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側近の憂鬱・8

よろしくお願いいたします。

 今日の日替わり定食は厚切りトーストと多種多様なジャム、サラダと野菜の切れ端スープだった。

 バターがたっぷり塗られたトーストとジャムを見比べることを止められない。 だって、だってどれも美味しそうで。


(王道に苺、いえやはり皇国名産の桃・・・)


 ファルネルトと同様に真剣に悩む人影が、視界の端にいくつもある。 非常に目立つ容姿かつ爵位の高いファルネルトが使用人用の食堂に足繁く通っていることで最初こそ痛いほど視線を集めていたものだが、半月も経てば―――半月以上ファルネルトがリリネルトと朝食を共にしている事が城内に知れ渡っていることを意味する―――それもなくなった。 皆一様にトーストとジャムを見つめている。

 ちらりと真横を見やると、リリネルトは躊躇なく一つの瓶を手に取っていた。


(あれは・・・!)


 蜂蜜、である。

 しかも、リリネルトのトーストは4等分してある。 ひとつには苺ジャム、ひとつには桃ジャム、ひとつにはブルーベリージャム、そしてもう一つには蜂蜜。

 たった今、トーストに蜂蜜を掛けている最中の彼女を目撃したというわけだ。


 トロリ、と木製のハニーディッパーから黄金のそれが滴り落ちる。 マヌカ、だろうか。 濃い煌めきがキツネ色を主張するトーストを覆っていく様は、もう。


 ファルネルトは無言でトレーを置いて無言で自分のトーストを四等分に千切った。 念入りにも四枚になったそれらの距離を離してからたっぷりと蜂蜜を垂らす。 あと、苺と桃と杏子のジャム。

 時が止まったようだった食堂に音が戻り始めてさざめく喧騒がファルネルトの耳朶を打ち始めた時、リリネルトのは思い出したように爆裂魔法を放った。


「そういえばフール伯、ご存知でしたか? この食堂では、パンとスープはお代わりし放題なのです」


 食堂は、水を打ったような静寂に包まれた。


  ※           ※


「お恥ずかしい所をお見せ致しました」


 すっかり慣れ親しんだアルベルトの執務室までの廊下でファルネルトはコホンと咳払いをしていた。 何だろう、取り乱した訳ではないのだが、何処となく気恥ずかしい。


「恥ずかしいなど・・・ ユーデリア皇城食堂のメニューはどれも絶品ですから仕方ありません。 ユーデリアはシュガーフラワーや果物も名産の一つですから、ジャム製作も盛んなのです。 だからあれほどの種類と量があるのですが、何にせよあの掛け放題食べ放題はそんな知識が吹き飛ぶくらいに魅力的ですよね」

「本当に・・・」


 この2ヶ月間、気が付けば早朝公務の日などはを除けばほぼ毎日リリネルトとファルネルトは朝食を共にしていた。

 朝の送迎と朝食の間。 会話らしい会話はこの精々1時間半だけなのに、ファルネルトにとって彼女との時間は忙しない日々の中で最も安らぐ時間になっていた。 言葉も彼女自身も飾り気のない、その貴族にしては危ういくらいの実直さが心地良くて堪らない。 軍事国家かつ高位貴族に生まれたファルネルトには与えられなかったもの。

 しかも、一から十まで守らなければならないほど弱くもない。


「おぉ、おはよう」

「おはようございます」

「・・・おはようございます」


 いつも通り和やかに談笑しながら執務室までの道のりを半分ほど進んだ後、廊下のど真ん中、たまたま通りがかった使用人たちに頭を下げられ朝から尊大に微笑うアルベルトが居た。


(また、ですか)


 この主人は、何かとファルネルトの心情と現在の状況の事を面白がっているきらいがある。 ギリギリまで寝るのが好きなのに、フルール王国ではそのせいでいつもファルネルトを困らせていたのに、ここでは早々に起き出しては廊下に出てみたりするのだ。 ファルネルトとリリネルトの様子を―――主にファルネルトの反応を、だが―――見るために。 趣味が悪いったらありゃしない。


「向かうぞ」

「畏まりました」

「・・・はい」


 アルベルトは歩く。 右後ろにファルネルトを、左後ろにリリネルトを従えて、他国の城の廊下を颯爽と。

 アルベルトはただでさえ華やかな美貌を持つ美形だ。 見目の良い人間を背後に二人も従えていれば目立つ。 それはそれは目立つ。 フルール王国の人間もユーデリア皇国の人間も、ウットリと感嘆の溜め息をついて見守ってしまうほどに。


(我が主もお人が悪い)


 そして皮肉にも、誰彼構わず魅了する集団の一員は全くと言っていいほど周囲に気を配っていなかった。

 いや、きちんと礼儀作法に則った優雅な立ち居振る舞いで移動してはいるし、表情も平静を保っている。 けれども、ファルネルトの頭は他の事でいっぱいだ。


 そう例えば、アルベルトを挟んで左側で静々と歩を進める侍女の事とか。


(今日は、折角・・・)


 今日は半月をかけた策の集大成とも言っていい日だったのに、とんだ邪魔が入ってしまった。


(あと、少しで)


 つい数分前まで拳一つ分の距離だった彼女を横目で見やる。

 今は逞しいアルベルト一人分の距離感。 出会った当初と同じか、それよりも少し遠い。


 ファルネルトは、ここ数日少しずつリリネルトとの距離を物理的に詰めていた。

 朝、部屋まで迎えに行くとき。 朝食後にアルベルトの執務室まで向かう時。 並び立って歩く彼女との間に横たわる他人行儀な距離を、水を人匙ずつ掬うようなじれったさで。

 おくびにも出していないだけなのかどうかは分からなかったが、少なくとも距離を取り直されなかったことに浮かれていた。 そしてとうとう拳一つ分の距離まで近づいた彼女に、触れてみようと。 そう、思っていたのに。


 意図せず瞳に力が籠る。

 敬愛すべき主の背を、恨みがましくねめつけてしまった。

ありがとうございました。

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