中庭の月・2
「・・・茶が飲みたいな」
「呼んでまいります」
アルベルトがメイドを呼ぶ前にファルネルトはすっくと立ち上がると、執務机の上の魔道具を掴んで素早く部屋を出た。 分厚い扉も貫通する呆れた視線を背中で受けるも意に介さず廊下を急ぐ。
(・・・会える)
アルベルトは就寝前に紅茶は飲まない。 偶にはあるがどちらかというと寝酒を好み、そうでなくとも水を飲む。 リリネルトが来てから紅茶を飲む頻度もかなり高くなったが、朝や日中に比べると紅茶を飲む―――リリネルトを呼ぶ―――ことは少ない。
アルベルトは既に夕食を済ませ、食後のお茶も堪能し終えている。 お零れにありついたファルネルトもリリネルトの淹れた紅茶を飲んだ。
そっとリリネルトを見つめていたら目が合って、思わず硬直したら目礼をしてくれた。 あの銀月にファルネルトだけが映った一瞬があった。 天にも昇りそうな、気持ちで。
(夜中にも会えたら、きっともっと・・・)
迎えに行けば、執務室までの道のりを一緒に歩ける。 もしリリネルトがまだ夕食を済ませていなかったらさり気なく誘ってもいいかも知れない。 折角だから城下に出て、彼女のお勧めの店を教えてもらってもいいかも知れない。 そのくらいは許される仲にはなったはずだ。
そんなプライベートの空間だったら、きっとエスコートだってさせてもらえる。
無意識のうちに脳裏でそんな算段を付けつつある程度執務室から離れた所で、それまでずっと横目で確認していた魔道具をしっかりと確認した。
(こんな所あったでしょうか)
リリネルトに渡している魔道具は対になっており、お互いの居場所を把握する為のものだ。 着用者の魔力を動力として起動し、相手が自分の居場所を確認している時はそれが分かる。 今ファルネルトは手で掴んでいるが、リリネルトは首にペンダントとしてかけている筈だ。
しかしその位置情報がおかしい。 アルベルトを筆頭としたフルール王国一団に与えられた離宮は安全のために隅々まで確認したはずだが、鏡面のようにきらめく魔道具が示す場所に覚えがない。
(・・・中庭?)
中庭の、確か壁になっていたような気がする辺りに彼女の持つ魔道具の反応がある。 もしファルネルトの記憶が正しく何の勘違いもないのであればリリネルトは現在進行形で壁に埋まっていることになるのだが。
「・・・」
中庭の真っ白な壁からそれよりも白い彼女の四肢がダラリと生えている所が思い浮かんだがすぐさま打ち消す。
王族が用いる品質の魔道具が誤作動を起こすなど無いに等しいのだ。 きっとファルネルトが何か見落としていたのだろう。
ふわふわと歩いて辿り着く。
「カロナル嬢?」
絢爛豪華な王城の庭園とは違う、華やかさよりは上品さを押し出した中庭は如何にも居心地が良さそうで、ファルネルトは知らず声を潜めて呼びかける。 大声なんて無粋なものでこの場の雰囲気を乱してはいけないような気がした。
代わりに魔道具に強く魔力を流してより詳細な位置を探る。 ここまでしっかり位置を確認していればリリネルトの魔道具も反応して彼女の方から出て来てくれる可能性も高まるだろう。
「・・・まさか」
・・・幸か不幸か。 リリネルトが出てくるより、ファルネルトが辿り着くのが先だった。
真っ白な、壁の前に。
試しに壁に触れる。 ―――無機質でツルリとした感触が返って来るのみ。
もしやリリネルトの手足が生えてはいないかと幻惑解除の魔法をかける。 ―――ただファルネルトの魔力が虚しく拡散しただけ。
手に魔力を纏わせて壁に触れる。 ―――アッサリ、手が壁に沈み込んだ。
(魔力誘導物質)
知識としては知っていた。
魔力伝導効率において不動の最高値を誇る水晶と対となる存在。 魔力伝導効率最低値、タングステンという硬すぎて加工の難しい鉱物に無理矢理魔力を加えることで完成する加工物質。 タンマナグ。
これを用いることで、平常時は非常に硬く耐久度が高いが、魔力を纏って触れるとタンマナグの方から魔力を纏った物質を避けるように流動し腕で貫通させることも出来るという、非常に汎用性のあるものが完成した。
タンマナグを発見したことによって、様々な魔法遺跡の探索が大きく前進したのだという。
基調な素材、文献、発見が多く得られ、これによってユーデリア皇国は一層発展したと歴史に刻まれている。
(初めて見ましたし触れました、が・・・こんな風に壁を作れるだけの量を用意できるような物質でしたでしょうか)
精製に必要とされる膨大すぎる魔力と求められる技量の高さから量産が難しく、重要な魔道具や王侯貴族の為にだけ用いられているという話では・・・?
歴史の狭間を覗いたような気がするファルネルトは一つ身震いすると、ここも皇城内の別館なのだからと自分を無理やり納得させることにした。
気を取り直して全身に魔力を纏う。 夜とは言え草木も眠る、とはとても言えないくらいの時間である。 歴史の闇に沈められたような場所に賢しいリリネルトがこんな時間に、それも居場所を特定できる魔道具を持ったまま入るとは思えない。
(壁に埋まって行くというのは存外抵抗感のあるものですね)
この壁が本当にタンマナグである確証はないし、もし生き埋めになってしまったら、という言い知れぬ恐怖が心臓を握る。
「・・・っ」
腹を括って一歩踏み込んだ先には。
「ほう」
楚々とした庭園、だった。
表側の庭園は上品ながらも質も高く技巧が凝らされている事が伺えた。 しかしここは、咲いている花々も配置されたオブジェも素朴な雰囲気が前面に押し出されている。 あえてそうしたというよりは、そんな嗜好の初心者が庭を整えた結果こうなった、というような印象を受ける。
皇城内にしては珍しい様子に興味をそそられて辺りを見回していると、隠れるように配置されたベンチが見えた。
そこに覗く夜色に、心臓が跳ねた。
「カ、・・・っ!?」
あぁ如何してこんなにも、世界は残酷なのだろう。




