかして、エルフの人に引き渡される以前。

 あのおりの中に閉じ込められていた時なんて一番ヤバかったのでは?


 鍵を持っていたあの番人が、ひょんな気まぐれでアレな欲望に火が着いていたら。


 一度不吉な光景が浮かんでしまえば、それを打ち消すのは難しかった。

 無駄にリアルな状況ばかりが頭の中に浮かんできて、怖気おぞが何時までも去らなかった。


 そして扉の修理をすると言われて、別の部屋に移る事に為ったのは次の日の朝の事だった。

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