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9 捜索

 雪を出して洗った手で集めた銀色の粉を手に握って、ブリジッドはいまひとたび倉庫の中を見渡しました。倉庫というところには、たいてい空っぽの容れ物が積んであるものです。箱や、袋や、あるいは瓶や。


(あ、やっぱりあった)


 ブリジッドの思ったとおりでした。棚の隅っこに、ぺちゃんこの袋や、畳んだ布が置いてありました。木箱は大中小といくつかの種類がありました。素焼きの小瓶や壺もあります。


 ブリジッドはその中から、小さな革の袋を選び出しました。一握りの粉を入れておくのには、もってこいの大きさでした。袋は飾り気がなくて、くすんだ灰色でした。開け口には紐が通してありました。両側から引いて口が絞れるようになっているのです。



 貴重な銀色の粉を溢さないように、ブリジッドは丁寧に革の小袋へと入れました。さらさらと小気味よい音がいたします。なんだか気持ちが澄んでゆくようでした。流れ落ちてゆく銀色の粉は、薄い氷の下を流れる早春の小川みたいでした。


(あら?また?)


 粉をすっかり入れてしまうと、ブリジッドはふと眼を上げました。すると、目の前にあるはずの棚が無くなっていたのです。先ほども突然風景が変わりました。


(魔物の住むお城ですもの。普通じゃないのは当然かもしれない)


 ふり仰げば、天井も変わっておりました。天井には薄い紫色の葉っぱと銀色の枝がたくさん下がっておりました。葉っぱの間からは、両肩に小さな赤い羽のついたどぎつい紫色の狼が覗いておりました。


 狼はブリジッドの拳くらいしかございません。それでも魔物らしく凶悪な顔立ちをしておりました。しかも、激しい怒りが感じられました。紫色の牙を剥き出して、真っ赤な歯茎まで見せていたのです。



 紫色の狼達は、葉っぱの陰から出て来ません。きゅるるるる、きゅるるるる、と細い唸り声を出しておりました。


(コオリオオカミは赤ん坊の頃から、銀紫色の毛と氷の牙を持っているって聞いたから、あれはコオリオオカミじゃないな)


 魔物たちが動かないので、ブリジッドはゆっくりと見極めることができました。


(でも、見たことはないし、聞いたこともない魔物だなぁ)


 ブリジッドは真っ赤な羽の生えた小さな狼たちから、眼を離さないようにいたしました。猛獣も魔物も、背中を見せると襲いかかってくるからです。


 ブリジッドは、そろそろと後退りをいたしました。銀の巻毛がゆらゆらと肩先を掠めます。上を向いているので、前髪は背後へと流れて渦巻きました。ブリジッドの細い巻き毛は、まるで吹き荒れる吹雪のようにくるりくるりと回転しておりました。




 洞窟に避難していたレマニたちは、ブリジッドの声を聞いて吹雪の中へと出発いたしました。空からはひっきりなしに雪が落ちて参ります。降る側から雪を散らす暴風は、地面に積もった雪も巻き上げて乱します。


 灰色の夜の中、風の声ばかりがおどろおどろしく叫んでおりました。耳をつんざく嵐の音で、互いの声は聞こえません。雪を踏む足音も、自分の耳にすら届くことがありませんでした。


 助けを求めるブリジッドの声は、もう聞こえなくなっておりました。ですから風の魔法使いたちは、最後に聞こえた声が出されたところまで、風の道筋を辿ってゆくしかありませんでした。


「ブリジッドー!」

「ブリジッドー!どこだー」

「聞こえたら返事しろー!」


 大人たちは大声で呼びかけました。吹雪にかき消されてしまうのですが、それでもだまっているよりはマシでした。風の魔法使いたちは、雪の嵐を縫って四方八方へと呼び声を放ちます。



 レマニの魔法は、暗い夜の森を疾け巡りました。吹き荒ぶ風に乗って、幹を登り、枝を渡り、身を捩りながら森中を調べて巡りました。


「ここで救けを求めたのね」


 風魔法使いの小母さんが、何もない雪溜まりで立ち止まりましたり


「そうだな。一度は暴走が止んだんだろうか?」


 別の風魔法使いがいいました。この人は親爺さんです。


「きっとそうだ」


 アンリのお父さんが言いました。みんなの行手を炎で照らし、雪や氷を溶かしております。皆が安全に捜索出来るように、先導しているのでした。



 魔法が暴走しているときには、大人だって正気ではいられません。まして幼い女の子です。しかも初めての暴走でした。ブリジッドはただびっくりして、泣くことさえ出来なかったではありませんか。


 そんなブリジッドが声を出せたのは、やはり気持ちが落ち着いたからに違いありません。魔法の暴走は収まったのでしょう。でも、もうここにいないので、大人たちはブリジッドの魔法が再び暴走したのだろうと予想しました。


「でも、なんの痕跡も無くなってしまったな」


 雪と氷の魔法使いが言いました。がっしりとした体格の、働き盛りの男の人でした。この人はセシルのお父さんです。


「魔法の気配を感じることは出来ないのか?」


 アンリのお父さんが聞きました。レマニたちは、同じ種類の魔法なら、気配を追いかけることが出来るのです。



「残念ながら、こう雪の嵐が吹き荒れていてはなあ」


 セシルのお父さんは悲しそうに眼を伏せました。


「こんな吹雪の夜には、雪の魔物がうろつき回っているものさ」

「魔法の名残を邪魔されるのかい?」


 風の小母さん魔法使いが聞きました。小母さんは、吹雪の中でもブリジッドの魔法の跡を追うことができました。ですから、同じ種類の魔法を使う人がブリジッドの通った道を見つけることができないなんて、納得が出来なかったのでした。


