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レマニの夢はぎんいろ  作者: 黒森 冬炎


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18 ふたりのアンリ

 お母さんの言葉に、ブリジッドはコテンと首を傾げました。


「アンリも寝てないよ?」


 お母さんは口を曲げて、変な顔をいたしました。


「ほら、その奥で、ぐうぐう呑気に寝てるじゃないか」

「そんなはずないけどなぁ」


 ブリジッドは身を捩ってお母さんの腕から這い出しました。それから、ほんのりと暖かい薄闇の中を、ほら穴の奥へと進んで参りました。


「ブリジッド」


 お母さんが呼びかけますが、ブリジッドは振り向きません。寝ている人たちを起こさないように、ブリジッドは慎重に足を運びました。そろりそろりと歩くのでした。



 ブリジッドははたと足を止めました。後ろからついてきていたお母さんも立ち止まりました。


「え?」


 ブリジッドは目の前で寝ている男の子を、まじまじと見つめました。男の子は真っ赤なローブに毛布を掛けて、すやすやと眠っておりました。


「あれ?」


 ブリジッドはしゃがみ込んで、じいっと顔を覗き込みました。ふわふわの細い金髪です。瞑った瞼を縁取るまつ毛も、細くて柔らかそうでした。


「アンリ?」


 ブリジッドには信じられませんでした。


「だって、そんな?」


 アンリはついさっきまで、ブリジッドと一緒にいたではありませんか。


「なんで?」


 でもやっぱり、どんなにじっくりと眺めても、そこで寝ている男の子はアンリなのでした。



 ブリジッドは身を翻して、ほら穴の入り口へと走りました。お母さんもブリジッドの後を追いかけました。


(アンリ、入り口のほうにいるはずだけど)


 ブリジッドがほら穴の中に入った時には、アンリはまだ外におりました。ですがブリジッドは、アンリがお船から降りられなくなっていたとは知りません。


「長老さま、アンリはっ?」

「まだ外にいる」


 長老は静かに告げました。


「やっぱり?やっぱりそうよね?じゃあ、あの子は誰?」


 ブリジッドは、長老に詰め寄りました。ブリジッドのお母さんは、後ろでおろおろしておりました。



「あの子?」


 長老が首を捻りました。


「ほら穴の奥で、アンリみたいな子が寝てるの!」


 ブリジッドは必死に訴えました。


「ねえ!魔物じゃない?前に寄った村で聞いた、取り替えっ子てやつじゃないの?」


 ブリジッドは旅の途中で、魔物に子供が取り替えられてしまうお話を聞いたのです。それは御伽話でしたが、ブリジッドは夜通し本物の魔物に追いかけられました。ですから、取り替えっ子というものも、本当にあるだろうと思ったのです。


「いや、しかし」


 長老は言い淀みました。



 アンリは夜中に一度起きて来ました。けれどもまた、ほら穴の奥へと戻ったはずです。今外でお月様のお船に乗っているのは、いささかおかしなことでした。長老は、そのことにうっかり気がつきませんでした。


「そういえば、アンリはいつ外に出たんだ?」

「長老さま、気がつかなかったの?」

「ああ、気が付かなかったよ。ほら穴に他の出口は無いと思うんだが」


 ほら穴には突き当たりがあって、横道や竪穴はありませんでした。天井は充分に高いのですが、出られる穴は見えないのでした。もしもアンリがひとりで外に出たのなら、入り口にいた長老の側を通った筈なのです。



「おかしなこともあるものだ」


 長老は、外でお船を降りようと四苦八苦しているアンリを見つめました。


「魔物が化けているんじゃないですか?」


 ブリジッドのお母さんが、険しい顔で言いました。けれどもアンリは、必死で魔物を追い払おうとしていたのです。どう見ても、アンリの姿に化けた魔物のようには思えません。


「外のアンリは、ホンモノのようだが」


 長老も同じ意見でした。


「当たり前だよ!長老さま。アンリはお月様のお船に乗って、助けに来てくれたんだからね!」

「それにしても、アンリはどうやって魔法の船に乗ったんだね?」

「アンリは月を映す湖を見つけて、お月様のお船に乗れたの!」


 ブリジッドは自慢そうに言いました。



「月を映す湖?どうやって見つけたんだ?」


 長老の声が硬くなりました。


「んーとね」


 ブリジッドはアンリがお父さんに話した通りに説明しました。


「寝てたら急に外にいて、それで月を映す湖を見つけたんだって」

「寝てたら急に?魔法か、夢か」

「どうしたの?長老さま、怖いお顔」


 ブリジッドは少し怯えて聞きました。


「ブリジッド、奥で寝てる男の子も、アンリにそっくりなんだね?」

「うん。アンリかと思いました。でも、アンリはお外にいるから、変だよねぇ」


 長老は、目をつぶって上を向きました。考えを巡らせているようです。


「似た話は、聞いたことがあるが」


 目を閉じたままで、長老はつぶやきました。ブリジッドとお母さんは黙って言葉の続きを待っております。



 長老はゆっくりと目を開くと、ほら穴の外で魔物と向き合うアンリを見ました。


「月を映す湖は、魔法の国へと通じる門だと言われている」


 長老が話し出すと、ブリジッドは力強く頷きました。


「そのお話、知ってる!」

「そのお話では、帰りも同じ月を映す湖から出て来たんだよ」

「あっ、そうだった!」


 それが何を意味するのか、ブリジッドにはよくわかりません。


「それから、夢に閉じ込められてしまう人のお話もある」

「夢に?閉じ込められる?」


 長老が続けると、ブリジッドは分からなそうに首を傾げました。


「夢とうつつが混ざってしまって、起きることができなくなった人のお話なんだ」

「起きられないの?」

「そうだよ。ずっと寝ているままなんだ」

「え」


 ブリジッドは、俄かに恐ろしくなりました。アンリがずっと起きない姿を想像してしまったのです。



「いい気味だよ」


 ブリジッドのお母さんが、吐き捨てるように小声で言いました。長老は耳が少し遠くなっておりましたので、内容までは聞こえなかったようです。でも、お母さんの表情と声の様子から、強い憎しみを感じ取りました。


