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掬水航空艦隊  作者: 畠山健一
12/21

史上最大の捕獲作戦

 出港直前にパイロットたちは「かが」に戻った。岡村大尉のグループは幾世代も通り越した祖国の姿を目の当たりにした。もはやそこは彼らの祖国とは思えず、結局帰るべきところが失われたことを思い知らされただけだった。

 一方のスピアーズ大尉のグループは、かつての敵国の街で過ごした時間が、むしろ彼らに希望を与えた。二日酔いで苦しみながら、それでも「かが」に戻ってきたのは、米軍と交わした契約の為だ。帰るところがあろうとなかろうと彼らはいずれ米国へ行くつもりでいた。兵役の義務は終わったことだし、新たな時代でやり直すのも悪くない・・・ケリーと約束した仕事を片付ければ多額の報酬が得られる。いつの時代も金がものをいうことを彼等は理解したのだ。

 整備補給隊の渡辺三尉は、その間最も忙しく働いた。必要な物資の積み込みを全て終え、この年代物航空機の構造を分析し、マニュアルまで作って整備した。

 格納庫で作業を見守る自衛官がいる。渡辺は気付かなかったが、その顔を見て驚いた。

「岡村大尉でしたか!服装で気付きませんでしたよ」

 海自の正装姿の男は、確かに岡村だった。全く違和感なく、むしろ風格さえある・・・渡辺は思わず敬礼した。

 岡村は安原を通じて依頼していたことを確かめに来た。

「通信できるようになったのか?」

「無線機は取り替えました。前のやつは修理しても使い物にならなかったもので」

「全機交換したんだな?」

「はい、問題なく全機交信できます。200海里は届きます。あと、油漏れや弾痕のあった機体も修理しておきました。弾薬の補充も全て完了しています」

「よくやった。整備員たちに宜しく言っておいてくれ」

 岡村は敬礼して立ち去った。一礼して見送る渡辺は妙な気持ちになったが、嬉しくもあった。現役である特攻隊隊長からのお褒めの言葉なのだ。


 艦長室では、新たな目的地の事が話し合われていた。

「目標の位置情報が探知できるようになったのは大きな前進です」

 誇らしげに説明するラングレー大尉の説明にも、ケリーは懐疑的だった。

「何故、それが今頃になって可能になった?」

「原潜どうしが双方の位置確認の為に発信する信号です。前から分かっていたことですが、大変微弱で探知が難しかったのです。改良した高感度レーダーで、やっと捉えることが可能になりました」

 モニターに映し出された太平洋の輪郭が、上へと移動している。艦長はそこへ記された目標の位置を見て言った。

「二隻ともベーリング海に留まっているということだな?」

「単独のテスト航海のときから、彼らにはあらゆる海域に集合地点が設定されていました。ここはそのひとつです・・・今はその隠れ家で息をひそめているのです」

 ラングレーは作戦の概要を説明した。

「史上最大の生け捕り作戦になります。かつてない規模の大艦隊が動員されます。隙間なく包囲網を張り、徐々に狭めていくという単純なもので、決して逃れることはできません」

「それは結構ですが・・・」

 安原はあれほど機密に神経質だった米軍にしては、強引な作戦に思えた。

「ロシアとの境界線付近ではないですか?騒ぎが大きくなりますな・・・まさか理由を明かすつもりですか?」

「極秘作戦の方針は変わりません。同盟国へも明かすつもりはありません・・・海底資源の大規模調査の名目です。偶然にもそこは以前から注目されていた地下資源の宝庫で、レアメタルやエネルギー資源を採取する調査船が同行します。ご指摘通り微妙な位置にある為、不測の事態に備え、海軍が護衛するというシナリオです」

 すかさずケリーが横やりを入れた。

「必ずロシア海軍が現れるし、彼らのスポンサーである中国海軍も付いてくるかもしれない。資源争奪戦争の戦端を開くつもりか?」

「中露を相手にしている暇はありません。NATOに援軍を頼んで、連中をけん制させます。ここの権益の一部を約束すれば、分け前にあずかろうと彼らは喜んで協力するでしょう。ヨーロッパの相棒たちには連絡済みです」

