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掬水航空艦隊  作者: 畠山健一
19/21

最後の敵艦

 雲ひとつない空は、青白い異様な輝きを放っている・・・核爆発による放射線の膜は、北極圏から急速に広がっていた。オホーツク海上空は、まもなく高高度から降り注ぐ電磁波が通信とレーダーを妨害し・・・艦隊は目と耳を失うことになるだろう・・・。

 呼び出し音が鳴り、岡村大尉は艦内電話を手に取った。相手は安原一佐だった。

「皆起きているか?」

 安原の問いに、岡村は室内を見渡した。

「全員気持ちよく眠っているが」

「最後の目標が現れた。零戦は爆装で準備させる。海兵隊機も攻撃に加わる・・・最終決戦になるだろう」

 岡村は大きくため息をついた。

「分かった。こいつらを叩き起こす」

 ウルップ島北西を航行する艦隊は、敵を目指して南へ針路をとった。「かが」を守る護衛艦4隻、「こんごう」「あきづき」「みょうこう」「ちょうかい」はその戦闘能力をレーダー誘導兵器に依存している・・・その効力が失われるのは時間の問題だった。

「ジョージ・ワシントンからは全く応答がありません」

 通信員の報告に、艦長はケリーとキーナンの顔を交互に見た。

「説明してもらいたい。君たちが以前に乗っていた船だ。なぜこんなところにいる?」

 ケリーは言葉に詰まり、キーナンの顔をうかがっている。キーナンはゆっくり首を振るばかりだ・・・さすがの彼らも、予想外の事態に衝撃を受けている。

「本当にその二隻ですか?」

 ケリーが念を押すように尋ねた。

「我々の探知能力を疑うのかね?相手側のレーダー波の傍受と分析で特定できる。AI原潜は過去に二度対峙しているし、ジョージ・ワシントンのデータも分かっている」

 さらにそれを裏付けるものが現れた。

「航空機接近中!F/A-18が9機、F-35Bが3機!」

「スーパーホーネット」を主力とする戦闘攻撃飛行隊は、真っすぐこちらへ向かっている。12機は「ジョージ・ワシントン」の搭載する作戦稼働機数だ。80機以上の搭載能力が縮小したのは「アイスバーグ計画」の為に放射線照射装置が飛行甲板の大半を占めているからだ。

 艦長は直ちに命令した。

「対空戦用意!」

 ケリーは慌てた様に通信員に尋ねた。

「航空機とのコンタクトは?」

「応答がありません!」

 ケリーはそれが敵側だと簡単に信じられない・・・しかし「ジョージ・ワシントン」が敵とつながり、支援していた可能性は否定できない。レーダー員の新たな分析報告は、その疑いを決定づけるものだった。

「ジョージ・ワシントンのレーダーが我々を捕らえました・・・以前に傍受したAIと同期させる特殊な波長で・・・敵原潜のデータと同じです」

「見事な分析です。おかげで大体分かりました」

 黙っていたキーナン博士がやっと口を開いた。

「ジョージ・ワシントンは素晴らしい頭脳を得たようです。東シナ海で沈めた第一の原潜を覚えていますか?そのAI本体を、第二の原潜が回収した・・・」

 キーナンは恐ろしい仮説を口にしようとしている・・・ケリーの顔はみるみる青ざめた。

「まさか・・・我々に気付かれずにそんなことが・・・」

「我々は計画の真の目的・・・その意味で全く蚊帳の外にいた訳です。あなたはアイスバーグ計画の実行責任者で、私はアドバイザーとしてあの空母に乗り込んでいた・・・ラングレー大尉はガルバニック計画に関わり、この二つの計画は別々に進行していた・・・しかし、もっと上のレベルでひとつに統括されていたのです」

