側近の憂鬱・7
エンジン始動、です
「おはようございます」
「・・・おはようございます」
今日も今日とてリリネルト嬢を部屋まで迎えに行く。
昨日より、1時間ほど早く。
「朝食はお済ですか?」
「いえ、まだです」
「ではご一緒させて頂いても?」
「・・・えぇ、構いません」
表情にも声音にも出さないのは流石というか。 だが、リリネルト嬢も無表情の下で困惑している事だろう。 ファルネルトが、3日連続で迎えに来たのだから。
この大陸において、「3」は意味を持つことが多い数字だ。 様々な礼儀作法や風習、暗黙のルールに直結し、大抵の行為に特別な印象を与える。
例えば、3日連続で相手の家を訪ねて求愛の意味を示したりだとか。
「今日のリボンは杏子色なのですね。 お似合いです」
「ありがとうございます。 母からの贈り物なのです」
「お母さまからの」
「はい。 リボンが好きだと知っているから何かにつけて贈ってくれるのですけど、物凄い量なので使い切るのにいったいどのくらいかかるのやら」
「好きな物を知って頻繁に贈って下さるなんて、素敵なお母さまではないですか。 ・・・しかし使い切る、とは、何か作っていらっしゃるのですか?」
「領地の特産品でして。 手慰みに」
「あぁ、薬草と糸と布ですね。 洋服ですか?」
「・・・いえ、小物を少々作っております」
「小物ですか。 きっと洋裁神のご加護を賜るでしょうね」
「まあお上手ですね。 お見せできるような物ですらないのです。 ・・・ただ孤児院の子達が喜ぶものですから」
「なるほど」
食堂までの道を歩きながら言葉を交わす時間は楽しい。 リリネルト嬢という人物のカケラを、今ファルネルトは手に入れている。
使用人用食堂に到着して、お互いに日替わり定食を頼んで席に着いてからも会話は続いた。
理知的で、芯が通っていて、瞳に宿る銀月のように高潔。
「? どうかなさいましたか、フール伯?」
「・・・いえ、綺麗な瞳だと思いまして。 夜に宿る銀月を仰いでいるような心地になります」
「あぁ、ありがとうございます。 初代から続くカロナル家の特徴なのです。 一族の物は揃って銀や、それに近しい瞳になる。 ・・・私ほど鮮やかな銀は珍しいそうですが」
「そうなのですね、私の場合は銀髪です」
「まあ」
一人で長髪は嫌だと駄々を捏ねた王太子の命令に逆らえず、付き合いで伸ばし続けている毛先に触れた。 白とも銀ともつかない、光に触れては輝く色。 アメジスト色の瞳と相まって、令嬢方にはファルネルトが装飾品のように見えるらしい。 銀細工にアメジストを嵌め込んだ、国一番の財宝。 それが、社交界がファルネルトを呼ぶ名であった。
(あぁ、嫌なことを)
銀月がそんな卑小な自分を映すのを見るのが嫌で、薄く目を伏せた。
「お揃い、ですね」
「!」
正視したくないと思っていたことも忘れて正面に座っていたリリネルト嬢を思わず凝視してしまった。
カリカリに焼かれたベーコンを切り取って口に運んだリリネルトは、しかしファルネルトの事を見ていた。 相変わらずの無表情。 でも、銀月は優しくファルネルトを照らしていた。 アメジストの奥の奥にまで差し込んで、鬱屈とした心の底まで柔らかく抱きしめる。
「・・・はい」
「はい、フール伯。 ・・・そろそろ時間ですね、参りましょうか」
「そうですね」
自分でも分からない、喉元まで込み上げた言葉を、水と一緒に飲み込んだ。
やけに甘かった。
※ ※
「おはようございます」
「・・・おはようございます」
今日も今日とてリリネルト嬢を部屋まで迎えに行く。
「朝食はお済ですか?」
「いえ、まだです」
「ではご一緒させて頂いても?」
「・・・えぇ、構いません」
※ ※
「おはようございます」
「・・・おはようございます」
「朝食はお済ですか?」
「いえ、まだです」
「ではご一緒させて頂いても?」
「・・・えぇ、構いません」
※ ※
「おはようございます」
「・・・おはようございます」
「一緒に朝食を食べませんか?」
「・・・えぇ、是非」
※ ※
「おはようございます」
「・・・おはようございます」
「一緒に朝食を食べましょう?」
「・・・えぇ」
そっと笑みを浮かべる。
銀細工の美貌に、ほんの少しの熱を乗せて。
ありがとうございました。




