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掬水航空艦隊  作者: 畠山健一
14/21

全軍壊滅

 突如、零下50度の猛烈な寒気が「かが」を通り抜けた。飛行甲板に並んだ日本海軍機は発艦どころではなくなった。凍り付いたエンジンを始動するために、整備隊員たちは暖気装置を牽引している。

「これは当分かかるな・・・」

 寒さに凍えながら渡辺三尉は呟いた。振り向くとエレベーターからF-4U戦闘機が現れた。急遽代役に任命された海兵隊パイロットは、寒さに悪態をつきながらコクピットに飛び乗った。エンジンは直ぐに始動した。

「海兵隊の三機を調査に向わせます」

 ケリーは念を押すようにキーナン博士に言った。キーナンはタブレットPCに見入ったまま答えた。

「是非そうして下さい。飛行可能距離は?」

「予備タンク搭載で三千キロは飛べます。しかし、とんでもない寒波が襲いましたが・・・」

「千キロを越えて来た、かなり弱まった余波です」

 風上に進む「かが」から、F-4Uコルセア3機は次々と飛び立った。艦橋から見送るケリーは、キーナンの言葉が気になった。

「弱まった余波ですか・・・作戦海域を襲った寒波は、とんでもない威力ということですね?」

 キーナンは一区切りついたように、タブレットPCから顔を上げた。

「桁違いです。無事では済みません・・・おおよその原理は分かりました」

 安原が二人の間に入って言った。

「やっとエンジンがかかりました。海軍機、発艦できます」

「では直ちに・・・」

 答えようとするケリーをキーナンは制して言った。

「待ってください。その航空隊には別のところへ飛んでいただきたい・・・」

 驚いた二人は、黙ってキーナンの顔を見た。

「相手の戦術が見えてきました・・・A・S・S照射角度は計算で割り出せます。敵は二手に分かれています・・・位置の特定に少し時間を下さい」


「コルセア」戦闘機3機編隊は、一面に広がる氷上の世界を北に向って飛んでいる。霧は薄らぎ、上空の空は青い輝きを取り戻しているが、水平線はどす黒く濁っている・・・

 スピアーズ大尉は無線通信を試してみたが、雑音がひどくて使えない。これではいつものおしゃべりができない・・・ジョンソン機が横に並んで、彼はスピアーズに向って両手を広げた。

 大方、「これは何ですか?」とでも尋ねているだろう。「知るもんか!」とスピアーズは合図で返した。彼はケリーから頼まれた通り、一定の距離ごとにカメラのシャッターを切った。ファインダー越しの水平線は、うっすらと、いくつもの噴煙が上っている・・・

 二時間近く飛んだ頃、氷の海にいくつもの突起物が現れた。降下して接近すると、それが船の上部構造物と判明する・・・三機はさらに高度を下げ、氷上すれすれを飛んで観察した。

 突き出した山々の全ては、氷で覆われた艦船だった。司令塔を突き出したままの潜水艦もみえる・・・ひときわ大きい塊りは、大型空母の原形をとどめていた。あちこちへ向いて散らばる凍り付いた航空機の間に、人影の集団が見えた・・・。

 生存者と思ったスピアーズは接近して目を凝らした。飛行甲板に集まった乗員たちが手を振っている・・・しかし、それは立ったまま凍死した集団であると分かった。

 戦場を見慣れたスピアーズも、さすがにその光景をシャッターに収めることはできなかった。数えきれない氷の山々が、全て同じ状況であることは容易に想像できた。ここは無数の艦船の墓場なのだ・・・


≪全軍壊滅・・・生存者ナシ≫


「かが」の艦長室に集まった五人は、その電文を沈痛な面持ちで目にした・・・。

「世界中の、主力艦隊全てですか・・・」

 唖然と口にする安原同様、誰もが予想できなかった事態だった・・・ただひとり、キーナン博士を除いては・・・。

「これは始まりにすぎません・・・」

 追い打ちをかけるようなキーナンの言葉だった。数十万もの人命が一挙に失われ、これ以上何が起こるというのか・・・この巨大な力を前に、彼らは戦意を失いかけている・・・。

