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掬水航空艦隊  作者: 畠山健一
10/21

ガルバニック計画

 この東シナ海における一連の事件は、周辺国の間で激しい論争を巻き起こすことになる。自衛艦隊はその事件の目撃者であり、海自機を失った被害者側の立場だった。乗員は全員救助されたものの、悪意あるA・S・S攻撃を受けたと日本政府は主張した。

 しかし、重要な二つの事実・・・掬水航空隊の存在と、国籍不明艦撃沈は伏せられた。

 潜水艦を喪失した国が、その被害を訴え出ることはないと予想された。自ら国際法違反を認めることになるからだ。

 完成されたA・S・S技術をもつ四か国、米・英・中・露の他に、数か国が開発中にある中、その広がりは人類にとって、核兵器に劣らぬ脅威となった。

 電磁パルス攻撃の誇張された脅威・・・人類を石器時代に戻すという予言が、実際に起こり得る状況下で、その行使にあたって協定が交わされていた。

 平時におけるA・S・Sの放射線照射は禁じられており、限定的な実験の場合でも関係国への通知義務がある。主に航空機事故などの防止の為だ。

 安原たちが目撃した航空機の残骸は、A・S・Sで生じた事故であり、死者が出た初めてのケースだった。

 マレーシア航空のエアバスA300がコントロールを失い、乗客二百名もろとも、東シナ海の海中へ消えた。

「実行犯の見当はついている。相応の代償を払ってもらうことになるだろう」

 米国政府の声明は、名指しを避けたものの、中国を念頭に置かれたものだった。位置関係からみて、彼らが最も疑われて当然だった。

 一方の中国は全否定し、米国への不信感をあらわにした。

「我が国の主権を脅かす勢力を、我々は許さないだろう」

 そして非公式ルートで米国に通告した。

「米国が我々の目の前で行われた、敵対的企てを知っている。もし、根も葉もない難癖をつけ、それを口実に我が国への侵攻に踏みきるのなら、我々は全力をあげて反撃する・・・」

 日本、台湾、東南アジア諸国も声明を通じ、この非道な虐殺行為を糾弾した。


「かが」を中心とした自衛艦隊は横須賀への進路をとっている。潜水艦事件の事はこれ以上深入りすることなく、米海軍へ引き継がれた。ただ、米国政府の意向で、事件との関わりは厳重なかん口令が敷かれている。

 艦長と安原一佐は、米軍の秘密主義に不信感を抱き始めた。二人はケリーから情報を得ようとしていた。艦長室での三人の秘密会合は、いつもと違って重い空気に包まれている。

 しばらく考え込んでいたケリーは、やっと口を開いた。

「オーロラ・シールドが実用化され、主要国がそれを手にしたとき、我が国はより優位とうと、二つの極秘計画を立てました。アイスバーグとガルバニック・・・何れも太平洋戦争の作戦に由来するものですが、アイスバーグ計画は今まさに我々が進めているプロジェクトで・・・今のところうまくいっていると言えるでしょう」

 艦長と安原は顔を見合せた。

「特攻隊を招聘したことですか?確かに、歴史的快挙でしょうが、全く先が見通せないのですが・・・」

「個人的には彼らを解放してやりたいが。確実に死ぬ運命から逃れた連中じゃないか?まともな人生を送らせてやりたいと思わないか?」

 安原は艦長の言葉にいささか驚いた。言われてみればそうだが、そんなまともなことが考えられないほど、展開は複雑になっている。

「艦長のお考えはごもっともです。しかし、その為に彼らを呼び寄せた訳ではないでしょう?ケリー少佐」

「彼らにはやってもらわねばならないことがあります。確かに、軍事的な利用価値を求めていたことは否定しませんが、もはやそれだけにはとどまらない状況になりました。もうひとつのプロジェクト・・・ガルバニック計画の失敗が、とてつもない大災厄を招くかもしれないのです」


 その名の由来は、1943年11月まで遡る。中部太平洋の反抗作戦目標として米海軍はタラワ環礁の島を選んだ。オーストラリアとハワイの中間に位置し、飛行場のある日本軍の重要拠点であり、三千名の精鋭部隊、海軍陸戦隊に守られていた。

 ガルバニック作戦と名付けられたタラワ攻略作戦は、太平洋の島々を巡る血みどろの戦いの幕開けとなった。海兵隊は三千名以上の死傷者を出して、頑強に抵抗する日本軍をせん滅する。

 名もない小さな島であろうと、その強襲上陸作戦は原始的な兵士どうしの戦いであり、爆薬と火炎放射器、小銃と銃剣、手榴弾と白兵戦で決着がつく。殺戮のピークに達した硫黄島の戦いでは、タラワを教訓に大量の埋葬用十字架が準備されていた。

 タラワと硫黄島は、戦史に残る激しい戦いの地であり、海兵隊の不屈の精神の代名詞となった。ルーズベルト大統領は海兵隊に最大限の賛辞を送ったが、アメリカの世論はその莫大な犠牲に耐えられなかった。後を引き継いだトルーマンは、アメリカの若者を救う理由で原爆投下を正当化することになる・・・。

 正義を守る為の、崇高なる犠牲という価値観は過去のものとなった。再び生まれたガルバニック計画の構想は、犠牲を全く伴わない、究極の勝利と栄光を再現するものだった。


 今や世界は無人兵器の開発に力を注ぎ、アメリカはその分野に最も資源を投入していた。オーロラ・シールドが敵を無力化する究極の防御兵器であるなら、その機動的な運用で広範囲に、長期に渡って効力を及ぼすことができるのなら・・・失われたアメリカの圧倒的優位を取り戻し、再びその地位が脅かされることはないだろう・・・。

 それは究極の攻撃兵器への転用であり、その野心的な挑戦に原子力潜水艦が候補となったのは自然な流れだった。その行動範囲と隠密性、長期間の潜航能力に、ある程度の通常兵器が搭載できる。

 問題はA・S・Sに必要な原子炉出力から、大型化が避けられなかったことと、たとえ原子力潜水艦が無限の行動範囲と潜航時間を持っていたとしても、乗組員の安全性から、その能力を制限せざるを得ないことだった。

 それを一挙に解決するのが無人化であり、先端AIの自己判断による単独行動能力である。その頭脳はオーロラ・シールドで通信が遮断されたとしても、自らの判断で身を守り、脅威を排除し、任務を遂行する。

 その為にAIはA・S・Sから守られなくてはならず、それは何重にも防護され、船底より更に深いところで放射線の影響を避ける必要があった。

 全てがダウンしても、AIが無事であれば復旧できる。とはいってもAIの損傷リスクをゼロに抑えることは不可能であり、これを補うため、複数で行動し、何れかダウンした際のバックアップ体制を維持する。有線で海中深く繋留された「頭脳」は、相互に補完することでプログラムされたオペレーションを復活することができる。


 こうして3隻のA・S・S搭載型、無人AIの大型原潜が、二年がかりで建造された。それは公表されることもなく、X-1号~3号として、海軍特殊作戦軍の限られた者に運用が任された。

 テスト航海は順調にみえた・・・中露の艦船の行動範囲にも侵入し、ライバルの動きを学習した。AIは驚くべき情報収集能力であらゆる通信にアクセスし、その解読力が格段に向上した。自ら情報を分析し、相手の意図を察知し、最適な攻撃方法を選択する・・・しかし、A・S・S照射実験のとき、AIに障害が発生した。

 テストは直ちに中止されたが、3隻は帰還することなく、行方不明となった。捜索は今も続いている・・・。


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