「真の目的とは!?」

 ケリーの問いに、キーナンは再び首を振った。

「私もそれが知りたい。あの『AIジョージ・ワシントン』がその鍵でしょう・・・」

 しかし、今は目の前の脅威に対処しなくてはならない。レーダー員は艦長へ指示を仰いだ。

「対艦ミサイルの射程圏内に入ります!」

 そして目でうかがっている・・・対空ミサイル発射しますか?と・・・。

 相手は米海軍機だ。ケリーに冷静な判断はできないと思った艦長は、キーナンに尋ねた。

「あのジョージ・ワシントン戦闘攻撃飛行隊は、我々を攻撃する意思があると思うか?」

「少なくともその命令は受けているでしょう」

 そして一言付け加えた。

「飛行隊の通信を封じ、敵意ありと見た我々が先に撃墜する・・・これが敵の意図です」

「何の為に?」

「もっと大きな目的の為の時間稼ぎです。彼らは取るに足らぬ犠牲なのです。それに・・・」

 キーナンはケリーの顔をちらっと見て言った。

「パイロットの忠誠心を疑っているのかもしれません。二つに一つです・・・」

 レーダー員の声は緊迫していた。

「百キロ圏内に入りました!」

 F/A-18搭載のハープーン空対艦ミサイルの射程に入っている・・・ケリーは何も言わなかったが、目で艦長に訴えている・・・。

 艦長は命令した。

「対空ミサイルは待機・・・近接防空システムは警戒態勢を維持せよ」

 そしてケリーに言った。

「あと数分で視界内に入る・・・攻撃を受けたら俺の責任だ」

「責任は私と、合衆国海軍にあります」と、ケリーも覚悟を決めている。

 間もなく、視界に彼らは現れた・・・「スーパーホーネット」は降下を始め、「かが」に向っている・・・近接防空システムは、彼らにロックオンすらしていない。

「スーパーホーネット」及びF-35Bは一直線になって「かが」の飛行甲板を覗き込むように旋回をはじめた。「零戦」と「コルセア」が並ぶ飛行甲板には、不思議な顔で上空を眺めるパイロットたちが立っている。

 低空飛行で、お互いの顔が見える程接近した・・・。スピアーズはF-35Bに見覚えがあった。この時代に来た時、初めて遭遇したジェット戦闘機だ。何者かは知らないが、「よう兄弟!」と気さくに話しかけたパイロットを今でも覚えている・・・。

「貴様に挨拶しようとしている」

 岡村はスピアーズ大尉に言った。スピアーズは握りこぶしを上げて応えた。相手のパイロットは風防を開き、何やら合図している・・・。

 その意味を岡村は尋ねた。

「何か伝えようとしているようだが?」

「俺たちを待っている・・・」

 そしてスピアーズは岡村に言った。

「行こう。奴らが案内してくれる」

 米空母飛行隊に敵意なしと悟った艦橋内は、ひとまず安堵した空気になった。「かが」航空隊の発艦準備を終え、艦橋へ上がった渡辺三尉は安原に報告した。

「零戦とコルセアは何れも爆装ですが、コルセアは重すぎる為・・・全速で風上に進まなくてはなりません」

「コルセア」はロケット弾の代わりに、より打撃力のある大型爆弾を選択した。「かが」は発艦の間、一時変針しなくてはならない。その場合、4隻の護衛艦も「かが」と行動を共にする・・・通常であれば。

「護衛艦は全速で敵に向うべきです」

 渡辺の提案に、安原は難色を示した。

「通信障害に、レーダーも使えなくなる状況だ。そうなると対艦ミサイルも使えない」

「5インチ砲と魚雷があります」

「大型原潜に、巨大空母が相手だ・・・それに敵にはオーロラ・シールドという切り札がある。彼らは『かが』の護衛としてこれまで通り・・・」

「『あきづき』と『こんごう』は、5インチ砲の代わりに実用化されたレールガンを装備しています。誘導弾ではないのでA・S・Sに妨害されません」

 電磁力で砲弾を発射するこの新兵器は、小口径ながら長射程で連射可能であり、A・S・S圏外から攻撃可能だ。この海自の誇る新兵器を、今こそ使うべきと渡辺は確信している。

 そばで聞いていたケリーが口をはさんだ。

「渡辺さん、その射程距離は?」

「最低200キロメートルです」

「撃沈は無理でも、重要な照射装置の破壊に有効ですね・・・安原さん、私も彼の意見に賛成です」

 敵に大型空母が加わり、「かが」航空隊の戦力も半減している。これは決戦であり、全力を投入すべきという考えでは皆一致している。

 艦長も同意し、4隻の護衛艦は全速で敵艦を目指した。

 安原と渡辺は飛行甲板に降りた。安原は零戦に搭乗しようとする岡村を呼び止めた。

「これが最後の出撃になるかもしれない」

 そう言って安原は岡村と握手を交わした。岡村は穏やかに答えた。

「勝てば、の話だろう?それで俺たちは解放されるわけだ・・・失業だな」

「多くの部下を失わせて済まないと思っている」

「天命には逆らえない・・・だが未来という奴は、ろくでもない世界だな」

 苦笑して答えた岡村はコクピットに飛び乗った。

 上空を米空母飛行隊が見守る中、「かが」航空隊は次々と飛び立っていく・・・。見送る渡辺は安原に愚痴をこぼすように言った。

「せっかく、日本海軍機の無線機を取り換えたのですが、A・S・Sの妨害で役立ったことはありません・・・今回もそうなるでしょう」

 彼の言う通り、空中から降り注ぐ電磁波は最高潮に達し、交信は全く不可能になっていた・・・。


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