「強い魔物がこの辺りを徘徊していたようなんだ」


 セシルのお父さんが険しい顔で言いました。


「えっ、ブリジッドは大丈夫なの?」


 小母さんは思わず拳を握って前のめりになりました。


「分からない」


 セシルのお父さんは、眉根を寄せて答えました。


「魔物の気配が強すぎて、ブリジッドの魔法を感じ取ることが出来ないんだ」

「そんな」


 小母さんは泣きそうになりました。



「でも、ブリジッドは魔物にやられたわけじゃないんだろ?」


 アンリのお父さんが言いました。


「ここに血の跡もないしな」


 アンリのお父さんが力強く主張すると、レマニたちの表情は少し明るくなりました。


「そうだね。血の跡はない」

「ブリジッドは無事なんだ」

「ブリジッドは雪と氷の魔法使いだからね。魔物に捕まりさえしなければ、きっと元気で隠れているよ」

「そうだね」

「きっとそうだ」


 捜索隊の面々は、口々に同意しました。



「だけど、強い魔物がうろついているなんて、心配だね」


 小母さんが言いました。


「確かにそうだな」


 親爺さんも頷きました。


「ブリジッドにはとても太刀打ちできない魔物みたいだ」


 セシルのお父さんが、心配そうに声を落としました。


「先に魔物を狩るか?」


 アンリのお父さんが皆に提案致しました。


「この人数だと心許ない」


 セシルのお父さんがためらいました。


「応援を呼んでこよう」


 アンリのお父さんは、みんなの安全を考えて、強い魔物を退治することを選びました。



「長老に聞いた方がいいんじゃないかい」


 小母さんが遠慮がちにいいました。


「そうだ、そうだ。危ないことを勝手に決めたらいけない」


 親爺さんも言いました。アンリのお父さんは思案げに腕を組みました。


「うーん、早く倒しておかないとブリジッドが危ないと思うが、どうせ応援を呼びに戻るなら、長老の意見を聞くのもいいかもしれないな」

「そうだよ、同じことなら、知恵ある人の指示を仰がなくっちゃ」


 セシルのお父さんは、勢い込んで一歩前に出ました。



「で、誰が戻る?」


 アンリのお父さんが聞きました。


「炎の魔法使いは俺しかいないから、待つグループにいないと雪の魔物に襲われてしまう」

「そりゃそうだな。待つ間に全滅してしまったら、話にならない」


 アンリのお父さんの考えは、セシルのお父さんも最もなことだと思いました。


「そしたら、わたしが行くよ。風の魔法で連絡も取れるしね」


 小母さんがトンと胸を叩いて申し出ました。風の魔法使いでなかったら、吹雪の夜に声を届けることはできません。ブリジッドが吹雪に声を乗せたのは、たいした発明だったのです。一方風の魔法使いたちならば、耳をつんざく嵐の中でも声を送ることが出来るのでした。


「1人で戻るのは危ないだろう。私も行こう」


 歩き出した小母さんのすぐ後に、セシルのお父さんが続きました。


「頼んだぞ」

「ありがとう」

「ここで待ってるよ」


 居残り組は、口々に感謝を述べました。アンリのお父さんがいるので、止まっていても寒くありません。炎が熱を放っていれば、雪や氷の魔物たちが近づいてくる心配もないのでした。




 風の魔法を使う小母さんとセシルのお父さんが洞窟に帰って来ると、大人のレマニたちは入り口に固まっておりました。


「どうした?」

「ふたりだけか?」

「何があったんだ」


 数人で出かけた捜索隊のうち、たった2人しか戻って来なかったのです。洞窟にいた大人たちが不安になるのも当然でした。


 大人たちは騒ぎましたが、子供たちは眠っています。洞窟の奥の乾いた地面に毛布を敷いて横になっておりました。泣き寝入りしたアンリも、ぐっすり眠っておりました。



 アンリは夢の中におりました。ブリジッドと違って、お月様のお船には乗っておりません。アンリが眠りについた時、まだ吹雪がお空を隠しておりました。分厚い灰色の雲の向こうに、お月様は姿を隠していたのです。


 アンリは吹雪の中にいました。それは夢の吹雪です。ですがアンリは、自分が眠っているなんて、ちっとも気が付かないのでした。


「ブリジッドー!」


 アンリは、魔法の暴走で吹雪に吹き飛ばされたブリジッドの姿が忘れられません。


「返事しろよー!」


 アンリは泣きそうです。


「ごめんようー!」


 ブリジッドの気持ちも考えないで、出来ないのは変だなんて言ってしまったのです。アンリは早く謝って、仲直りをしたいと思っておりました。



「おおい!ブリジッドー!」


 アンリは、ブリジッドが拗ねて隠れているのだろうと思いました。


「悪かったから、戻って来いよう」


 アンリが腹を立てた時、出鱈目に走ってしまうことがございます。そんな時、ブリジッドは探しに来てくれるのでした。


「謝ってよね!」


 と、銀色の眉毛を吊り上げて、わざわざ探し出して言いに来るのです。


「ごめんよぅ、ブリジッド!あやまるから!戻っておいでよぅ」


 アンリは夢の吹雪にも負けない大声で、何度も何度も呼ばわりました。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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