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レマニの夢はぎんいろ  作者: 黒森 冬炎


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15/23

15 階下へ

 コオリオオカミの群れが、アンリの炎で追い散らされました。小さな魔物を守っている氷の床が、ブリジッドの魔法で削れます。削れた粉が巻き上がり、紫銀の雪を降らせました。


「痛ッ」

「アンリ、大丈夫?」


 アンリの炎で溶けた魔法の氷は、薄紫色の雨になって落ちて参りました。


「ブリジッドは?大丈夫?魔物の水は、当たると痛いよ」


 アンリは熱風で痛い雨を吹き飛ばしながら、ブリジッドを気遣いました。


「あたしは平気」


 ブリジッドは雪の竜巻で全身を覆っておりました。ですから魔物の氷が溶けた雨は、ブリジッドにかかることがないのでした。水滴はみな、竜巻の外側で再び凍ると四方に散らされてしまうのです。



「観念しろ。抵抗など意味がない」


 魔物は溶かされる側から、床の氷を分厚くいたしました。


「そっちこそ、氷の床を直しても無駄だよ」


 アンリは、胸を張って言いました。だって、アンリの炎は、魔物が床を元に戻そうとするより速く溶かせるのですから。


「どのみちおまえたちは、城から出ることが出来ないのだ」


 少しずつ薄くなる氷の中から、魔物が淡々と告げました。


「出るもん」

「出るとも」


 ふたりは力を合わせて氷の床を削りました。



「ブリジッド、穴を開けて下に降りよう」

「それがいいね」


 ふたりは魔法の行く先を変えることにいたしました。それまでは、アンリたちの目の前で氷漬けになっている魔物に向けていたのです。魔物の攻撃に対抗して、追い払おうという考えでした。


 けれども、少しずつ押しているとはいえ、時間がとてもかかっていました。小さなブリジッドとアンリは、だんだん疲れて来たのです。


「やってみるがいい」


 魔物は、野太い声でふたりに言いました。


「あたしたちには出来ないと思ってるのね」


 ブリジッドはフンと鼻を鳴らしました。


「言われなくたって、やってみるさ」



 ふたりは、今までよりももっと強く魔法を繰り出しました。魔物の氷はみるみる溶けて、お船が通れる大きさの穴が空きました。


「ほらね。かんたんだったでしょ!」


 ブリジッドは勝ち誇って宣言しました。


「変だな」


 アンリは金色の眉を寄せました。


「なんで氷を戻さないんだ?」


 あんなに床の氷を分厚くし続けていた魔物が、全く穴を埋めようとはしなかったのです。これはおかしい、とアンリは不安になりました。


「疲れたんじゃないの?」


 ブリジッドは楽観的でした。


「アンリ、早く外に出ようよ」


 ブリジッドは、銀色の船縁を小さな両手で掴みました。下に見えるホールのほうへと身を乗り出しておりました。



「うん、そうだね。とにかくホールに下りよう」


 アンリの声には元気がありません。お月様のお船を先へと進めながら、ちらりと魔物を盗み見ました。紫髪の魔物は、氷の中で仰向けのまま、ふたりの乗ったお船を見ておりました。魔物が押し黙っていたのも不気味です。


「お月様、みんなのところへ連れて行ってちょうだいね」


 ブリジッドは船縁をポンポン叩いて催促いたしました。


「窓から出られたら早かったのにな」


 ブリジッドは不満そうに口を曲げました。


「仕方ないよ。階段は狭くて舳先を巡らせることが出来なかったし、後ろ向きにも進めなかったんだから」

「おかげで疲れちゃった」

「もう少しだから、気を緩めちゃダメだよ」

「またイジワル?」

「ちがうよ。とにかく、もうひと踏ん張りだ」


 アンリは琥珀色の瞳でキッと階下を睨みました。玄関ホールに魔物の影はありません。コオリオオカミたちはどこかに隠れているのでしょうか。



 ぽっかりと空いた大きな穴に差し掛かると、お月様のお船は前へと傾きました。


「ブリジッド、しっかり掴まって!」

「わかってる!」


 ふたりは滑り落ちないように、身を屈めて船縁を握りしめました。お月様のお船は、銀の光を溢れさせながら、分厚い氷に空いた穴を潜ってゆきました。


 アンリの炎が穴の際で燃えております。念のため、燃やし続けておいたのです。氷は溶けて、玄関ホールには紫色の水溜りが作られておりました。


「ブリジッド、あの水に触らないようにね」

「凍らせちゃおうか」

「そうだね。床のやつは凍らせるか」


 アンリが蒸発させてもいいのですが、これだけたくさんの水ですと、急に温めると靄になってしまうかもしれません。靄は視界を塞ぐでしょう。それに、雨よりもっと身体にまとわりついてくるに違いありません。


「じゃ、そうする」


 ブリジッドは頷くと、あっという間に玄関ホールの水溜りを凍らせてしまいました。



 お船が下りてゆく先で、カチコチに凍った氷が紫銀の光をぼんやりと放っておりました。ブリジッドは、もう完璧に魔法を使いこなしていたのです。


 ですが、見ていると、床の氷にうっすらとヒビが入りました。


「そんな。ちゃんと凍らなかった」

「ブリジッド、何か来るよ!」


 アンリは、大きな魔法の動きを感じ取ったのです。ブリジッドの魔法が失敗したわけではありませんでした。


「魔物の王様に似てるけど、ちょっと違うな」

「コオリオオカミでもないみたい」


 ヒビは蜘蛛の巣のように広がりました。ピシシと乾いた音を立てて、とうとうホールの氷が割れました。割れた氷の欠片を全身にくっつけて、真っ白な女の人たちが大勢現れました。



