特攻隊と海兵隊
「かが」の飛行甲板に、3機のF-4Uコルセアが並んでいる。特徴ある逆ガル翼の、米海軍艦載機は零戦に対抗しうる戦闘機として開発された。軽快で格闘性能に優れた零戦に対し、重武装、装甲された機体に、大馬力のエンジンで圧倒する。
12.7mm機銃6門、1トンを超える爆弾に、ロケット弾まで装備できるが、今はソノブイの束をぶら下げている。
翼の下からパイロットはそれを覗き込み、米軍士官の説明を受けている。
「再びA・S・S攻撃の危険性があり、君たちに飛んでもらうことになった。指定された座標に、こいつをばら撒いてくれればいい・・・簡単だろう?」
ケリー少佐は、海兵隊パイロット隊長、スピアーズ大尉の顔をうかがった。彼らは日本軍パイロットと隔離された艦内区域で、退屈な時間を過ごしていた。
「ああ、暇つぶしにやってやる。ジャップと一緒でなければな・・・」
「ジャップとは俺たちのことか?」
二人が振り向くと、そこに海軍航空隊の岡村大尉が立っている。流暢な英語に、二人の米国人は驚いた。
岡村は「コルセア」の風防の下に刻まれた、七つの「日の丸」を数えた。
「我々の戦友を多く殺したようだな・・・」
このような撃墜数の誇示は、日本側でもやっていることだ。しかし相手側からみれば全く面白くない。岡村の目は憎悪に燃えているようだった。
スピアーズは、敵愾心という点で負けてはいない。岡村を睨みつけて言った。
「何の用だ?」
彼は腰のピストルに手をかけている。戦場であれば、ためらわず撃つところだ。しかし突然の環境の変化で、彼らも同じ境遇にいる・・・お互いにその意識はあった。
「殺し合った相手の顔を拝みに来ただけだ」
ただならぬ雰囲気の中、二人は無言で向き合った。たまりかねたケリーは二人の間に割って入った。
「岡村大尉、任務の遂行、ご苦労だった。スピアーズ大尉は任務の為、今から飛び立たなくてはならない・・・話はその後にしてくれないか?」
「いや、もう用はない」
岡村はふり向き、遠巻きに眺めている部下たちのもとへ去っていった。
スピアーズの後ろに、二人の部下のパイロットが近寄った。
「あのジャップの野郎は何て言ったんです?」
「多分、ハロー、と言いたかったんだろう・・・」
三人はそれぞれの戦闘機に乗り込んだ。二千馬力エンジンがうなりを上げ、3機は次々と飛び立った・・・。
「かが」の船内で海軍航空隊にあてがわれた食堂は、34名がくつろぐのに十分な広さだった。
「全員、揃っているな?」
パイロットたちは複雑な表情のまま、動きもなく座っている。岡村大尉は飛行帽をテーブルに置き、ゆっくりと座った。
「俺たちは沖縄の海で死ぬ予定だった。その通り、ここにいる全員、戦死したことになっている・・・だが、現実にこうして生きているのは確かだ」
岡村は、ふと若いパイロットの顔が目に入った。
「日高三飛曹、貴様いくつになる?」
「十九であります」
「ならば今は109歳だ。信じられるか?」
松本飛曹長が口をはさんだ。
「自分は信じません。日本をこの目で見るまでは・・・」
すぐさま、崎野飛曹長が反論した。
「帰ったところで、誰も知る者がいなければ、何の意味がある。死んだことと何ら変わりない」
伊藤中尉は苛立ったように立ち上がり、岡村に訴えるように言った。
「我々はこんな事をしていていいのでしょうか?散っていった大勢の仲間に顔向けできるでしょうか?敗戦だの、そんなことは関係ない・・・信念を捨てることは、死んでいった仲間への裏切り行為です!」
皆、静まり返った。それは誰もが心から離れない呪縛だった・・・。
「ならばどうする?ここで全員自決するか?」
「それもひとつの道でしょう・・・」