「敵はたった二隻ですが、人類を破滅に追いやる術を知っているようです」

「敵とは・・・AI原潜のことですか?」

 ラングレーは今更のように尋ねた。ケリーは怒る気にもなれず、口を塞ぐよう合図するだけだ。。

「黙って博士の説明を聞こうじゃないか・・・君には理解できないかもしれないが」

 キーナンは言葉を選びながら、シンプルに解説しようと努めた。

「二隻の原潜が発するA・S・S交差照射が、電離層に達したところで合流し、衝突の連鎖が破壊的なエネルギーを生成します。その現象のひとつが、大気循環の崩壊、高密度の超低温下降気流の集中であり、第一の悲劇が起こりました。海兵隊機が目撃したのは、瞬間的な超寒波に襲われた犠牲者たちです。それは第一段階にすぎません・・・敵はその連続照射効果が、北極圏で最大になるよう計算済で、次の段階へと進みます。恐らく十数時間の連続照射でそれは達成されるでしょう・・・」

 キーナンはそこで言葉を止めた。その先に起こる悲劇は、第一の比ではない・・・どう表現すべきか、彼も迷った。

「人類が滅びるとでも言うのかね?」

 事態が呑み込めない艦長は、思ってもいないことを口にしたが、キーナンはそれを否定しなかった。

「そうかもしれません。地球規模の大災厄を招くでしょう。オーロラ・シールドが北極圏の磁気嵐を北半球にまで広げ、まさに自然界のオーロラが発する誘導電流が爆発的に広がる・・・つまり、第二の段階で地球全体がオーロラ・シールドに覆われる状況になるのです。さらに一万年以上続いた地磁気極が変化し、地軸23.4度の傾きを保てなくなる・・・そちらの方が深刻です。地殻変動に異常気象、大気は火山灰に覆われるかもしれません。人類が石器時代に戻って生存の道を探っても・・・地球環境の大変化が、それを許さないでしょう・・・これが第三の段階、人類滅亡です・・・」

 沈黙のあと、安原は我に返ったように首を振った。

「AIの思考力はとんでもないスケールですな・・・しかし問題は『何故』です。何の目的でそんな大それたことを・・・」

 その疑問に対する答えは、すぐに出そうもなかった。

「人間の中にもいるでしょう。暴力的で争い続ける人類など、いっそ絶滅させればよい・・・そう考える輩も」

 ケリーはそう言うと、やる気を取り戻したようにキーナンへ詰め寄った。

「まだ起こったわけではありません、何としても阻止しましょう。奴らは何処へいますか?突き止めたのでしょう?」

 タブレットPCにマーキングされた海域は、ここから僅か300キロ足らずの距離にあった。

「片方は補足できる距離にいます・・・メードヌイ島南西200キロです。もう一隻はずっとアラスカ寄りで、二千キロ以上離れています」

「選択の余地はありません。近い敵をまずは片づけましょう」

 ケリーは艦長に向かって言った。そしてラングレーに目を向けた。

「異論はないな?」

「お好きにどうぞ・・・もはや反対する理由はありません」

「君はガルバニック計画に深く関わっていた。誰よりも敵に詳しい・・・航空隊に対する敵の反撃手段を洗いざらい言うんだ」

「対空ミサイル・セルが18基に、近接射撃用の機関砲が二基、何れもレーダーとリンクしていますので、A・S・S照射中の反撃はできません・・・つまり遮るものは何もないということです」

 彼らが一隻目を撃沈した時と同様、優位な立場にあるということだ。

「ひとつ問題があります・・・」

 キーナンは重大なリスクを打ち明けねばならなかった。

「原潜との距離が近すぎる・・・直ちに全速で南へ退避しないと、オーロラ・シールド圏内に入ってしまうでしょう」

「それは無理です」

 ケリーは直ちに抗議した。

「帰投中の海兵隊機が戻れなくなる・・・発艦する攻撃隊も帰れなくなるかもしれません。第三の原潜が残っている以上、彼らはなくてはならない戦力です」

「ですから・・・覚悟を決めてくれということです」

 キーナンは判断を仰ぎ、全員の意見は一致した。

 全力を挙げてこの一隻を破壊する・・・このとんでもない破局を回避するために・・・。


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