不承不承
出張があって遅くなりました。
二話連続で遅刻してしまい申し訳ありません・・・
困惑に満ち満ちた仕事は、だが以外にも平穏にこなすことが出来ていた。
一瞬ではあるが困惑に固まってしまったことを心から悔いているリリネルトは、失態を繰り返すまいと努めて冷静に必須事項をアルベルトに確認した。 不敬にならないよう細心の注意を払いながら、でも徹底的に。
アルベルトの紅茶を全て淹れるとなれば、24時間傍に居なければならないのと同義だ。 貴族が飲む紅茶の杯数は計り知れず、侍女・侍従は何度でも紅茶を淹れる。
主の起床に合わせて目覚めのハーブティーを用意。 喉が渇くタイミングで飲みやすい品種のものを用意し、客人が訪れれば時に30杯を越える紅茶を淹れ、冷めてしまえば全く同じものを延々と用意し、眠る前にはブランデーなどと相性の良い成分も問題ない紅茶を、主の体調に合わせて用意する。 片付けや添える茶菓子まで気を回せばそれだけで一日が終わりかねない。
言うまでもなく社交に勤しまなければならないアルベルトの為に紅茶を用意し続けることは、リリネルトが一切の休みなしに働き続けることを意味する。
勿論、優秀な王位継承者はそれを考慮していた。
先程アルベルトが告げたとおりに、リリネルトは紅茶の準備以外の仕事の一切を免除されるというのだ。 ただ紅茶を用意しておればいいと、アルベルトは食えない笑みを浮かべた。
(どうなる事かと思いましたが・・・)
そして今、リリネルトは一人無表情で黄昏ていた。
「カロナル嬢」
「只今参ります」
銀糸の髪にアメジストの瞳を持つ、眉目秀麗なアルベルトの側近の後について小部屋を出た。 そう、リリネルトはアルベルトが紅茶を所望するまではずっと侍女・侍従用の待機部屋(主に夜勤用)に籠っているのである。 こうしてアルベルトの側近に呼ばれて淹れに行くこともあるし、アルベルトの予定を把握したリリネルトが自ら赴いて予め準備していくこともある。
退屈といえば退屈だし、気が抜けないと言えば気が抜けない生活を送っているリリネルトであった。
「今回ご用意して頂きたいのは、我が主人とお客人6名の紅茶です。 我が主人以外は全員が30歳前半、うち半分が女性です」
「畏まりました」
苦手な物や好みの品種を教えてくれればもっとずっと楽になるのだが、それは本来専属の執事や侍従の仕事だ。 明らかに内政向けの側近にそこまで求めるのは酷であろう。 ただ、何故毎回この側近がリリネルトを呼びに来るのだろう、それだけが謎で仕方ない。
後頭部で括られた長い銀髪が揺れる様を半歩下がった位置で眺めながら、リリネルトはスムーズにお出しする為の予定を考えるため黙り込む。
が、
「カロナル嬢」
「はい」
「先程までは何をしてお過ごしだったのですか?」
「レース編みをしておりました。 先日、非常に上質な糸を大量に頂いたので、大きな作品でも仕上げてみようかと」
「そうですか。 確かカロナル子爵家の特産品は薬草の他にも、高い製糸技術で紡がれた糸と布がありましたね」
「はい、よくご存知ですね」
「・・・訪問する国のことには詳しくなっておきませんと。 そうでなくともカロナル領の薬草やハーブには我が国もお世話になっておりますし」
「光栄なお言葉です。 領地にいる叔父も喜ぶ事でしょう」
何故か、実に不可解な事に、この美貌の側近殿が絡んでくるのである。 一介の侍女でしかないリリネルトを未来の宰相閣下が迎えに来るのは・・・まあ理解出来なくは無い。 王族からみればたかが侍女だが、されど侍女である。 自国から連れて来た侍女ならばともかく、リリネルトはアルベルトの我が儘で半ば無理矢理ユーデル公爵家から連れて来られた、謂わば客人でもあるのだ。 アルベルトはこの一件でユーデル公爵家に借りを作ってしまったとも言えるので、誠意はあるということを示すある種のポーズの為にわざわざ自身の右腕に面倒をみさせると。
分かる。 それはいい。 リリネルトは何の不自由もなく生活出来ている。 懸念事項であった最愛の主人の元に帰ることが出来る2ヶ月後まで休みがないのは少々不安だったが、何せ自由時間が長い。 移動は制限されるが、基本的には使用人の待機部屋で引き篭もりだ。 分厚い本を持ち込んでも、それこそレース編みを始めても何も言われないし咎められない。 あの部屋は仮眠も出来る。 普段の休暇よりも寛げているかもしれない。
だが、用事が無くともちょくちょくやって来ては世間話だけをして帰っていく側近殿はどうにかならないものか。 王太子のスケジュールに合わせてうごいているだろうから、時間が取られる学院生活の前準備期間である今はそれこそ分刻みの行動を強いられるはずなのだが。 5回に1回程度のペースの訪問で対外的なアピールは十分だろうに。
この側近殿、もとい、ファルネルト・リーフは、国1番の出世株と言っていいだろう。 王太子の右腕、大国の中でも有数の名家。 文官ではあるものの魔力も豊富で、騎士に勝利する事もあるという。 そして何より、類稀な色彩と誰もが振り向くこの美貌。 止めにこれだけ揃っていても驕る様子もないらしい。 どんな身分であっても、どんな態度であってもあくまでも紳士的で、爛れた、後ろ暗い噂話の一つもない。 少々お堅いきらいはあるが誠実であるとも言え、比較にならない負担と責任を伴う王配を除けば最も名誉で、夫にするには百点満点だろう。 ジワジワ絡んでくる態度も不適切であったり、不快に感じる距離まで踏み込んでくる訳ではない。
(けれど、大した仕事もしていないのに、あれやこれやと世話を焼いて頂くのは心苦しいのです)
連れ立って移動しているのだから、その際に世間話をするのは分かる。 何の問題もないし吝かではない。 ただ関わりの少ない人に無償の好意を注がれていると、どうすれば良いのか分からないだけで。
(何故これほど良くして下さるのでしょう)
ファルネルトの瞳に打算や権謀術数は見えない。 そこにあるのは清らかなほど純粋な好意のみ。
リリネルトは、困惑に似たため息を飲み下した。




