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掬水航空艦隊  作者: 畠山健一
18/21

自滅への誘導

「ここは空気が悪いな」

 部屋に入るなり、安原は換気装置を探したが、眠りこけている男につまずきそうになった。空になった大量の一升瓶が無造作に置かれ、パイロットたちはあちこちで熟睡している。

「今日のこいつらは使い物にならない」

 声がした方を振り向くと、岡村が部屋の隅に寝転がって読書にふけっている。安原は近寄って本の背表紙を覗き込んだ。

「昭和の歴史?どこでそいつを・・・」

「横須賀で手に入れた。今の仮名遣いは難しいが、もう慣れた」

 起き上がった岡村は、安原に歴史の質問をした。

「特攻機の最後の戦果を知っているか?」

 意表を突かれた安原は、自信のある歴史知識から答えを探そうとした。

「特攻作戦は終戦直前まで行われていた・・・そう、米駆逐艦キャラハンだ。7月28日、沖縄海域で沈没した・・・それが最後の戦果だ」

 岡村は、読み終えた本を示して言った。

「終戦後の8月19日、占守島で特攻機がソ連軍の船を沈めたとある・・・この本と、貴様とどっちが正しい?」

 安原はきまり悪そうに苦笑した。

「いや、多分そっちの本が正しい」

 岡村は頷いた。この分厚い歴史書の中の僅かなページが、特に彼を引きつけた。千島列島最北端における、97式艦攻1機と無名のパイロットの記録・・・それは特攻の歴史の中の微々たる事件に過ぎない・・・しかし、その意味するところは大きく異なる。

「この最後の特攻機は、終戦で生き延びる道が開けたはずだ。しかし、新たに出現した侵略者に向って、自らの意思で突入した・・・自分を支配していたものから解放されたはずなのに」

「自分を支配していたもの?」

 安原は問い返した。岡村の言う「支配」の意味が知りたかった。

「自ら作り上げた盲目的正義感だ。名誉とそれを失う恐怖が支配し、個人を否定する・・・『死』と折り合いをつけるにはそれしかなかった」

 岡村は最後の特攻機と、自らを重ね合わせている・・・安原はそう理解した。

「君らもその支配から解放され、自らの意思で戦っている訳だ」

「いや、この男には及ばぬかもしれない」

 安原はふと奇妙な事実に気が付いた。現在、艦隊はカムチャツカ半島沿いに南西に進み、千島列島の北端に達したところだった。

「占守島?偶然にも、今その近くを通っている」

「敵を追っているのか?最後の敵はアラスカにいると貴様は言ったが」

「キーナン博士が敵の行先を推定した。残り1隻になっても、敵は企てを諦めないそうだ・・・今は別の何かを企み、オホーツク海に向っているらしい」

 岡村は二度戦ったこの原潜が、無人の機械であると知らされていた。しかしコンピューターもない時代の彼らに、AIを理解させるなど土台無理な話だった。

「信じられないことだが、その1隻が人類最大の脅威となっている。感情のない機械が人間の知能を超えるなど、君にも信じられないだろう」

「人間らしい感情と思うが」

「何だって?」

「勝利し、支配する為に戦う・・・その野心は人間らしい感情だ」

「いや、単に自己の生存の為かもしれない」

「同じことだと思う」

 岡村の言葉は、妙に説得力があった。しかし彼の知識の領域ではないのだ。

「敵は生き延びるために、精神的に人間を支配するとでも?」

 その安原の言葉を、岡村は真っ向から否定する。

「人間の敵は人間だ」

「進化したAIだ。君には分かるまいが・・・」

 議論はそこで止まった。緊急呼び出しで、安原は艦橋に戻らなくてはならなかった。


 安原が戻ったとき、全護衛艦の防空システムが起動していた。

「衛星がシベリアのミサイル・サイロより熱反応を探知!」

 安原は耳を疑った。統括防空システムの作動は、最悪の事態を意味している。

「発射コードが奪われたのです」

 ケリーの説明に、安原は呆然となった。AIが世界中に無数にある戦略核兵器に目をつけ、そのコントロールを試みたとすれば・・・まさに最悪の一手だ。

「ロシア戦略ミサイル軍は発射命令を取り消せない・・・AIにシステムを奪われています」

「ICBMの予想進路は?」

 艦長の問いに、レーダー員が答えた。

「北米の複数の都市と思われます」

「アメリカは地上配備のオーロラ・シールドで対抗するでしょう・・・これが敵の狙いです」

 キーナン博士の予想は的中した。AI原潜は、A・S・S交差照射を阻止され、意図した破滅への第二段階へ進むことが出来なかった。これはその代替手段なのだ・・・。

「北極上空を越え、核ミサイルとオーロラ・シールドの応酬が、中断した第二段階を完成させる・・・」

「待ってください、そう仕組まれたにせよ、何の疑いもなく核のボタンが押されたのでしょうか?」

 安原は、その愚かな行為が信じられなかった。国のトップだけが行使しうるその権限は、人類を破滅させるほどの力を得て半世紀の間、不動の「抑止力」として、決して使われることはなかったのだ。

