輝く琉球の空
沖縄本島より南西二百キロ、前回実験した海域から、今回は台湾側へ僅かに移動している。
空母「ジョージ・ワシントン」は予定の配置につき、艦橋のケリー少佐は安原一佐からの連絡を待っていた。
安原は七十キロ西の海上にいた。彼の乗艦する、小型空母に似た形状の護衛艦「かが」は配置についた。
周囲の護衛艦十二隻は「かが」から離れていった。上空を飛んでいたF-15Jの編隊は上昇して姿を消した。
「ケリー少佐、聞こえますか?こちらは安原です」
「聞こえます、安原一佐。準備は出来ましたか?」
「準備完了です」
「実行後、我々は一切手出しできません。宜しいですね?」
「OKです。始めてください」
「分かりました。レーザー照射を開始します。幸運を祈ります」
「かが」の艦橋に緊張が走った。東方の空に異様な輝きが見える。
「始まったようです」
安原は艦長に伝えた。艦長はその方向をじっと見つめている。
レーダー員はスクリーンから目が離せない。予定だと、何もない空域に突然反応が現れるはずである。
偶然にも、鳥の群れが、艦橋の目の前を横切った。
「何ていう鳥だ?野鳥には詳しいんだろ?」
艦長の突然の問いに安原は戸惑った。
「今の時代の渡り鳥でしょう。鳥なんて皆同じに見えますよ」
「それでよく米軍の実験を信じられたな?」
「信じている、と言った覚えはありません」
艦長は双眼鏡から目を離して安原を睨んだ。
「今更それはないだろう?ここまで準備させたのは君だぞ」
安原が何か言おうとする前に、レーダー員の声が遮った。
「現れました!方位270、距離二千メートル!」
艦長は即座に双眼鏡を覗いた。数個の黒点が見える・・・目視できる距離に、それは突然現れた。
「単発、単葉のプロペラ機が十八!」
大型双眼鏡を覗く見張り員が報告した。
「本当に現れやがった・・・」
呟いた艦長は我に返って命令した。
「発光信号開始!空自へ連絡!」
プロペラ機の編隊は二十秒足らずで「かが」上空へ達した。明らかに「かが」の存在に気付き、旋回して観察しようとしている。
編隊に向け、「かが」から発行信号が、繰り返し発せられる。
『我味方ナリ、直チニ着艦サレタシ・・・』
突如一機が急降下を始め、さらに一機が後に続いた。真っすぐ「かが」へ向かってくる・・・。
「二機接近!機種は何れも零戦・・・爆装しています!」
「かが」の近接防空システムが作動する。二基の高性能対空機関砲がレーダー照準を始めた。
「撃つんじゃない!撃墜すれば全てが水の泡だ!」
艦長は命じながらも、最悪の判断を覚悟していた。二百五十キロ爆弾が炸裂すれば、必ず乗員の誰かが死ぬ。数名か、数十名か、あるいはそれ以上か・・・。
「距離500・・・400・・・300・・・」
対空要員たちは艦長の命令を待っている。安原は祈る思いで二機の零戦を見つめている・・・。
「衝撃に備えよ!」
その時、二機目の零戦が一機目を追い越した。それが合図であったように、二機は向きを変え、丁度「かが」飛行甲板に描かれた日の丸の真上で上昇を始めた。爆弾は抱えたままだ・・・。
艦長は冷や汗をぬぐい、大きくため息をついた。安原は二機の零戦を見送りながら、あることに気が付いた。
「あの二番機は隊長機です。一番機の攻撃を止めさせたのでしょう。空自機に接触するよう伝えます」
連絡を受けた空自機F-15Jは慎重に接近を始めた。零戦の隊長機の斜め前方、相手より高度を落として機体の日の丸を強調するように、徐々に距離を詰めていく・・・。
相手に背後を見せ、攻撃を受け易い危険な位置だ。警戒させない為に敵意を見せてはならないし、空自パイロットは直前で攻撃をかわす自信があった。
零戦は初めて見る飛行物体にうろたえもせず、むしろ横並びに接近してきた。翼が触れ合うほどに接近したとき、空自パイロットは風防を開き、酸素マスクを外して顔を見せた。