「花嫁様、お城の主に相応しい氷の魔法をありがとうございます」

「おかげさまで、私共は生まれることが出来ました」


 真っ白な女の人たちは、声を揃えて挨拶を致しました。主人と同じように温度のない声でした。姿を見れば、髪も顔も目も鼻も口も、雪像のように真っ白です。服も白くて、硬そうでした。


「却って力を上げちゃったの?」


 ブリジッドは泣きそうになりました。


「コオリオオカミは吸い取るだけだったのに」

「魔物の魔法と混ざったのかな?」

「混ざって魔物が生まれるなんて!」


 ブリジッドはもう、うかつに魔法が使えません。魔物の手下を増やしてしまうかもしれないからです。



 ブリジッドは涙を滲ませながら、アンリのほうへと振り向きました。


「アンリ、早く外に出ましょうよ」

「お月様、もう少し急ぐことはできませんか?」


 アンリはお船にお願いいたしました。お船は銀色の光を強くして、少しだけ速くなりました。


「どちらへ?」

「お通しすることはできません」

「お部屋へお戻りくださいませ」


 真っ白な女の人たちは、揃って両手を上げました。掌をこちらに向けております。


「あぶない!」


 掌からは、紫色の水が出てきました。吹き付けられたらきっと痛いことでしょう。凍らせたら、また魔物が増えるかもしれません。アンリは熱風で水を下へと吹き戻しました。



 真っ白な女の人たちの表面が溶け出しました。雪像のような女の人たちですから、溶けても恐ろしくはありません。ですが、溶けながらも紫色の水は止めないのでした。


 ふたりを乗せたお船は、氷の穴を半分ほど抜けております。お船は後ろへ進めません。下に行くよりないのです。当たると痛い水を避けながら、大きな扉を目指しました。


 アンリの炎で真っ白な女の人たちは形を崩して参りました。


「役に立たぬ半端者めらが」


 コオリオオカミの主人が言いました。


「お赦しくださいませ、御城主さま」

「御城主さま、今しばらくのご猶予を」

「かならず花嫁様をお部屋にお戻しいたします」


 女の人たちは、口々に赦しを請いました。


「消えろ」


 魔物の声がして、女の人たちは跡形もなく消え失せてしまいました。それと同時に、ホールの天井になっていた分厚い氷が割れました。



 ゴオオオというものすごい音が響く中、お船がぐらりと揺れました。


「ブリジッド!」

「落ちる!」


 ふたりは、お船から落ちないようにしがみつくだけで精一杯でした。アンリの炎も弱まっております。降り注ぐ氷は、アンリたちの身体より大きな塊ばかりでした。


 溶かせば痛い水になります。吹雪で押し戻せば、また魔物が生まれてしまいます。それでも、巨大な氷に潰されてしまうよりはマシでしょう。ふたりは出来る限りの魔法で身を守りました。


「お月様!速く!速く!」


 アンリは必死に叫びます。


「お月様、まっすぐになってよぅ」


 ブリジッドが文句を言いました。


 扉はもう目の前です。



 氷のひとつに乗って、魔物の王様が飛んできました。魔物は相変わらず髪を靡かせることもなく、表情も動かさずにおりました。魔物を乗せた氷はアンリたちの頭を飛び越え、お月様のお船を追い越しまた。


「ブリジッド、扉を開けられる?」

「やってみよう」


 ぐらぐらと不安定なお船の中で、ふたりの魔法が膨らみました。ふたりはなんとか狙いを定めて、入り口の扉を破ろうと致しました。


 魔物は回り込んできて、扉の前に立ち塞がりました。いつのまにやら、コオリオオカミの群れも集まって来ておりました。



「ぐわぁっ」


 アンリの炎で溶け出した紫色の水が、渦を作って襲いかかります。


「痛いよ!」

「アンリ!」


 ブリジッドは慌ててポケットを探ると、革の袋を取り出しました。袋から掌に銀色の粉を出すと、急いでアンリにふりかけました。


「ブリジッド、それなに?」


 痛みが消えたアンリは、目をまん丸にして驚きました。


「不思議な粉よ」

「ふうん」

「銀色のお目々に貰ったんだ」

「銀色のお目々?」


 アンリは不審そうに目を細めました。


「そう。お目々はきっと魔物だけど、治す力があるの」

「変わった魔物もいるんだねぇ」

「身体も顔さえもなくて、お目々だけだったけど、怖くはなかったよ」

「へぇー」


 アンリは、暗闇に浮かぶ銀色の目玉を思い浮かべました。


(怖いと思うけどなあ)


 アンリは首を傾げました。



 銀色の目玉がくれた粉のおかげで、紫色の水を浴びても痛くはなくなりました。アンリは、また勇気が出ました。扉は、お船の行手で腕を組む魔物の後ろにありました。


「とにかく扉を開けよう」


 ふたりは一旦魔物を無視して、扉に魔法を集中させました。激しく燃える炎の渦と吹雪の力を受けて、大きな扉がゴトゴトと重たい音を立て始めました。入り口は石の扉です。ブリジッドが入って来た時には、上に向かって引き上がりました。


「動いてる」

「氷みたいに割れないかなあ」


 ふたりの魔法で、石の引き上げ扉がミシミシと悲鳴をあげ始めました。魔物は平然と腕を組み、片足を上げました。


「何する気?」


 ブリジッドが銀色の細い眉毛を吊り上げました。魔物は一歩前に出て、銀色のブーツの先でお月様のお船を蹴りました。


「お船は後ろへ下がらないよ!」


 ブリジッドは勝ち誇って言い放つのでした。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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