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側近の憂鬱・6

盛大に体調を崩しておりました。

申し訳ありません(汗)

多少はストックがあるのでもうしばらくの間はお待たせせずに済むと思います。

「おはようございます」

「おはようございます」


 翌朝、昨日の反省を踏まえてゆっくり歩いて5分前程度になる時間に迎えに行くと、やはり彼女は支度をすっかり終えて待っていた。 予想通りとはいえ少し驚いてしまう。 今日のリボンは菫色だ。


「では、参りましょう」

「はい」


 エスコートの腕は差し出さずにそのまま歩き出す。 半歩下がって着いてくる彼女に合わせて歩調を緩めると、同じように減速しようとしていた彼女が途中で察してゆっくりと横に並んだ。 そのまま2人で並び立って歩いた。


「本日はアルベルト殿下以外の方々のお茶も用意していただくことになります」

「畏まりました」

「詳しいリストは後でお渡ししますが、合計4人の、全員が男性で侯爵位以上となっています。 昼食後にいらっしゃるとのことなので、食後のお茶という意味合いを込めたものを用意して下さい。 この後はアルベルト殿下の目覚めのお茶の用意になりますが、その後はその接待まで特にお願いすることは無いので、厨房の勝手を確かめたりお好きにお過ごしください。 基本的にこの別当の敷地内から出なければ好きに過ごしていただいて構いません」

「はい」


 ゆったりと頷いた拍子に夜色の髪がさらりと顔にかかった。 菫色のリボンが彼女の白い項を撫でる。 どこからか吹き込んだふわりとした風が真白いエプロンの裾を揺らす。


「・・・リボンがお好きなんですか?」

「・・・はい」


 もう必要な連絡事項は伝えた。 会話を続ける理由などどこにもない。 このままお互いに無言で執務室まで行ってもなんの差し支えもない。 しかし知らずに口に出ていた質問にファルネルト自信も内心驚愕していると、彼女も僅かに困惑したのだろうか。 一拍の間をおいてから返答してきた。 二人の間に何とも言えない雰囲気が流れる。 お互いに玄人だからきっと見かけでは分からないだろうが、会話している者同士の、あの言い知れぬ感覚。

 ・・・もう会話を始めてしまったのだから仕方ない。 素知らぬふりをしてこの他愛もない世間話を続けるしかない。


「身嗜みに気を遣うことは重要ですが、私は装飾品を多く付けるのはあまり好みません。 軽くて柔らかいリボンは丁度良いのです。 集めるのも好きで」

「そうなんですね。 よくお似合いだなと思いまして」

「ありがとうございます」


 今回は、彼女も賛辞を受け入れてくれた。 社交用の世辞ではなく、心からの誉め言葉だと理解しているのだろう。 横目でちらりと顔を見やると、薄っすらと微笑んでいた。 表情なんて仕事をしている最中はピクリとも動かないのに。


(・・・?)


 ドクリと胸が大きく波打ったような感覚にファルネルトは訝しさを感じたものの、勘違いと判断してそのまま会話を続けた。


「コレクションしているのですね」

「そうなんです。 少し凝ってしまってきちんとした箱を用意したりとか」

「そうなんですね。 私も最近は・・・」


 何も気負う事のない他愛のない話は、3分前にアルベルトの寝室に到着するまで続いた。


  ※              ※


(凄まじいな・・・)


 奇妙な道中の後、ファルネルトはアルベルトの背後に控えながら紅茶のお代わりを注いでいる彼女の背を見つめる。 お茶菓子も、紅茶も一人一人違った。 ファルネルトが用意した書類が少しでも役に立ったのだと信じたい。 好物のみならず持病にまで配慮されたそれらに開いた口が塞がらない思いだ。 勿論というかそれに対する反応は凄まじく、紅茶を含む給仕などは当たり前のものとして受け取り無反応なことが多い高位貴族達が口々に侍女を褒め称えた。 仲には礼を述べる者さえいた。 あの、プライドが高い高位貴族が、だ。