「これ、小さな子どもに対して、なんて顔をするんだ」

「でも長老様、あいつのせいで、ブリジッドは吹雪の夜に魔法が暴走したんじゃないですか」

「暴走はいつ起きるか分からない。アンリのせいではない」

「長老様!あいつのせいですよ!あいつはいつも、みんなを虐めて、威張り返ってるじゃありませんか!」


 ブリジッドは青くなりました。お母さんの怒る様子が、とても怖かったのです。大人は大きいですから、それだけで子どもは怯えることがあります。まして顔を歪めて声を荒げる姿は、子供にとって巨大な悪鬼のように見えるのです。


「うわぁぁぁん!」


 ブリジッドは泣き出しました。


「ほら、ブリジッドだって泣き出した」


 お母さんは目を吊り上げておりました。我が子を守るつもりなのですが、それよりもアンリへの嫌悪が勝ってしまっているのです。人は、人を嫌う時、相手のことなんか見ておりません。たとえそれが、幼い子供で相手あったとしても、大人と同じように厳しく扱ってしまうのです。



 長老はため息をつきました。


「やれやれ、落ち着きなさい。困ったものだ」


 そう言い残して、長老はほら穴の奥へと入って行きました。


(あっ、長老さま、アンリみたいな子のとこに行くのかな)


 泣きじゃくりながらも、ブリジッドは気が付きました。そして、トコトコと長老の後を追いかけました。灰色のローブを飾る銀糸の雪の結晶が、薄闇にキラリと光ります。


 ほどなく長老は、アンリが寝ているところまでやって来ました。その後ろにはブリジッドが続き、ブリジッドを追いかけてお母さんもついて参りました。



「確かにアンリだ」


 長老は言いました。


「アンリ、起きなさい」


 長老はアンリの胸を優しく手で叩きながら呼びかけました。


「起きなければいいのに」


 ブリジッドのお母さんがつぶやきました。


「何をいうの?お母さん!」


 ブリジッドの剣幕に、お母さんはたじろぎました。


「アンリが来てくれなかったら、あたしは魔物のお城を出られなかったんだから!」

「こんなやつが行かなくたって、大人たちが探しに行ったのに」


 ブリジッドのお母さんは否定しました。けれどもブリジッドは譲りません。


「アンリは真っ先に来てくれた!お母さん、アンリに謝ってよ!」

「こいつが謝るのが先だろう」

「何を?何を謝るって言うの?」

「こいつがお前をいじめるから、暴走してしまったんじゃないか」

「違うって言ってるでしょ!お母さんの分からずや!」



 ブリジッドもお母さんも興奮して、だんだん声が大きくなりました。騒がしさに、レマニたちが眠そうに起き上がり始めました。


「一体何の騒ぎだい?」


 アンリのお母さんも目を覚ましました。


「おばさん!アンリが夢に捕まってしまったの!」


 ブリジッドは口早に説明しました。


「おや、ブリジッド、無事だったんだね。それで、夢に捕まったって言うのは、どういう意味だい?」

「アンリは夢を通って駆けつけてくれたみたいなの」


 アンリのお母さんは、ぽかんとしてブリジッドの顔を見つめました。青緑色の小さな眼は、銀色のまつ毛の下で真剣に見つめ返して参ります。


「あのね、アンリが寝ていたら、急にお外にいたんだって。それで、月を映す湖を見つけて、お月様のお船に乗って、魔物の城まで救けに来てくれたの」

「え?え?」


 アンリのお母さんは、起き抜けのぼんやりした頭で、何が起きたのか上手く捉えきれませんでした。



「ブリジッドはコオリオオカミを従える魔物の王に攫われたんだ」


 長老が、解るように話し出しました。周りにみんなが集まってまいります。アンリはまだ目を覚ましません。


「魔法の城に捕らえられたブリジッドを、アンリは救けようとしたんだ」

「どうやって?」


 アンリのお母さんは、まだ飲み込めません。


「御伽話に出てくる、月を映す湖は知っているかね?」

「ああ、魔法の国へ行かれるっていう」

「そうだ。どうやらアンリは、夢の中でその湖をみつけたようなんだよ」

「一回起きたんですか?」

「夜中に起きて来たのは確かだが、その湖を見つけてからは、残念ながら起きてない」

「え?じゃあなんで、アンリの夢が解るんですか?そんな魔法はなかった筈だけど」


 お母さんは、ますます分からなくなりました。まわりの人たちも頷いております。ブリジッドのお母さんまで、混乱した顔つきになりました。



 長老は、アンリの胸をまあるく摩りながら、話を続けました。


「アンリがブリジッドを魔物の城から連れ出して来て、話してくれたんだ」

「ええ?どういうことです?」

「そこだよ。ブリジッドを取り返してくれたのは、多分夢の中のアンリなんだ」


お読みくださりありがとうございます

続きます

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― 新着の感想 ―
[一言] 人は、人を嫌う時、相手のことなんか見ておりません。 ⬆ ドキッとさせられますなぁ〜
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