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掬水航空艦隊  作者: 畠山健一
17/21

勝利の代償

 護衛艦12隻の内、5隻は手の施しようがないほど破壊されている。「総員退去」の命令が下り、消火作業は中止された。

 損傷が軽微で、航行に支障ない3隻の護衛艦が負傷者を収容している。「かが」艦長は判断を迫られた。

「救助が終わり次第、3隻は本国へ戻す」

「残り4隻になりますが・・・」

 やむを得ない措置と安原は思ったが、今後の作戦に支障がないか不安になった。

「岡村隊が見えます!」

 見張り員の声で、安原は水平線の空を見つめた。ぽつぽつと機影が現れている・・・安原は見張り員に尋ねた。

「何機見える?」

「零戦6、天山2・・・」

 見張り員の言葉は、そこで止まった。

「それだけか?」

「はい、8機だけです」

 出撃した航空隊の内、姿が見えないのは・・・零戦×1、97式艦攻×4、天山×1、彗星×4・・・いかに彼らが苦戦したかを物語っている。

「彼らのおかげで救われたな」

 艦長は、呆然とする安原に向って言った。オーロラ・シールドの消滅から、彼らが原潜を仕留めたことは明らかだった。半数以上の犠牲を払って・・・。

「岡村隊が10機、スピアーズ隊が1機、そして護衛艦5隻・・・」

 艦長は損害を数え上げたが・・・失われた人命は数えきれない・・・。

「この代償は大きすぎたな・・・」

 

 艦長室には、ケリー、キーナン、ラングレーの3名のアメリカ人しかいない。艦長と安原は、負傷者の救助と、大破した5隻の処分に忙殺されていた。

 ケリーは自らの見解をキーナン博士へぶつけた。

「あのソ連空運機は、オホーツク海の行方不明機でしょう。1945年8月、南樺太および千島列島侵攻作戦に動員された航空部隊です」

 8月9日、ソ連の宣戦布告は、日本に衝撃を与えた・・・日ソ中立条約の効力を信じた首脳陣は、日米停戦の仲介者をソ連に期待していたのだ。

 独ソ戦に勝利した最強のソ連軍が、怒濤の勢いで極東へなだれ込んだ。日本は敗北を認め、8月15日の終戦を迎える・・・しかし、攻勢を止めないソ連軍との戦いは、その後も二週間にわたって続けられた・・・満州、南樺太、そして千島列島で・・・スターリンは北海道まで侵攻する準備を進めていた。

 しかし、その計画は頓挫する・・・海軍力の不足、樺太と千島を守る日本軍守備隊の予想外の抵抗、ソ連の脅威を認識し始めたアメリカの反対・・・スターリンは北海道を諦めたが、南樺太と千島は激戦の末、占領した。

 ソ連軍は大損害を出したが、その多くは隠蔽された。北海道侵攻に飛び立った航空部隊が、悪天候の中、姿を消した事実をケリーは知っていた。

「磁気嵐が北極圏を中心に、北部に頻発していたこと・・・消息を絶ったソ連機の記録を手にしていれば、彼らは容易にその可能性に気付くでしょう」

「彼らとは?」

 キーナンはケリーの考えの核心をつくように問い返した。

「AI原潜を、コントロールしている黒幕です」

 ソ連機は、岡村隊と「かが」の艦隊を敵と認識し、有無を言わさず攻撃してきた。コマンドルスキー諸島を経由し、原潜を守るために戦った。何者かの指示に従い、周到に準備された行動に他ならない・・・ケリーはそう考えた。

 すると、黙っていたラングレー大尉が異を唱えた。

「黒幕ですか?我々は第三国に乗っ取られた可能性はあり得ないとの結論に達しました。ガルバニック計画の関係者、それも限られた一部の者しか考えられない・・・だからこそ海軍は躍起になって原潜を追っていたのです」

「内部犯行説か?初めて聞いた」

「もう黙っている必要はありません・・・海軍は犯人を突き止められないまま、議会が騒ぎ出す前に力ずくで解決しようとした・・・それがこの結果です」

「何故、今まで黙っていた?こんなことになる前に」

 そしてケリーは皮肉っぽっく尋ねた。

「君は黒幕のよき協力者になり得た訳だ。邪魔者の我々を遠ざけると同時に、安全な場所で見届けていた・・・もし君が計画に関わった技術者を抱き込んだとして、原潜を密かにコントロールすることは可能かね?」

「仮に可能だとしても、人類絶滅の協力者にはなれません・・・それを言うなら、私も疑念を持っています」

 ラングレーは逆に問い返した。

「ソ連機は、あなた方が成功させた、アイスバーグ計画を再現して現れたのでしょう?AI原潜が簡単にそれを実行できると思いますか?最も疑わしいのは一つしかない・・・アイスバーグ計画を実現した、空母ジョージ・ワシントンは今どこで、何をしているのでしょう?」

