見えざる脅威
渡辺三尉は格納庫に部下たちを集めた。一機目の零戦が、エレベーターから降りてくるのを隊員たちはまじまじと見つめている。
「同じ零戦でも多種多様だ。これは五十二型だが、乙型と丙型で装備も異なる。それぞれが手作りの芸術作品だと思えばいい。最先端の航空機工場でも、同じものを作れないだろう」
米軍供与のスキャナー装置の前に、隊員たちは零戦を移動した。
「外部からのスキャンで図面化できる。爆弾もいちいち外す必要はない」
コクピットを覗いた隊員が操作を誤り、二百五十キロ爆弾が落下した。床に叩きつけられた金属音が響き渡り、誰もが肝をつぶした。
「安全装置が解除されない限り爆発することはない。だが二度とやるんじゃないぞ・・・せっかくだから、そいつから始めよう」
爆弾の複製を依頼されたメーカーがデータを待っている。各機体の投下機に応じた取付部品の規格はそれぞれ異なり、信管や発火装置等の現存する資料はどこにもないのだ。
あらかじめ用意された広い居住スペースに、帝国海軍パイロットは案内された。物珍しそうに室内を眺めるパイロットたちは、警戒心を隠せないでいる。案内する海自隊員と言葉を交わすこともない。
彼らは別室で説明を受ける、隊長の岡村大尉を待つしかなかった。岡村はその時、安原一佐に矢継ぎ早に質問を浴びせていた。
「もう一度訪ねるが、本土決戦を待たずして、日本は降伏したと言われるのか?」
安原は慎重に言葉を選びながら答えなくてはならなかった。
「そうだ。最終的に陛下のご裁断で決まった。主要都市は空襲で壊滅し、原子爆弾にソ連の参戦・・・民族の滅亡まで危惧された陛下は、無条件降伏を受け入れることにした。これは陛下が読み上げた詔書の全文だ」
たった一枚に印刷された、千文字に満たない文書だった。手に取った岡村は、落ち着かない様子で歩き回りながらまじまじと目を通した。
「これで戦争がすんなり終わったというのか?皆納得したのか?」
「陸軍の一部は徹底抗戦を主張したが、大命に背くことはできなかった。そこにあるだろう?激情に駆られて道を誤った者を、陛下自身が戒めると・・・」
岡村は自ら気を落ち着かせるように、ゆっくり腰かけた。
「無論、勝てるなどとは思っていなかった・・・ただ・・・あれからたった三か月で終わったとは・・・それが信じられない」
安原は、唖然として詔書を見つめる岡村に諭すように言った。
「君は賢明な男だ。経験豊かなパイロットだけでなく、訪米経験もあり広い知見をもった数少ない士官だ。現実を受け入れ、前向きな話し合いができると信じたい」
「賢明?誤解してもらっては困る。我々は終戦など想像もしなかった単純な馬鹿者揃いだ。一途に死ぬことしか考えていなかっただけだ」
「君は馬鹿ではない。この船に全員降ろしたのは、部下たちを思ってのことだろう?」
突如、警報が鳴り響いた。そこで話し合いは中断になった。
沖縄から九州へ北上を続ける艦隊は、全艦警戒態勢をとっている。「かが」艦長は艦橋に立ち、双眼鏡で上空の一点を見つめている。
ひとりの米海軍将校が艦橋へ駆け込んできた。
「何事です?艦長」
「ケリー少佐か、丁度いい。米軍へ伝えてほしい」
安原が入ってきてケリーと顔を見合せた。二人は艦長の顔をうかがった。
「J-WACSが操縦不能になった。まもなく墜落する」
二人は同じ方向を双眼鏡で覗いた。
「救難信号を発しています。無線通信が途絶えているのですか?」
ケリーは状況を察したように尋ねた。
「そうだ。全く原因が分からない」
安原はいくつかのパラシュートが開くのを認めた。無人になった早期警戒機はそのまま降下していく。
飛行甲板には岡村大尉以下、海軍パイロットたちが駆け上がって何事かと周囲を見渡している。同じように敵国だった米海軍パイロットも離れたところに立っている。お互い顔を見合せると、意識的に目を背けた。
J-WACSは全長五十メートルの海自の双発のジェット機だ。コントロールを失った機体は彼らが見守る目の前で、巨大な水柱をあげて海中に突っ込んだ。
護衛艦数隻は、パラシュート降下する二十名近くの乗員の救助へ急行している。
ケリーは断言した。
「間違いありません。A・S・Sに接触したのでしょう。我が国のものではありません」
「オーロラ・シールドか!」
