異例の作戦準備
佐世保に停泊する、ヘリコプター搭載護衛艦「かが」の飛行甲板上に安原は立っていた。大量のワイヤーケーブルを運搬する数台のフォークリフトが行き交い、百名近くの作業員が慌ただしく動き回っている。広大な滑走路の塗装まで並行した作業になっているのは、工期に全く余裕がないことを物語っている。
歩いてくる二人の男に気付いた安原は一礼した。
「艦長、おいででしたか。私も防衛省から戻ったところです」
艦長は隣にいる海自隊員を紹介した。
「厚木基地から派遣された渡辺三尉だ。技術面の責任者として乗艦することになった」
紹介された海自隊員は安原に敬礼した。
「渡辺です。整備補給隊から選りすぐりの者たちを連れてきました」
「そいつは心強い・・・で、工事の見通しは?」
「アレスティング・ワイヤーを用いて、呉式4型の機能を再現しました。赤城や加賀の制動装置と同等の仕様です。無論、バックアップのネットも設置します。必ず間に合わせますが・・・」
航空機の着艦テストは難しいと安原は思った。この種の着艦フックを装備するプロペラ機など、探す時間もないのだ。
飛行甲板に描かれる、巨大な日の丸を見つめながら安原は呟いた。
「彼らが仲間と思ってくれたらいいですが」
艦長は思い出したように尋ねた。
「防衛省は納得していたか?」
「既に決定事項でしたから。やるやらないの議論はありませんでしたが、疑問を持たれていたことは確かです。そもそも目標が現れるのかどうかを疑っていました。無理もないことですが・・・」
「君は信じているのか?現れるのがまた野鳥だったらどうする?」
「その時は壮大な夢の話で終わるだけです」
安原自身、信じているかどうかは断言できなかった。しかしアメリカ側は本気だ。対象となる特攻隊の編成、搭乗員の経歴・・・その膨大な調査資料を受け取って彼は仰天した。日本側の協力もあっただろうが、水面下で綿密に準備されていたのは疑いなかった。
「むしろ、本当に現れた時が厄介だ」
艦長の懸念は、未知なる世代の人類との遭遇に向けられた。
「彼らの使命は、敵を発見し、爆弾を抱えたまま体当たりで沈めることだ。相手が最重要目標の空母であればなおさらだ。我々を敵と思い込んで攻撃する可能性は十分ある。せっかく導いた彼らを、撃墜しなくてはならないかもしれない」
「それが最悪のシナリオです。彼らを無事ここへ着艦させなくてはなりません。綿密なプランが必要です」
三人は飛行甲板の巨大なエレベーターに立って、格納庫へ降下している。案内役の渡辺三尉は、この数日間ですっかり艦内を熟知している。
「最もサイズの大きい97式艦攻でも全幅16メートルです。エレベーターの昇降に問題ありません」
広々とした格納庫内は、無駄なものが全て撤去されている。
「どうです?全機収容してもまだ余裕があります」
大型の医療設備のような装置が搬入されている。それを初めて目にした艦長は、問い詰めるように渡辺へ言った。
「何を持ち込んだ?でかい魚でも調べる装置か?」
「米軍供与の新兵器です。あらゆる部品・・・銃弾や爆弾の内部まで安全にスキャンでき、全く同じものの製作を可能にします。例えば零戦の機銃弾・・・7.7ミリや20ミリ弾を通すと、徹甲弾、焼夷弾といった内部構造まで判別できます」
「何のために?」
「当然、ここにはそれを保守する部品も消耗品も無い訳ですから、作るしかないわけです」
「どうやら米軍はこの計画に別の価値を見出してるようですな」
安原が口をはさみ、構わず歩き始めた。
「我々にはそこまで考える余裕はありません。先へ行きましょう」
通路を歩いて、彼らは各居住区を回った。
「乗組員とは別に、400名を収容できるスペースがあります。乗組員は500名で、その内40名が女性です」
艦橋へ上がった三人は、最も重要な討議をしなければならなかった。艦長室のプロジェクタースクリーンには、「極秘」と書かれた表紙が映し出されている。
安原は、搭乗員リストのファイルから始めた。
「何れも台湾基地の所属です。私は特攻隊員を経験の浅い少年のような人物ばかりと思っていましたが、誤った偏見でした。確かにそのような者もいましたが、ほんの二~三名です」
最初の顔写真は、三十代位の平凡な男で、海軍の正装姿にもかかわらず、その顔は昔の帝国軍人のイメージとかけ離れている。
「彼が隊長の岡村大尉です。零戦パイロットですが、戦前に渡米経験もあり、英語も話せるエリートですよ。米軍の記録ではスパイの疑いをかけられたようですが、真偽は定かでありません」
艦長はその写真の男をじっと観察した。
「こいつがキーマンだな。話の通じない、堅物ではなさそうだ」
渡辺は、技術的見地から口をはさんだ。
「連絡方法が問題です。当時の航空機無線機はノイズがひどく、使い物になりません。邪魔で取り外されているとの情報もあります」
「当時のやり方があるだろう?なんらかの通信手段があったはずだ。でなければ特攻の連携攻撃などできるはずがない」
「ですから・・・発行信号か、接近して身振り手振りや、黒板に書いて示すしかないのです」
「黒板?」
艦長はあきれた顔で渡辺の顔を見た。安原は念を押すように、渡辺に尋ねた。
「つまり、航空機で並んで接近し、コミュニケーションを図るのが最も有効だというのか?」
「はい、それしかないと思います」
艦長は首を振った。
「まず、その状況を作ることが大変だな。それに、何とか信用を得ることが第一だが、そんなやり方を長々とやって、相手が聞く耳を持つかどうかだ」
いずれにしても、直ぐに結論がでそうにない問題と安原は思った。
「限られた手段で、簡潔な言葉を選び、意思疎通に全力を尽くす・・・それしかありません」
画面は一通りのパイロットの経歴から、航空機の性能・装備情報に移った。
「幸い、十八機は全て海軍の艦上機であり、着艦フックをはじめ、必要な装備が揃っています。特攻機といえども、元々そういう性能の航空機ですから・・・そうだな?渡辺三尉」
「はい、ただ着艦位置を誘導する必要があります・・・何せ初めて見る空母でしょうから」
「そもそも、彼らに着艦の経験があるのか?」
艦長が疑問を呈した。
「戦争末期というと、空母はほとんど全滅していたんだろ?」
「その通りです。たとえベテランでも、基地航空隊のパイロットですから、経験がない前提で考えるべきでしょう・・・」
問題点はいくらでも浮かび上がったが、解決策は直ぐには決まらない・・・話し合いは深夜にまで及んだ。
安原は空自那覇基地を訪れていた。F-15J戦闘機の前で、隊長のパイロットと話し合っている。
「仮に零戦が巡航速度二百キロで飛んでいるとして・・・思い切り接近して並んで飛ばないと、コミュニケーションは図れないと思うが・・・低速のプロペラ機に合わせて飛ぶことは可能なのか?」
安原の問いに、空自パイロットは即答した。
「全く問題ありません。ここの最優秀パイロットならば、より確実です。従って、その任務は自分が引き受けます」
仮に、と前置きしたにも関わらず、この空自隊長はすっかりその気になっている。
「横からでも見える位置に日の丸を描いておきます」
安原は熱意に押されたかのように苦笑して頷いた。
「進んで志願するパイロットがいるとはな」
「零戦と並んで飛ぶなんて、我々戦闘機乗りにとって夢のような任務です」
安原は上空を飛ぶF-15J戦闘機の編隊を見上げた。
「夢で終わらせたくないな・・・」