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掬水航空艦隊  作者: 畠山健一
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オーロラ・シールドの守り

 那覇市から南西へ百キロの海域を、海上自衛隊護衛艦「あきづき」がゆっくりと航行している。晴天の穏やかな海面に航跡を残し、その向こうに別の船影が見える。

 昔、この海で、壮絶な殺し合いがあったことを知る者は少ない。当時の日本軍パイロットがこの光景を見たら、さぞ驚くことだろう。「あきづき」が護衛するのは、後方からついて来る大型艦、アメリカ海軍の空母「ジョージ・ワシントン」である。

 空母の飛行甲板上で、日米共同による極秘実験が始まろうとしていた。

「J-WACSが予定空域に入りました。映像を送ってきます」

 艦橋には一人の日本人がブリーフィングに参加していた。海上幕僚監部の情報部に属する安原一等海佐は、複雑な表情でモニターを見守った。ここに世紀の大発見が映るらしいが、詳細は何も知らされていない。

「飛行甲板の照射装置を見ましたか?」

 特殊作戦軍のケリー少佐が安原の顔を窺った。彼はそれまで、この最高機密の計画について、多くを語ることはできなかった。

 ケリーは日本語を話せるし、安原も英語で十分会話できる。ケリーが流暢な日本語で尋ねた為、安原も日本語で応じた。

「ええ、見ましたよ。あなた方の偉大な発明品でしょう?今ではロシアや中国も持っていますが」

 彼は乗艦した際、間近にそれを見た。艦橋前方に設置された、巨大なパラボラ・アンテナに似た装置は、艦載機を大幅に減少させてしまったが、それ以上に価値ある最重要兵器だ。

 扇状に連続照射される放射線レーザーは、自然界の宇宙放射線との原子核合成の連鎖で外気圏に達する放射線膜を作る。特徴的なのは人体には影響せず、半導体デバイスに致命傷を与え、中性子のように遮蔽することが難しい。その射程はICBMや人工衛星の軌道にまで及ぶ。

「我々が技術的優位に立てるのはほんの数年です。核兵器のときは3~4年で追いつかれましたが、今度はたった1年でした」

 ライバルの国々は、十年以上も前まで、いわゆる電磁パルス攻撃という幻想に取りつかれていた。広範囲に降り注ぐ放射線はあらゆる電子回路にダメージを与え、電力を中心としたインフラを破壊し、通信、交通網を麻痺させる。

 しかしそれほど強力な電磁波を発生させるには、核兵器を成層圏上で核爆発させる以外に方法はなく、核戦争を誘発するリスクの高いその攻撃は、必然的に行使を躊躇せざるを得ない。

 アメリカはそれを防御兵器として行使できる技術を確立した。放射線照射に要するエネルギーは100MWで、船舶搭載の原子炉で事足りる。オーロラ・シールドと呼ばれるその放射膜の有効範囲はその名が示す通り、垂直面では広大な面積をカバーできるものの、敵地攻撃兵器としては不向きである。

 しかし、この放射膜を通過するものは、半導体デバイスへ頼る現代の車両、船舶、航空機は勿論、人工衛星からICBMまで、瞬時に制御が失われてしまう。

「1948年にトランジスタを発明したのも我が国です。それはより精密に進化し、現代戦の兵器に欠かせないものとなりました。その技術の蓄積を一切無にする発明もまた、我々の手でなされるとは、何とも皮肉な話です」

「皮肉では済まないと思いますが。仮想敵国がそれを手に入れたわけですから、我々のもつ先端兵器は、我々のテリトリーの外では使い物にならなくなりました。つまり、台湾海峡で何かあっても、全く手出しできなくなった訳です。しかも、核の抑止力まで失われてしまい、これから何が起こっても不思議でない状況ですよ」

「そう悲観的になることもありません。この実験しだいです」

 十万トンを超える巨大な船体が振動を始めた。原子炉-A4Wの最高出力は推進機ではなく、飛行甲板に設置された照射装置へ、全エネルギーが投じられた。

 巨大なパラボラ・アンテナに似た装置は上空の方位角へ固定され、放射線の照射を始めた。波長が最も短い電磁波は目視することはできないが、扇状の指向範囲の空は歪んだように見える。

「こちらJ-WACS!目標を確認!」

 安原は目を凝らしてモニターを見つめた。鳥の群れ以外、何も見えない。しかし、艦橋は歓声と拍手で沸き立っている。

 得意顔のケリーに、安原はそっと尋ねた。

「何が映っているんです?私には見えませんが・・・」

「何って、あの鳥ですよ。あれは絶滅種の渡り鳥です」

 鳥?安原は面食らった。何千人も参加している作戦の成果が鳥だと?絶滅種だか何だか知らないが、こいつらは何を喜んでいる?