伊藤は、落ち着きを取り戻したように座った。そして付け加えるように言った。
「しかし、隊長のお考えに従います・・・皆、そうするでしょう」
今度は岡村が立ち上がって言った。
「ならば貴様たちの命はこの俺が預かる。明日死ぬことになるかもしれないし、生きて何かやるべきことがあるかもしれない。だが、死に急ぐ奴はこの俺が許さない。死んだ戦友の事はしばらく心に留めておけ」
岡村自身、何の確信もなかったが、僅かでも希望があれば、それに賭けたいと思った。
「俺が思うに、俺たちがこうして生きのびているのも、何か意味があるはずだ。それが何かは分からないが、簡単なことではないだろう・・・貴様たちとともに乗り越えるつもりだ」
F-4Uの3機編隊は、高度三千メートルを巡航速度で飛んでいる。A・S・Sによる放射線は消え、三人のパイロットは自由に交信できる。
「大尉、俺たちはいつまであのジャップの船にいるんです?」
「おい、無線交信は連中に筒抜けだぞ」
「構いませんよ。むしろ聞いてほしいぐらいだ・・・戦争が終わったのなら故郷のピッツバーグへ帰して頂きたいのですが」
海兵隊パイロットの申し出に、スピアーズは快く応じた。
「構わない。今直ぐ飛んで行ってもいいぞ、ジョンソン」
もう一人のパイロットはそれに否定的だった。
「俺は御免です。妻はどこぞの誰かと再婚し、とっくに一生を終えているでしょう・・・どうせならまとめて給料もらって、人生をやり直したい」
スピアーズは感心して言った。
「いい考えだ、スミス少尉。で、どこで何をやる?」
「モンタナで酒場を経営します。おいジョンソン、ピッツバーグなんか諦めて俺といかないか?いい待遇で雇ってやる」
「冗談じゃない、俺にウエイターをさせるつもりか」
スピアーズ大尉が言った通り、三人の会話は「かが」の艦橋に筒抜けだった。あきれた顔の安原に向ってケリーは言った。
「彼らは標準的なアメリカ人です。今後彼らを動かすには契約書が必要になるかもしれませんね」
「そろそろ投下ポイントじゃないのか?無駄話を止めさせないと・・・」
艦長の心配は無用だった。ソナー員が艦長へ報告した。
「予定位置へソノブイが投下されました。分析を開始します・・・」
目的は潜水艦の探知だ。艦長はそもそも疑問に思っていた点をケリーに尋ねた。
「沈没艦は三千メートルの海の底だ。他に潜水艦がいたとしても、そこへとどまる理由は?まさか救助を試みる訳でもあるまい」
ケリーが何かを言おうとする前に、ソナー員がそれを遮った。
「潜水艦らしき反応を探知!二か所からです!」
三人は二つの輝点を示すモニターの周りに集まった。艦長はレーダー員へ尋ねた。
「目標までの距離は?」
「36,000メートル・・・40分で到達します」
艦長はケリーの顔をうかがった。険しい表情になっているケリーの口から、驚くべき言葉が発せられた。
「直ちに、全護衛艦に魚雷攻撃の準備を・・・」
安原が慌てたように間へ入った。
「撃沈しろと言うつもりですか?何者かも分からないのに・・・」
「手遅れになれば取り返しのつかないことになります」
安原にはその意味が理解できなかった。
「何が手遅れです?もし彼らの目的が人命救助だったら・・・」
「人命救助などではありません。そもそも無人なのですから・・・」
安原は唖然とした。その意味を問いただそうとすると、今度は通信員の報告がそれを遮った。
「米海軍の緊急通信です」
それを受け取った艦長は、そのメッセージを読み上げた。
「米艦隊が到着するまで、目標に一切手出ししてはならない・・・まるで君の意図に気付いたような言い方だな」
ケリーは無念さをにじませて呟いた。
「チャンスは失われました・・・奴らを逃すことになるでしょう」