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掬水航空艦隊  作者: 畠山健一
8/21

攻撃開始

 もしそうであれば、オハイオ級を上回る世界最大の潜水艦になる。海中へ深く潜ればA・S・Sが届かない為、自由に行動することができる。A・S・S搭載艦として、潜水艦が最も適していると安原は悟った。恐らく制御系の電子回路を必要としない、海水をタンクへ注ぎ込む単純な機構で事足り、簡単に潜航できるのだ。

 しかし、推進機を停止したままの潜航は通常より時間がかかるはずだ・・・とはいってもせいぜい3~4分程度か・・・。

 安原が考えを巡らしているうちに、零戦隊が低空からこの巨大潜水艦に迫っていた。先陣を切る伊藤中尉機はOPL照準器に照射アンテナを捉えている。この円形の的を撃ちぬくのはたやすいが、停止した目標であり、あっという間に通り過ぎてしまいそうだ。

 200メートルの距離から両翼の20ミリ機関砲が火を吹いた。目標を飛び越えるまでの、3、4秒の斉射で、円形のアンテナの半分が吹き飛んだ。

 2番機の機銃掃射で、ほぼ破壊された。命中すれば、20ミリ機関砲の威力は絶大である。初期型は携行弾数が1丁につき僅か60発しかなかった。最も多く量産された52型シリーズの後期型は125発まで増加し、更に13ミリ機銃240発、そして従来の60キロを上回る、250キロ爆弾を搭載できた。

 極端に軽量化された零戦の機体は、重武装を可能にしたものの、戦争末期は特攻機としてその多くが投入される結果となった。

 零戦の3機目が攻撃態勢に入ったとき、命令伝達の解釈に行き違いが生じていた。目標破壊後の行動については、各自の裁量に委ねられていると、少なくとも彼らはそう思っていた。特別攻撃によくある状況がそうだったように・・・。

 そして今、投下された零戦の250十キロ爆弾が、潜水艦の艦尾上部で炸裂した。

 破片とともに爆風が舞い上がり、開いた破孔から蒸気のようなものを噴き出している。

 安原は目を疑った。

「何だ、あの爆発は・・・」

「爆撃が命中したようだ」

「爆撃だって?何故?アンテナさえ破壊すればいいんだ」

 岡村は開き直った様に答えた。

「ああ、やってしまったな!俺の日頃の指導通り、『迷ったらやれ!』だ。見事な爆撃じゃないか」

 潜水艦は潜航を止めたように見えた。司令塔後部の方で動きがある・・・ミサイル・セルのハッチが開き始めた。

「見ろ・・・怒らせたみたいだぞ・・・ミサイルが来る!」

 開かれたハッチから、二発の対空ミサイルが発射された。しかしミサイルは急降下の態勢に入ろうとしている彗星の脇を通り過ぎ、そのまま上空へ消えていった。

「何だ、あれは?」

 岡村は上空を見上げて呟いた。

「艦対空誘導弾だ・・・赤外線誘導が効いていない。まだシールドの余波が残っているせいだ」

 安原は解説しながら、冷や汗をかいている。次の奴が目標をそらすとはかぎらないのだ。

 彗星はミサイルの発射された箇所をめがけて、一直線に急降下している。岡村は興奮気味に言った。

「いい判断だ!停止した目標へ命中させることは容易い・・・奴は当てるだろう」

 安原は「かが」の命令のことなど忘れていた。シールドが消えればこっちが危ない。やらなければやられるのだ・・・ならば当ててくれ、と彼は願った。

 急降下で増す速度は爆弾の打撃力を高める・・・彗星から投下された五百キロ徹甲爆弾は、ミサイル・セルのど真ん中にまともに激突した。

 格納されたミサイルの誘爆とともに、船体中央から完全に裂け、爆発の衝撃で艦首部分が大きく跳ね上がった。

 艦首を大きく持ち上げたまま、潜水艦は海の中へ消えていった。潜航ではなく、爆沈したのだ・・・。

 航空隊は旋回しながらその様子を見守った。油の交じった漂流物以外は何も見えない。乗組員は誰ひとり、脱出できなかったことになる。

 目標撃沈・・・攻撃に参加できなかったパイロットたちは、さぞ苛立たしく思っていることだろう。しかし岡村大尉は部下たちの働きに満足していた。

 特攻せずとも、訓練された彼等は十分やり遂げられるのだ・・・。

 海軍機は隊長機の97式艦攻の周りに集まっている。何機か風防を開け、何やら合図している。

 岡村は後ろの安原に振り向いて言った。

「お褒めの言葉をかけてやるか?士気も高まる」

「ああ、派手にやってくれたな・・・」

「連中、次の目標を尋ねているが、何処へ行く?」

「目標?もう十分だ・・・空母に戻る」

 安原は疲れた声で答えた。


 安原一佐の、日本海軍機の初飛行は、想像を絶する体験となった。まだ頭の整理がついていない。帰って何と伝えるべきか・・・どう言い訳すればよいのか・・・下手をするとどこかの国との戦端を開いたことになる・・・。


 航空隊は無事に全機帰還した。

「かが」の艦長室で、艦長、安原一佐、ケリー少佐の三名が深刻な顔で向き合っている。

「予想もつかない展開でした・・・相手が何者か、全くわかりません」

 安原の報告を受ける艦長とケリーは、その一部始終を黙って聞いていた。

「君の話が本当なら、A・S・Sを装備した、ステルス原子力潜水艦ということになるが・・・」艦長はケリーを横目で見ながら言った。

「中露のどちらかが、そんなものを持っているというのか?これはえらいことだ」

「その沈没海域を早急に調査しなくてはなりません・・・我が米艦隊もこちらに急行しています」

 ケリーは心に何か引っかかるものがあり、慎重になっている。

 安原は事実の解明が遠のいたと感じ、国籍不明艦の撃沈を後悔していた。

「判断の誤りを否定するつもりはありませんが、この船に迎えたお客といい、正体不明の潜水艦といい、この複雑すぎる展開は・・・とても我々が責任を負いきれる状況ではありません・・・」

「安原さん、私は当初、正体不明艦の撃沈に反対でしたが、今は違います。航空隊がそれをやってのけたという事実が重要なのです」

 安原は航空隊の戦果を称える気になれなかった。

「戦争になるかもしれませんが」

 中露が相手なら、米軍に深く関わってもらわねば困る、と安原は思った。彼らはこの得体のしれない新型艦の脅威に、十分関心をもつことだろう・・・。

 しかし、ケリーの考えは異なっていた。

「今日起きたことは、しばらく伏せて頂きたい・・・米艦隊が到着する前に、我々にやるべきことがあります」

 ケリーの言葉の意味を、二人は理解できなかった。ただ、この正体不明の相手に、彼が何か気付いていることは明らかだった。

「どういう事かね?」

「沈没艦が単独航行していたとは考えられません・・・近くを別の奴がまだうろついている可能性があります」

「相手に心当たりでもあるのか?」

「はっきりした事はまだ言えません・・・」

 ケリーは言葉を濁したが、ある重大な懸念を持っていた。もし彼の考えが正しければ、これはとてつもない大事件の始まりにすぎないのだ・・・。



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