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側近の憂鬱・1

お読みいただきありがとうございます!

「残念なお知らせだ。 リリネルトに対しては良いお知らせ、だろうが」

「はあ」


 立ち往生していても仕方がないと、耐物理・耐魔法・耐火・耐腐・防音その他諸々の多種多様な結界が施された執務室の扉をくぐり、正面の執務机で不満げに頬杖をつくアルベルトに迎えられた一言目の台詞がコレである。

 1か月半少々経ってから気が付いたことだが、ようやくリリネルトの名前を憶えてくれたこの王太子殿下は、親しい間柄の人間の前では随分と子供っぽい。 表情も上手く繕えなくなるようだし、子供が拗ねるのと全く同じ行為を繰り返す。

 アルベルトはリリネルトが淹れる紅茶を飲むと気が抜けるらしく、この事実は早々に露呈した。 当初は何かの罠か油断させるための作戦かと思ったが、それにしては真に迫っているし嘘も感じられない。 実際に嘘をついている所と見比べてもそうだ。 単に一介の侍女に対して真面目に応対するのが面倒になっただけかもしれない。 リリネルトが皇帝夫妻と繋がっていることを知らないだけなのだろう。 個人的な訪問の時はあくまで”友人の娘“として行っているし接しているから、調べが付かないのも無理はない。

 慇懃に接されるのは好きではないと、二人きりかファルネルトだけがいる時はもっと楽にしていいと言われたので、リリネルトも努力してあまり丁寧にして固くならないように気を付けている。 他国の王族に対して砕けた態度を取るのは、淑女教育と侍女教育をどちらも素晴らしい成績で終了しているリリネルトには至難の業だが、命令とあらば仕方あるまい。 それによって心地よく過ごせないと言うならば尚の事。 侍女には、(一時的だが)主が最上級にくつろげる環境を提供する義務があるのだ。


「で、どうなさったんですか」

「それがなぁ・・・」

「それが、なんです」

「実はなぁ・・・」

「さっさと話してください。 私もカロナル嬢も暇ではないのです」

「・・・つまらんやつだな、少しくらい付き合え」

「他を当たって下さい」


 釣れない側近に溜息を一つ。 そんなアルベルトを変わらない無表情で無礼にならない程度に眺めながら、念のため無言を貫くリリネルト。 リリネルトと同じ無表情ながら、眉根に感情が現れるファルネルト。 これもこれまでの4か月間に気が付いたことだ。 ファルネルトの感情や考えていることは、眉根の様子を注意深く見ていると何となく分かる。

 因みに、ファルネルトに負けず劣らず無表情なリリネルトの感情は何処に出るのだろうか。 リリネルト自身も気になって、無いに等しいリリネルトの表情を読むプロであるセシリアに尋ねたことがあるのだが、曰く、「強いて言うなら目尻にちょっぴり出てるわね。 後は雰囲気とか、勘かしら」だそうだ。

 それ以来、敵対している勢力の相手と接するときには目尻に気を遣うようにしているし、なんなら少し化粧を施して分かりにくくしている。

 勘は・・・長年の付き合いから来るものと思われるのでどうにもできない。


 そんなことを頭の片隅で考えている内に、ようやくチクチクとやり合うのが終わったらしい。

 不機嫌なアルベルトの紅玉がリリネルトの視線を絡め取ってはすぐに離れる。 最終的に、椅子に深く座り込んで俯いたまま話すことに決めたらしい。 大仰な溜め息混じりにアルベルトがとうとう重々しく切り出した。


「ユーデル公爵家から打診が来たんだ、リリネルト」

「はい」

「セシリア嬢が、学院入学準備の為にリリネルトを返却して欲しいそうだ」

「はい」

「・・・あまり驚かないんだな」

「はい」


 リリネルトの表情は全く動いていなかった。 恐らくアルベルトはリリネルトが喜色を浮かべるか、あるいはガッカリすると思っていたのだろうが、リリネルトは本心から全く驚いていなかった。 アルベルトが何とも言えない微妙な顔をする。


(大方、お嬢様が拗ねてしまわれたのでしょう)


 セシリアがーーーアルベルトとフォルネルもだがーーーこれから通うことになっている学院は寮制である。 更に、実家の柵を持ち込まないよう、特定の長期休暇や慶弔行事の際に特別な許可が降りた場合以外は帰宅が認められていない。 侍女・侍従も含め、どれだけの高位貴族であろうとも、だ。

 勿論、配達などを使って荷物や手紙のやり取りは可能だが、検閲の真似事を通過しないと渡されないためどうしても手元に届くまでに時間がかかる。 人数が多いために殆ど確認されない最初から持ち込んでおいた方が楽なのだ。

 だからどの家も1か月、2か月前から入念に準備をしておく。 子どもの欲しているものや生活習慣を知り尽くした、特に付き合いの長い侍従や侍女を使って。


「二か月前だからいい加減に返して欲しいらしい」

「はい」

「最もセシリア嬢との付き合いが長く、かつ家族よりも誰よりもセシリア嬢のことを理解している大事な大事な侍女を、返して欲しいんだそうだ」

「はい」

「・・・嬉しいか?」

「嬉しいです」

「駄目だ全く分からん」


 前のめりになって組んだ両手に顎を乗せていたアルベルトがドサリと背凭れに身を預けて乱雑に髪をかき混ぜる。 長い髪の毛先が木漏れ日と一緒に踊って、オーク材の執務机に黄金の光を撒き散らした。


「本当に喜んでいるのだろうな」

「はい」


 胡乱げに緋色の眼差しをよこす王太子殿下は、近頃無表情に定評のある侍女の感情を読み取ることに熱心である。


(本当に嬉しいのですけれど)


 敬愛する主人から「家族よりも誰よりもセシリアのことを理解している大事な大事な侍女」と言われたことも、そこまで必要としてもらえることも、心の底から、ともすれば身体が震えそうになるほど嬉しい。 目尻だって緩んでいる感覚がある。 と言っても数ミリだろうが。


「・・・ともかく、無理を言って4カ月もお前を借りたんだ。 返せと言われたら返すしかあるまい」

「はい。 王太子殿下ならびにリーフ伯、4か月、大変お世話になりました」

「少しぐらい寂しがったらどうなんだ」

「寂しいです」

「・・・だそうだ」


 リリネルトはこれでも寂しがっている。 4か月も共に過ごしていれば多少の情だって湧くというものだ。

 勿論口には出せないが、傲岸不遜であっても君主として優れ、臣民を尊ぶことを知っているアルベルトの姿勢は好ましく思っている。

 原因はヴェールに包まれたままだが、何かと気にかけてくれて、この4か月で最も多く会話した人間となったファルネルトの人となりも尊敬できる。

 ただ、顔に出ないだけで。


「・・・カロナル嬢」

「はい、リーフ伯」

「・・・学園に、貴女も行かれるのでしょうか」

「はい、ユーデル公爵家令嬢筆頭侍女としてお供いたします」

「・・・セシリア嬢のために」

「勿論でございます。 セシリアお嬢様が是非リリネルトをと望んで下さったのです。 お嬢様が私を望んで下さる限り、私はどこまででも参りますので」

「・・・そうですか」


 そう言ったきりまた黙り込んでしまったファルネルトに途方に暮れて、リリネルトはアルベルトに視線をやる。

 心なしか、衝撃を受けている様に見えるのだが?と。

 放って置いてやれとアルベルトの眼差し。

 リリネルトは大人しく口を噤んだ。

次話、ファルネルト視点です

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