予期せぬ訪問者
「ケリー少佐、これはどういう事ですか?」
「記録と違う事実があったようです・・・全力で調査し、我々で対処します。それまで、何とか持ちこたえてください」
「何をどう持ちこたえろと言うんです?」
「連中の殺し合いを止めさせるんです!」
零戦二機は見慣れた敵機の存在に気付き、反転して急上昇した。一方のF-4Uも零戦を発見し、猛然と突っ込んでくる。
零戦は20ミリ機関砲、F-4Uは12.7ミリ機関銃で正面から撃ち合う形になった。相討ちを避けようとしたのか、双方ともミスし、そのまますれ違った。
F-4Uは「かが」の上空を通り過ぎた。飛行甲板には日本の海軍機が並び、米軍パイロットは旧日本軍の空母と思い込んでいる。
彼らは反転し、今度は「かが」を狙おうとするが、直ぐにそれを思い留まった。F-4Uの三機編隊は、日の丸をつけた八機のF-15Jに取り囲まれている。
一方の零戦側へ、最初に接触した空自機が横並びになって、再び「かが」への着艦を促した。零戦パイロットは風防を開け、米軍機を指さして「撃ち落とせ」と合図している。
空自パイロットは「分かった」と合図し、「我々に任せて着艦せよ」と伝える。零戦は再び着艦態勢に入った。
一方の米軍機は、初めて目にする周囲のジェット戦闘機を戸惑った顔で見渡している。更に一機が現れ、F-4U隊長機の隣に並んだ。
それは「ジョージ・ワシントン」から飛来したF-35Bだった。
旧日本軍と違って、当時の米軍機は高性能の無線機を持っている。ややこしいゼスチャアなど必要ない。
「ヘイ!ジャック!海兵隊のジャック・スピアーズ大尉だろ?」
F-4Uパイロットは呆れた顔で、米軍マークを付けたF-35Bを見つめている。
「気安く俺の名を呼ぶお前は誰だ?」
「海兵隊の兄弟さ!驚かずに聞いてほしいんだが・・・夜間飛行のはずが急に明るくなっただろう?ここは全く別の世界なんだ。未来の世界という奴だ・・・」
今度は返事がない。信じろと言うのも無理な話だ。F-35Bパイロットはひと言付け加えた。
「嘘だと思うなら、第五十八機動部隊の、君らのボスに聞いてみればいい」
ケリー少佐は突き止めた情報を安原に伝えた。
「現れた海兵隊機の三機ですが、行方不明でなく、被撃墜として記録されていました。事実は特攻機を追跡し、同じように行方不明になっていたんです。全くの想定外でした」
「で、彼らをどうするつもりです?F-35Bは何を伝えるつもりですか?」
F-4Uパイロット、スピアーズ大尉は無線で話しかけた。
「認めたくはないが、あんたの言うことは正しいようだ。我々の仲間は誰も応答がない」
「そうだろ?兄弟。戦争なんぞ忘れて骨休めすればいいんだ」
「しかし、こうも得体のしれないジャップに取り囲まれては、生きた心地がしない。俺たちにどうしろというんだ?」
「ちょっと言いにくいことなんだが、事情があって、着艦できる船はあれしかないんだ」
あれとは「かが」を示していた。
「おい、まさか、あのジャップの空母に降りろと言うのか?」
安原は猛反対した。
「ちょっと待ってください。あの日本軍パイロットたちを、やっと味方だと思わせたところなです。戦争相手の米軍機まで着艦させたら、それこそ収拾がつかなくなりますよ」
「助けるにはそれしかありません。私もヘリでそちらに向います」
そこでケリーの連絡が途絶えた。安原は首を振って艦橋を後にした。飛行甲板に出たとき、ちょうど零戦の隊長機が着艦したところだった。
顔写真で何度も見たその男が間近にいる。安原はその男の前で敬礼した。
「岡村大尉ですね?私は安原と申します。あなた方の受け入れ責任者です」
岡村はちらっと安原の階級章をみて敬礼した。
「部下が待っていますので、後ほど聞かせてください」
岡村大尉は整列している搭乗員たちの前に立った。
「お前たちに思うところがあるだろうが、俺も同じだ。二十時に飛行した空が、瞬時に明るくなった。そしてこの空母に、あの飛行機・・・日の丸をつけた、でかいやつだ。何が起こったかは俺が確かめる。ただし、今後勝手な行動は許さん」
