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掬水航空艦隊  作者: 畠山健一
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沖縄海域1945

 レーダースコープ上を規則正しく回転するグリーンのラインは、どうでもよい渡り鳥の位置まで知らせてくれる。騒ぎを起こして恥をかくのは御免だ。この最高機密の装置を操作するレーダー員は、特別に訓練されたエンジニア揃いなのだ。その割に低い階級の上、能力まで疑われるのは我慢ならない。

 幸いというべきか、画面上に現れた輝点が、渡り鳥でないことが確実になった。対空レーダー員は、次々と現れる輝点から、方位・距離・移動速度を計算する。何かが、真っすぐこちらへ向かってくる・・・。

「敵機多数接近中!」

 CIC-戦闘指揮所からの報告は、長い一日の始まりを意味していた。このいまいましいジャップの奴は、我がアメリカ海軍の駆逐艦を目標に選んだのだ。

 1945年5月、沖縄を攻略する「アイスバーグ作戦」は、恐るべき殺戮の頂点に達していた。この島の征服を支援するため、空母機動部隊を中心に無数の艦艇が、沖縄の海を埋め尽くしている。

 我が駆逐艦隊はその巨大な陣容の一部にすぎず、二千トンクラスの駆逐艦など、敵にとって取るに足らぬ小物にちがいない。

 なのに何故我々を狙ってくる?

 九州と台湾からやってくる敵機は、駆逐艦の哨戒ラインを超えなくてはならない。主力艦隊を空襲から守るため、我々が生け贄となったのだ。

「総員配置!対空戦用意!」

 我々を守る戦闘機はいない。奴らは遠く離れ、我々より重要な船を守っている。頼りになるのは、5インチ―130ミリ砲、40ミリ砲、20ミリ砲・・・命に等しい対空兵器という相棒たちだ。

「方位270!距離3000!」

 ヴァルだ!

 この99式艦爆は死の急降下をはじめた。駆逐艦は32ノット、時速60キロの速力でかわそうとする。

「撃ち方はじめ!」

 砲門が一斉に開き、無数の曳光弾が敵に吸い込まれていく。機体の一部が黒煙の尾を引いている、命中だ!

 しかしヴァルは突入をあきらめない。パイロットが死ぬか、飛行不能になるまで機体を破壊しないかぎり、こいつらを阻止することは不可能なのだ。

 5インチ砲の近接信管がヴァルの水平尾翼を吹き飛ばした。ヴァルはそのまま海上へ落下し、水柱があがった。

 一機目を血祭りにあげたが、喜んでいる暇などない。

「右舷より敵機!対空戦用意!」

 二千メートルの距離から急降下で向かってくるのは双発のベティだ。対空砲火で「ベティ」こと一式陸攻はエンジンから火を吹いている。幸いこいつはよく燃える機体で有名だ。

 コントロールを失ったベティは錐もみ状態で落下していく。

「左舷後方!距離500!」

 くそ!ベティはフェイントだ!反対方向からゼロが水平線すれすれに突っ込んでくる!

 狂ったように対空砲が火を吹き、被弾した零戦は黒煙に包まれながら40ミリ砲座に激突した。

 250キロ爆弾が甲板を貫き、機関室で炸裂した。左舷の機関は停止し、浸水で船体は傾き始めた。40ミリ砲員の十数名は吹き飛ばされ、即死状態だ。

「艦首より敵機!急降下で向かってくる!」

 またしてもヴァルだ。砲員たちは、船の損傷がどうであれ、弾を込め続け、照準器から目を離さず、撃ち続けねばならない。それが生き残る唯一の道だからだ。

 火だるまになったヴァルは艦橋の付け根に突入し、爆弾はボイラー室を破壊した。浸水は勢いを増し、上部構造物のいたるところで火災が発生し、甲板には数えきれないほどの死体が転がっている。

 食堂は瀕死の重傷者で溢れている。やることの無くなった烹炊員たちは砲員の応援に駆け付けた。

「おい、今夜の献立は何だ?」

 20ミリ砲座のひとりが烹炊員に尋ねた。

「サラミソーセージと・・・」

 烹炊員は吐き気を催し、言葉がつまった。目の前にバラバラになった死体の一部が放置されたままになっている。

「敵機!対空戦用意!」

 夕焼けに染まった、雲の切れ目からそれは現れた。ヴァルか?ベティか?それともゼロか?