「世界中の艦隊が集まるわけだ・・・原潜もさぞ動き辛くなることだろう」

 ケリーは皮肉の笑いを浮かべながら続けた。

「確かに、史上最大の欺瞞作戦だ。中露はともかく、同盟国まで利用するか・・・目的の達成のために、そこまでやる執念には敬服する」

「ガルバニック計画に投じられた莫大な予算を知ったら、あなたも納得するでしょう。我が海軍の存亡を賭けた作戦です。議会が騒ぎ出す前に事態を収拾しなくてはなりません」

 安原には二人のやり取りが信じられなかった。

「その作戦は、正式に許可を得たものですか?」

 ラングレーは少し声を荒げて答えた。

「どこかの提督が勝手に仕組んだとでも?全軍どころかNATOまで動かしているのですよ?当然、合衆国大統領の判断です」

 すかさずケリーが口をはさんだ。

「安原一佐はその大統領まで騙されていないか心配なんだ。実は君も疑っているんじゃないか?」

 どこかの提督とは、ガルバニック計画の責任者を暗に示している・・・そう見抜いたケリーに、ラングレーはあえて反論しようとしなかった。

「私は命令に従うまでです。幸い、この艦隊が捕獲作戦に加わることはありません」

「それなら、各国海軍の前で、現存しない名機の航空ショーを盛大にやろうじゃないか。これ以上ない陽動作戦だ」

「なるほど、さぞ驚くでしょうが、シナリオはぶち壊しです。連中には資源争奪戦に目を向けてもらわねば困るのです・・・この艦隊は、はるか後方で予備選力として待機することになります。言うまでもなく、目標への攻撃は許されません」

 安原は首を傾げて言った。

「原潜がA・S・S攻撃を仕掛けてきたら?艦隊が丸ごと動きを封じられることになります。我々はその為に、作戦に参加するものと思ってましたが・・・」

「原潜がA・S・Sを発する為に、長時間浮上することはありません。もっとも、そうしてくれれば捕まえるのは楽ですが、彼等は潜航して隠れる以外にないのです」

 ケリーは首を振って呟いた。

「そこまで無能な相手なのか?大金を投じたAIが・・・」


 横須賀港の本港地区は、海自と米海軍の本拠地で、一般の船舶が近づくことはできない。

 かつて旧日本海軍の大型艦が接岸した同じ場所に、米空母「ジョージ・ワシントン」が停泊している。

「かが」の艦橋の窓から安原はその巨大空母を眺めていた。

「あの空母は行かないのですか?」

 安原はケリーに尋ねた。ケリーは丁度その空母と連絡を取っているところだった。通信機を置いたケリーは艦長と安原に向って言った。

「ジョージ・ワシントンからお客がひとり来ます。あの空母はレーザー照射装置のメンテナンスで当分出港できないそうです」

 艦長には不安がよぎった。

「また米海軍士官か?アドバイザーが増えると収拾がつかなくなるな」

 そうでなくても彼はラングレー大尉の加入で指揮の意思統一に不安を感じている。

「キーナン博士ですよ。安原一佐は一度お会いになっているでしょう?」

 安原は思い出したように頷いた。

「ええ、一度目の実験の時、あの空母で一緒でした。オーロラ・シールド開発に深く関わったMITの科学者ですね」

 軍人でないと艦長は理解したが、表情は晴れなかった。

「今度は学者先生か。さぞ議論に活気が沸くことだろう・・・」

 ラングレー大尉がやってきてケリーの前に立った。

「少佐、何故キーナン博士が同乗することに?あなたが呼んだのですか?」

 否定しないケリーに、ラングレーは問い詰めるように言った。

「彼はガルバニック計画には全く関わっていません」

「俺もだが?どこかの馬鹿の尻拭いをやらされている・・・原潜の最大の武器はA・S・Sで、賢い奴ならその武器のとんでもない応用を考えるかもしれない。アイスバーグ計画はまさにその一例だ。不測の事態のとき、博士の知識はきっと役に立つ」

 ラングレーは反論を諦めた。

 キーナン博士の乗艦を待って「かが」は出港した。沖合で待機していた護衛艦隊と合流し、以前と同じ編成になった。

 航空艦隊は人員も装備も万全の態勢で太平洋に乗り出した・・・。


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