 キーナンは苦笑いして言った。

「面白いではないですか・・・私も心のどこかで、争いの絶えない人類にうんざりしている・・・地球を亡ぼす力を手にした人類など、いっそ滅びて石器時代からやり直せと・・・もし私が、あなた方二人をうまく丸め込んで協力させることができれば、この企ては実行可能なわけです」

 三人は顔を見合せ、静まり返った。ケリーは納得したかのように頷き、キーナンは我ながらうまい例えだと思っている。

「お分かりでしょう。それはあり得ないのです。我々は人類の悪しき闘争に加担する、組織という力にとらわれた人間の一部にすぎず、僅かな寿命を全うするだけの存在です。従って人間の力を過大評価してはならず・・・AIを過小評価するのは誤りです」

 そしてキーナンはラングレーの疑問に答えた。

「空母ジョージ・ワシントンが横須賀にとどまっていたのは、サイバー攻撃を受け、システムダウンしたからです。AI原潜はいかなるレベルの最高機密であろうと侵入できる・・・アイスバーグ計画のデータは盗まれました。さらに言えば、ロシア人が何故我々を攻撃してきたのか?スターリンに忠実な赤軍部隊を、極東軍司令部に成り代わって暗合電文で操った・・・無論AIはコードを把握しています」

 ケリーはキーナンの言葉を信じたくはなかった。敵の情報取集力と分析力は圧倒的に優位にあり・・・進化した頭脳は人間の発想力を超えている・・・。


 岡村たち、生き残ったパイロット12名は、散っていった仲間を偲んで酒を酌み交わした。艦内の飲酒は禁じられていたが、激戦を勝ち抜いた彼らの為に、特別に振舞われた。

 しかし、それが騒動を引き起こした。部屋を間違えて、酔っぱらったスピアーズとジョンソンが現れた。肩を組んだ二人は、まじまじと日本軍パイロットたちを眺めた。

「何だ、ジャップの集まりか」

 ジョンソンはウイスキーを片手に悪態をついた。

「いいか、スミスはジャップの為に死んだんじゃないぞ・・・忌々しい奴らだ、かかってこい!こっちは二人だ!」

「ひっこめ!アメ公!」

 英語と日本語の罵声が飛び交った。間に立った岡村がスピアーズに言った。

「撃ち合いになる前に出て行った方がいい」

 アメリカ人の二人と、岡村と伊藤ら士官の四人はピストルを腰にぶら下げていた。スピアーズはジョンソンを引っ張って出て行った。

 岡村は酔いを醒まそうと、格納庫へ歩いた。激しい戦闘を生き残った航空機がずらりと並んでいる・・・今は8機しかない日本海軍機の前で、彼は足を止めた。

「よう、ジャップ」

 振り向くと、海兵隊機の車輪にもたれかかり、スピアーズが座っている。ジョンソンは寝転がっていびきをかいていた。

「おまえの相棒、凍え死ぬぞ」

「そいつは平気だ、放っておけ。俺のまともな相棒はこいつだけだ」

 スピアーズは上を指さして言った。岡村はそれを見上げ、「コルセア」を眺めた。彼はふらふらした足取りで主翼に足をかけ、コクピットを覗き込んだ。

「おい、勝手に触るんじゃない」

「防弾板だらけだ・・・こんな重たい奴がよく飛ぶものだ」

 岡村はその装甲された機体を、手で叩いて感触を確かめている。命を守る頑丈な機体と、防御を犠牲に攻撃を重視する零戦・・・複雑な思いで彼は見比べた。

「俺の零戦に乗って見ろ。貴様はさぞ驚くだろう」

「自殺機なんぞ御免だ。特にゼロって奴は・・・」

 その「ゼロ」のパイロットと、スピアーズは英語で言葉を交わしている・・・その相手は、彼の想像した「狂信的なパイロット」には思えなかった。

「お前のようなインテリが、何故カミカゼの隊長になった?」

 降りて来た岡村は答えた。

「武士道精神に染まっていたからだ。アメリカ人には分かるまい・・・たぶん、『命がある間は希望がある』と、キケロのように貴様は言うだろう」

 スピアーズは岡村を指さして言った。

「その通りだ。スミスは国で酒場を始めると言っていた。気が変わって他の事をしようがどうでも良い、忌々しい戦争を生き抜いて国へ帰る、それだけだ・・・しかしお前たちは死に場所を求めて戦っている・・・そこが決定的な違いだ」

「言っておくが、この時代に来てから俺は特攻を禁じた・・・しかし今日、特攻で勝利した。彼ら無くして勝利はなかった・・・これを何と説明すればいい?」

「カミカゼは俺たちの永遠の敵だ!」

 そして、スピアーズは片手でウイスキーを掲げて言った。

「だが、そいつの勇気には敬意を表してやる。海兵隊を代表して・・・」


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