「失礼、私は野鳥の知識がないもので・・・」

 安原は実験の真の目的を理解していなかった。それにやっと気づいたケリーは補足した。

「あれは1945年の空を飛んでいた鳥です!計算通り我々の空間へ導いた・・・新たな物理学の法則が書き加えられたわけです!」


 空母「ジョージ・ワシントン」の艦長室には限られた数名の間で今後の計画が明かされようとしていた。

「無論、我々の目的は野鳥保護ではありません・・・こちらはMITのキーナン博士です。オーロラ・シールドの開発に深く関わった物理学者です」

 唯一、スーツ姿のその男は、博士というより、銀行員のような風貌だ。

「過去に消息を絶った、航空機であれ船舶であれ、その原因の大部分は墜落や沈没による事故であり、その証拠は必ず存在する・・・我々はその痕跡を発見する技術を既に手にしています。しかし、中には全く異なる原因で、跡形もなく消滅したものがあります。我々はそれを自然界の得意な現象に巻き込まれたものとの結論結論付けました」

 キーナンは早口でまくし立てるように続けた。

「まれに発生する、特殊な磁気嵐の記録を、我々は1945年に遡って発見しました。駆逐艦のレーダー記録によってです。渡り鳥、航空機、それを取り囲む正体不明の輝点と、観測された異常気象から、我々はある仮説を立てました。これらの飛行物体は磁気嵐にまきこまれてレーダーから消えた。墜落したのではなく、別の空間へ落ち込んだと・・・仮にこれをX空間と呼びましょう。空間の歪みを生む磁気嵐は、オーロラ・シールドの理論の応用で再現できます・・・我々が発生させたのは、X空間の歪みの出口です。我々の発見した渡り鳥こそ、その証明になりますが、これは準備段階にすぎません。これからが本当に大変な作業になります」

 キーナン博士はいったん言葉を止め、周囲の反応を確かめた。安原は、自分が注目されていることに気付いた。事実、話についていけてないのは彼一人だ。

「失礼、私にはとんでもなく難しい話のようです・・・つまり、あの鳥は時間を飛び越えて現れたということですか?」

「X空間の入口と出口は同じですが、我々の空間で表現される、時間との相関はありません。我々から見ればX空間内では時間が停止しているように見えますが、そもそも時間という概念は・・・」

 そこでケリー少佐がキーナン博士の話を遮った。

「彼は結果を目撃したのですから、それで十分です。時空理論の説明は省略して、次なる目標の話をしましょう」

 プロジェクタースクリーンにはレーダー画像が映っている。キーナンはレーザーポインターで示しながら説明した。

「これは当時のレーダースコープを再現したものです。このラインが磁気嵐、この輝点は消滅前の鳥の群れ・・・実験の対象とした目標です。そして、ここへマーキングされている輝点こそが次の目標になります」

 その輝点には、注意書きのコメントの記載があった。Zeke×7、Kate×4、Judy×4、Jill×3・・・。

「この意味がわかりますか?」

 ケリー少佐は安原の顔を窺うように尋ねた。

「ジークとは零戦のことでしょう。ケートは97式艦攻、ジュディは彗星、ジルは天山・・・まさか当時のレーダーで機種まで判別できたのですか?」

「これは日本側の記録と照合して我々が調べました。搭乗員の氏名まで判明しています」

 キーナン博士の説明に安原は驚いた。古い記録を元にそこまで調べ上げるとは、相当の労力が費やされていることをうかがわせた。

「つまり・・・」

 ケリー少佐が補足するように言った。

「総勢十八機、二個中隊の掬水作戦に投じられた特攻隊です・・・これこそ我々の本当の目標です」

 口を開けたままの安原に向って、ケリーはたたみかけるように言った。

「安原一佐、この作戦にはあなたの協力が欠かせません。最も重要な役割を、あなたに委ねることになります」


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