「おや、その銀眼はユーデル公のところの・・・」

「はい、セシリアお嬢様にお仕えさせて頂いております」

「ほう、これは光栄だな」

「勿体なきお言葉で御座います」


 目尻を綻ばせる老紳士に彼女は益々深く頭を下げた。 あまりの角度に後頭部で長く垂らされていた菫色のリボンの端が彼女の僅かに露出した白い首筋を撫でた。 

 そんな会話が合った時、様子を視界に収めながらファルネルトは激しく動揺していた。

 正しく、絶句。

 いや初めから沈黙を保ってはいるのだが。


(これが、文明国ユーデリアということですか)


 高位貴族が、一介の侍女風情に「光栄だ」とまで言ってのけた。 フェルート王国ではあり得ない光景だ。 高位貴族ほど使用人を人としてカウントしていない。 勿論良識のある者もいるが、対等に見ている貴族など一人もいないだろう。 彼らにとって使用人はモノであり、貴族という上位存在が快適に過ごすための部品の一つだ。

 それをメンテナンスするか、所詮は代わりの利く量産品として安易に消費するか。 その程度の違いでしかない。


(脱帽、ですね)


 誰もが認めるフェルート王国のことも悪し様に言う輩はいる。 曰く「脳筋」だの「戦いしか能のない阿呆共の烏合の衆」だの。

 否定できない面もある。 フェルート王国には優秀な軍師はいても優秀な文官は非常に少ない。 これらは全く異なる役割を果たしているから、フェルート王国では常に文官が不足しているのだ。 更に、特に戦争を繰り返していた先代から先々代の世代の人間たちには代々文官を輩出する家系を蔑む悪臭が染み付いているフシすらある。

 先見の明がある賢明な者たちが解消のために動いているが、そんなところにまで気が回るのは一部の文官のみなので「保身のための器の小さな足掻き」と蔑む者さえいる。


(侍女に心からの礼を述べる人間なぞ、フェルート王国には居ない)


 そして、ファルネルトもまたそんな貴族たちの一人だった。


(なんと矮小なことでしょう)


 酷い折檻を行ったことは無い。 さも物のように扱ったことも無い。

 では、対等に、同じ人間であると認識して接していただろうか。


(なんと、浅ましい・・・)


 ファルネルトは、己を構成する大きな部分が根本から書き換えられていくのを感じながら目を伏せた。


(それはきっと、彼女が積み上げて来たから)


 貴族の質? そうだろう。

 認識、教育の違い? そうだろう。

 環境の違い? そうだろう。

 文化の違い? そうだろう。


 なれど。


(あの若さで名を轟かせ高位貴族や王族に認められるために、いったいどれだけの時間を費やし、努力を重ねたのでしょう)


 あくまで上品ながら控え目な立ち姿に憧憬にも近い感情を覚えて、知らず背筋を正していた。


「・・・では、美味しい紅茶と茶請けと共に始めましょうか」

「えぇ、良い時間になるでしょうね」

「まさか〈銀月の君〉のもてなしを受けられるとは思いませんでしたわ」

「皇帝陛下に無理を言って貸していただいたんですよ。 本当に、皇国の君主は慈悲深いという話は本当ですね」

「えぇ、名君ですよ。 近代稀に見る、ね」

「はい、先日行われた治水工事も目を見張るものがありました。 あれは確か・・・土の子たちが行われたとか?」

「あぁ、近衛が出張って頑張っていましたねぇ」

「またまた、侯もご謙遜を」

「いやぁ・・・」


 紅茶の話題から上手く本題に入り始めた主君を見ているべきなのに、無音で壁際まで下がる彼女から目が離せない。 もっと知りたい、もっと話してみたい。


 ファルネルトの良く回る頭は、既に明日以降の時間の取り方の算段を始めていた。


拙作にお付き合いいただきありがとうございました

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