「世界の海軍戦力の大部分がベーリング海で失われました。その理由は誰にも知られていません。自国の船が、核に匹敵する強力な攻撃を受けたと思い、相手国を疑っています。その状況をAIは最大限に利用しています」

「ともかく、阻止する手立ては?」

 艦長はキーナンに問いただした。

「攻撃された側が、何の対抗手段もとらなければ、それは防ぐことができます・・・しかしあり得ないでしょう・・・」

 それを裏付けるように、アメリカの報復攻撃が探知された。言うまでもなく、目標はロシア連邦の主要都市である・・・。

 オーロラ・シールドの守りは、理論的にはICBMを阻止できるし、米ロ両国は地上にそれを配備している・・・・しかし核戦争という実戦に使用されたことはない。

「通常であれば、目標到達まで核爆発は起こり得ないのですが、A・S・Sによる誤作動で、10パーセントは成層圏で爆発する・・・第二段階の達成にはそれで充分なのです」

 キーナンの言う第二段階とは、石器時代への逆戻りだ。増幅するオーロラ・シールドが地球の大半を覆い、電子回路の全てがダウンする・・・電力、通信、物流が途絶えたとき、一体人類はどれだけ持ちこたえられるだろう?その代替手段を考え、世界中に行き渡らせるまで、どれだけの人々が飢死することだろう・・・。

 安原はキーナン博士に尋ねた。

「我々は敵を追ってここへ来たのでしょう?あなたは敵の意図を予想して・・・」

「ロシア軍の指令システムへの侵入は予想していました。千島へ通じる軍専用の海底通信ケーブルを利用すると思ったのです」

 各国は電子戦やA・S・Sからの防御の為に、それを秘密裡に敷設していた。切断されるリスクはあっても、サイバー攻撃の侵入経路になり得ないはずだった。

 キーナンはAI原潜の構造を知るラングレーに尋ねた。

「あなたは原潜の電子戦能力をご存じのはずです。しかし、この場合は複雑な作業を必要とし、協力者がいなければ不可能です・・・そうですね?ラングレー大尉」

「はい、敷設深度の制約があり、ケーブルを引き上げる支援艦が必要です。水中ドローンやヘリまで動員する大掛かりなもので、実験には空母が支援したほどです」

「そう、それに専門知識をもった技術者が必要なのです」

 と、そこでケリーが口をはさんだ。

「つまり博士の否定する、第三者黒幕説が有力になるわけです」

 しかし、キーナンは自説を曲げない。

「だとすれば、人間がAIにコントロールされていると思いませんか?・・・現にソ連軍パイロットを使って我々を攻撃し、今度は核ミサイルまで発射させています」

「それは命令を媒介する手段を乗っ取り、コードを使って指示する側に成りすましただけです。ラングレーが言った作業内容を、誰に成りすまして命令し、誰が実行するのでしょう?ロシア海軍はまずありえない・・・では中国、日本、それともアメリカ海軍ですか?」

 安原は、アメリカ人どうしのこの議論は後回しにするべきだと思った。

「今、まさに核戦争が始まったのです。一刻も早く我々の敵を探し出すことが先決と思います・・・それに敵を発見すれば、その議論の答えも出るでしょう」

 その時、キーナンの予言した、最悪シナリオの始まりが確認されようとしていた。通信員が緊張した声で艦長へ報告した。

「衛星との連絡が途絶えました」

 このタイミングで通信障害とすれば、理由はひとつしかない。

「衝撃波を探知しました。通信障害は上空の核爆発による影響と思われます」

 さらにレーダー員からの報告が、それを裏付けている。

「対空レーダーにノイズによる障害が発生しています」

 同じ理由であることは明らかだった。レーダーが影響を受ければ、弾道ミサイルが探知できない可能性がある。そうなると当然、迎撃も困難になる。

 しかし、その前に護衛艦のレーダー員は重要な目標を発見した。

「大型艦二隻を、『こんごう』のレーダーが捕らえました!一隻は目標の原潜と思われます!」

「もう一隻は?」

 艦長は問い返した。その答えはアメリカ人たちを驚愕させた。

「ニミッツ級空母・・・ジョージ・ワシントンと思われます!」


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