艦長は事の重大さに気付いた。戦争でもないかぎり、公海上でそれを行使することはあり得なかった。
「一体どこの国の仕業だ?」
「それよりも付近の航空機と船舶に危険を警告すべきです」
ケリーの進言で、艦長は通信員に連絡を指示した。
ケリーはレーダー員の肩越しに、レーダースクリーンを見つめた。レーダー員は、広範囲に帯状に広がる、探知不能領域を確認した。
「ノイズの計測で、シールドのおよその方位と範囲が特定できると思います」
「よい試みだ!」
ケリーはレーダー員の肩をたたいた。彼は何といっても、これまで入手できなかった他国のA・S・Sのデータが欲しかった。
「そのエリアの上空を飛べば、発生源にたどり着き、相手が何者か分かるかもしれません」
艦長は眉をひそめてケリーの顔をみた。
「何を言っている?いかなる航空機も船舶も接近出来ないんだ。今、目の前で一機落ちるのを見ただろう」
ケリーは安原の顔をうかがって言った。
「幸い、この船にはA・S・Sを突破できる航空機を積んでいます」
艦長はその意味を呑み込めず、目を丸くするだけだった。
「A・S・Sが致命傷を与えるのは、主に集積回路であり、半導体上に施された電子回路への絶縁破壊です。例えば真空管を用いた古い回路には影響が及びません」
「すると君は・・・」
艦長は意味するところを理解しようとしている。
「この船に着艦した年代物の航空機は、オーロラ・シールドに対して無敵というのか?」
「その通りです。我々の航空機は制御不能で墜落しますが、彼らは問題なく飛べるのです」
安原は困惑した表情でケリーの顔をみた。
「特攻隊員たちに命じろというのですか?素直に我々の言うことを聞けばよいのですが・・・あの海兵隊パイロットの三人に、あなたから頼んでみてはどうです?彼らの方が、まだ話の分かる連中かもしれません」
ケリーは首を振った。
「状況判断が必要ですから、こちら側の要員も乗せた方がよいでしょう」
米軍機の「コルセア」は単座戦闘機だ。日本側には三人乗りの艦攻が揃っている。
「まるで織り込み済みのような言い方ですな」
安原は皮肉っぽく言った。
「彼らの説得に時間がかかるかもしれません。特攻隊員は普通のパイロットと違います」
ケリーは軽く頷いた。
「さっき格納庫を見てきました。機体のデータ取りと燃料補給にもう少し時間がかかりそうです・・・三十分で彼らを説得してください」
「連絡はどうします?無線機を持ち込んでもシールド内では使えません」
「ですから、状況判断できる者を同行させるのです。我々との交信はモールス信号で・・・変換器は必要ですか?」
安原は唖然としてケリーの顔を見た。
「まさか、私に同行しろと?」
「他に誰かいますか?」
安原は憮然とした顔で艦橋を後にした。
甲板に降りた安原は、駆け足で岡村の方へ向かった。岡村は腕組みをして待っている。彼はJ-WACSが海面に激突する瞬間を見ていた。
「飛行機が落ちたな?日の丸をつけてた」
「ああ、実はそのことで頼みがある・・・」
安原はこの難解な状況を、曲がりなりにも、手短に要点だけを述べた。他のパイロットたちも集まり、安原の説明に耳を傾けている。
「・・・そういうことで、君らに飛んでほしいんだが。引き受けてくれるな?」
「我々は貴官の指揮下ではない。これだけの艦隊兵力を持っていて我々に頼むとは何事か」
岡村は到底納得できなかった。
「帝国海軍たる我々に、やる理由がない」
「断るか?ならば仕方がない・・・」
安原は遠巻きに眺めている海兵隊パイロットの方をみた。
「彼らに頼むしかないな・・・これは日本にとって深刻な脅威だ。我々で片づけるべきことだが、日本人である君たちができないと言うなら、アメリカさんに頭を下げるしかない」
その言葉をきいて、パイロットたちは怒りをむき出しにした。
「馬鹿者!恥を知れ!」
岡村は思わず安原に怒鳴った。そして部下たちの前に立った。
「どうだ?伊藤中尉」
「やりましょう、アメ公どもにやらせるわけにはいきません」
「松本飛曹長、崎野飛曹長は?」
「やります!」
二人は声を揃えた。
岡村は安原の顔を睨んで言った。
「全員で行く!我々は一緒に行動する、文句あるまい!」
「いいだろう・・・私も同行させてもらいたいが、席は空いているか?」