岡村はひとりのパイロットを睨みつけた。
「伊藤中尉、俺の許可なく攻撃しようとしたのは何故か?」
「これは我が海軍の空母ではありません」
伊藤は躊躇せず、反抗的に答えた。
「日の丸は友軍と思わせる為の偽装です。これは全て米軍の仕組んだ罠であり、我々を捕らえることが目的です」
岡村は、伊藤の隣に立つパイロットに尋ねた。
「崎野飛曹長、貴様もそう思うか?」
「はい、伊藤中尉と同意見であります!」
「それは俺が判断する。そうだとしても、合点がいかぬことが多すぎるからだ」
その時、爆音とともに航空機が接近していた。搭乗員たちは、着艦態勢に入るそのプロペラ機を驚きの目で見ている。誰もが知る明白な敵機、F-4Uコルセアだ。着艦する米軍機を間近に見るのも初めてだった。
艦首の方では、米軍ヘリが着艦するために降下している。まるで伊藤中尉の意見の正しさを証明するかのような光景だ。
岡村は安原へ近付き、問い詰めるように尋ねた。
「これは米軍の船か?」
安原は毅然として否定した。
「これは日本の船だ。乗員も全て日本人だ」
「ではなぜ敵機の着艦を許した?」
「遭難機として着艦を認めた。信じがたいとは思うが、ここは君たちにとってはるか未来の世界だ。日米は戦争状態になく、対等かつ重要な同盟関係にある」
着艦した三機の米軍機が、彼らの目の前を通って艦首の方へ運ばれていく。その先ではヘリから降りた米軍関係者が、笑顔で彼らを出迎えようとしている。
それを見た岡村は、いっそう不信感を募らせた。
「俺の部下は、この船を偽装した米軍の船と思っている。いや、日本の船であっても、米軍の配下であれば同じことだ。帝国海軍とは何の関わりもない。ならば我々がここにいる理由もない」
安原は岡村の鋭さに驚いた。彼自身が直面した異常な体験も、「未来の世界」という言葉も冷静に受け入れ、我々の立場を見透かしたような目をしている。「特攻」という非情な使命を受け入れた彼らも、当時の戦況は勝利に程遠いものと分かっていた。
戦争の敗北→本土の占領→占領軍による軍政→傀儡国家の樹立→米軍主導による軍の再建・・・こんな未来を彼は今、目撃していると思っているかもしれない。
安原は背を向けようとする岡村へ声をかけた。
「確かに、日本は戦争に敗北した。しかし、全面的敗北ではない。祖国の為に散った英霊たちの精神は滅びることなく語り継がれ、再び日本を強くする精神の礎となった。我々は帝国海軍の良き伝統を引き継ぐ、日本国海上自衛隊だ」
その時、「軍艦旗掲揚」のラッパ音が鳴り響いた。そのメロディーは帝国海軍、海上自衛隊共通であり、掲揚される軍艦旗、つまり旭日旗も同じものだ。
それは予定されたセレモニーだった。エレベーターから隊員の一団が現れ、海自音楽隊を先頭に、自衛隊旗を掲げる隊員、担え銃で行進する隊列が続く。付近にいた海兵隊パイロットたちも腕を組み、物珍しそうに見物している。
いつの間にか、十二隻もの護衛艦が周囲をとりかこみ、帝国海軍機を搭載した「かが」を中心に、堂々たる機動部隊の布陣になった。
艦橋から艦長の声がスピーカーで聞こえてくる。
「海上自衛隊を代表して、帝国海軍の諸氏を歓迎する。掬水作戦における特別攻撃隊諸氏を本艦に迎え入れることができ、この上ない名誉に思う。我が海上自衛隊は帝国海軍の伝統を手本に鍛えられた。見渡してもらいたいが、本艦を護衛するのは、『あたご』『みょうこう』『こんごう』『あきづき』・・・全て帝国海軍の艦名を引き継いだものであり、本艦の名は『かが』である」
全艦旭日旗をはためかせ、各艦とも整列した乗組員が敬礼している。
海自の所属ではないが、F-15Jの見事な編隊飛行は、帝国海軍パイロットたちの目を引いた。
音楽隊は「君が代行進曲」「軍艦マーチ」等、彼らの知る楽曲の演奏を続け、行進してきた隊列は、パイロットたちの目の前で停止した。
「敬礼!」
整列した帝国海軍パイロットたちも敬礼で応えた。
それは単なるセレモニーではなく、帝国海軍と海上自衛隊の繋がりを確かめる、歴史的な儀式であった。