零戦のパイロットも同様に風防を開けた。
二機が並んで飛ぶ様を、日本海軍機の編隊も、そして「かが」の乗員たちも、その運命の瞬間を・・・間違いなく歴史的な出来事に居合わせていることに気付き、見守っている。
やがて零戦の隊長機は編隊に戻り、空自機は返事を待つ間、しばらく待機しなければならなかった。
その時間の方がはるかに長かった。相手は特攻隊であり、死を決意して飛び立った者ばかりなのだ。突然の環境の変化に気付いているとしても、その決意が揺らぐものかどうか、全く不透明である。
得体のしれない、自衛隊機や海自の艦船を味方だと認識しても、やはり任務への使命感から逃れられないかもしれない。敵艦を求め、燃料が尽きるまで飛び続けることを選択するかもしれない。
しばらくして、空自機から「かが」へ連絡が入った。
「日本海軍機は、着艦を了承しました。直ちに誘導準備願います」
その声とともに、艦橋内から歓声が沸き上がった。
初めに着艦体制に入ったのは、97式艦上攻撃機だった。この三人乗りの機体は雷撃と水兵爆撃が可能で、真珠湾攻撃の中核となった。
「かが」は風方向に艦首を向け、二十ノットの速度を保っている。97艦攻はおよそ六十ノットで艦尾より進入し、その着艦フックがワイヤーにうまく掛かった。
正に非の打ちどころのない着艦だ。あとは海自隊員たちが人力で駐機場へ移動するだけだ。
搭乗員たちは不安そうな顔で周囲を見渡している。海自隊員のひとりが、降りてきたパイロットに、機体移動に触れる位置を尋ねた。パイロットは快く応じ、一緒に機体を回りながら丁寧に説明した。
それが世代間を超えた現役同士の、歴史的な初の対面会話であったことを、彼らは知る由もなかった。
搭乗員たちは飛行甲板の端に立ち、仲間の着艦を見守る構えだ。
渡辺三尉は彼らに近付き、パイロットに声をかけた。
「見事な着艦でしたな」
パイロットは笑って何か言おうとしたが、搭乗員の二人に睨まれ、軽く頷いただけだった。隊長が降りるまで、彼らは余計なことを話せないようだ。
次に飛来したのは天山艦上攻撃機である。97式艦攻の後継機として、倍近くのエンジン出力で百キロ以上も速度が増し、戦争後半に登場したものの、戦局悪化の中で米軍戦闘機の餌食になり、目立った戦果をあげられなかった。
次の順番を待つ、彗星艦上爆撃機も同じような運命をたどり、天山と同様に特攻機としての戦果の方が際立っている。ただ胴体内に爆弾倉をもち、夜間戦闘機に採用される程の高速性能をもった傑作機であった。
日本海軍機の「かが」への着艦は、空母「ジョージ・ワシントン」の艦橋内でも映像が中継されている。一機がミスしたが、最終手的にネットがこの機体を受け止め、事なきを得た。
とりわけこの時の歓声が一番大きかった。
ケリーは手放しに安原へ称賛の声を送っている。
「素晴らしい!完璧です!今ミスしたのは彗星でしょう?あれは重くて速く、着艦には最も難易度が高いのです・・・しかし失わずに済んだことが重要なのです」
「ケリー少佐、我々も想像以上の成功に驚いています。彼らが現れるまで、あなたの構想に少々疑いをもっていましたから・・・いや、失礼」
着艦を待つのは零戦二機のみとなった。このうちの一機は隊長機である。
安原はふと東の空を見上げた。異様な輝きの残像が、いまだに残っている。安原はその中の一点にくぎ付けになった。うっすらと黒点が浮かび上がってくる・・・。
「正体不明の航空機接近中!海軍機の現れた位置と同じです!」
レーダー員の報告に、艦長は耳を疑った。
「何だって・・・まさか追加のお客か?」
「航空機は三機!機種を確認しました・・・」
艦長は見張り員の報告を聞いて、更に仰天した。
「機種は・・・チャンス・ヴォ―ト、F4Uコルセア!」
まるで特攻機を追ってきたかのように、当時の宿敵である、米軍戦闘機が現れた・・・。