 砲員は烹炊員の襟をつかんで引き寄せ、向かってくる敵機を指さした。

「いいか、あれがカミカゼだ!たった四機で、五・六十人の命を奪いやがった。生きて国に帰りたきゃあ、奴らを残らず皆殺しにしろ!」

 今度の敵は恐ろしく速い。ぐんぐん迫ってくる・・・畜生!ゼロだ!

 残った寄せ集めの砲員たちは、ありとあらゆる砲火をこのゼロ戦に浴びせた。ゼロは弾幕をくぐり抜けて向かってくる。

 こいつの決意は揺るがないだろう。大日本帝国だか天皇陛下の為だか知ったことではないが、死にたければ死ぬがいい。

 だが道連れは御免だ!生きる為にこいつを殺すんだ!

「撃て!やっつけろ!」

 ゼロは命中弾を浴びながら、燃えさかる火の玉となって20ミリ砲座へ衝突し、砕け散った。弾薬が誘爆し、船上は燃えさかる地獄と化した。

 砲員も烹炊員も生き延びることはできなかった。

「このままでは沈没する。救援要請を・・・」

 それまで艦長は周囲に目を向ける余裕などなかった。すぐ近くに駆逐艦二隻と小型の支援艇五隻がいるはずだ。

 艦長は煙のくすぶる艦橋の窓から双眼鏡を覗きこんだ。

 友軍たちは特攻機の猛攻を受けている。一隻の駆逐艦が真っ二つに裂け、海中に没する瞬間を彼は目にしていた。もう一隻は原形をとどめないほど破壊され、かろうじて浮いている状態だ。支援艇の二隻は既に沈没し、跡形もなく姿を消している。

 艦長は艦内電話を手に取った。

「CICへ。敵機の動きは?」

 レーダー員は、少なくとも三つの輝点グループを監視していた。第一の輝点が消えたが、こいつは怪しい。鳥の群れか何かだろう。

 第二の輝点もフッと消えた。別の編隊だろうが、何故消えたのかわからない。

 我々を散々痛めつけた、第三の輝点はUターンしながら遠ざかっていった。

「こちらCIC。敵機は去りました」

 時刻は二十時を回っている。LCS支援艇が、暗い海の中を、おびただしい漂流者を救助する為に奔走している。本艦もまもなく沈没し、救助の順番を待たねばならないだろう。

 しかし、今日の戦いは終わった。全く、長い一日だった・・・。


 この日、沖縄南西海域で、百名を超える命が失われた。それは「アイスバーグ作戦」における、アメリカ海軍の犠牲者、およそ一万名のうちの一部にすぎない。

 沖縄防衛を空から支援する「掬水作戦」に、日本側は二千機近くの特攻機を投入した。空母、戦艦、巡洋艦、駆逐艦、揚陸艦を含むあらゆる艦種三百隻以上に突入、撃破し、三十隻以上を沈めた。

 特攻機の侵入をいち早く察知する為、広範囲に、前面に配置された駆逐艦は、レーダーの網を張った。彼らは絶え間なくやってくる特攻機を探知し、記録し、攻撃ルートを推定しては、主力艦隊を守る戦闘機を誘導した。これはレーダーピケット任務といわれ、およそ百隻の駆逐艦がその任務に就いた。

 主力艦隊を救った代償は、彼ら自身の膨大な犠牲だった。沖縄海域で特攻機と戦った駆逐艦乗りたちは、その殺戮の記憶が生涯消えなかった。


 忌まわしい運命を呪いながら、レーダー員たちは、沈みゆく駆逐艦のCICで義務を果たさねばならなかった。探知した詳細記録を防水袋に詰め込んで持ち出さなくてはならない。

 特攻機の戦術分析に使われるはずだったこの機密書類が、はるか遠い未来で、全く違う目的で、歴史的使命を担うことになるとは、思いもよらないことだった・・・。


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