側近の憂鬱・5
大変長らくお待たせいたしました。
かたん、とペンを置いた。 万年筆というの物で、羽ペンのようにインクを何度も何度も付けなくていいし、インク瓶が倒れて書類が台無しになる事もない。 ペン軸も、手入れすれば万年使える・・・らしい。 まだ作られてから万年も経っていないので真偽は不明だが。
これもユーデリア皇国からの輸入物―――世の中の便利な物の大半はユーデリア皇国発祥―――で、数年前から大陸中で一大ブームを引き起こしている。 一定数が出回った今でこそ若干落ち着きつつあるが、今度はコレクター達が競って手に入れようとして混乱が起きることもあるとか。
ファルネルトが使っている物は、ユーデリア皇国と此度の国交を結ぶことが決定した際に使節から贈り物として王族に献上された物、の内からアルベルトから下賜された一つだ。 最高級品ともあって素晴らしく使いやすく、すっかり気に入ってどこに行くにも持って行っている。
携行性が高いのも評価されている理由の一つだろう。 羽ペンと、何よりインク瓶を持ち歩くと面倒が多いし、貴族ともなれば鉛筆などの安っぽい物を使う訳にもいかない。 そんななか、ポケットに突っ込んでも平気でどこでも使うことが出来る万年筆は便利だ。
基本的に貴族と言うのは見栄っ張りなイキモノだ。 見栄を張ることが必要なタイミングさえある。 万年筆はデザイン性があり、羽ペンよりも豪奢かつ唯一性の高い逸品にもできる。 し、見せびらかしやすい。 人気が出るのは当たり前と言ってもよかった。 今では質の良い万年筆を持つことがある種のステータスになっている。
また、そこかしこで商談やら買い付けやら行う際に筆記用具が必要な商人たちもこぞって使っているという。 今は平民や庶民、特に学生達への普及を狙っているのだという噂を聞いた。
「これで良いでしょう、恐らく・・・」
そんな背景も持つ万年筆でファルネルトが作っていたのは、明日リリネルトに渡す予定の書類だった。 アルベルトが接待予定の人物のリストである。 好みや持病なども書き添えられれば良かったのだが、そこまでの時間はなかった。 本来ファルネルトの領分ではないからというのもあるが、単純に忙しすぎて時間がなかった。 精々、性別に加えて年齢を書き加えておくくらいしか出来ない。
「はあ・・・ 寝なければ・・・」
眠たい。 連日の仕事が身体に響いている。
分かっていた、こうなるのは元から分かっていた。
接待、人脈作りのための根回し。 学園の情報収集に、交流を持つべき人物の選定と優先順位付け。
目が回るような忙しさとはこのことで、一秒が惜しく感じられるほど。 けれど表面上は優雅に上品に取り繕っていなければならないのが面倒だ。 他国で慌ただしい姿を見せるわけにもいかず、勿論失敗も許されない。 神経が張り詰めているのを感じる。
(あぁでも、今朝は久々に安らいだ気がする)
リリネルトとの朝食にそう長い時間をかけたわけではなかった。 ファルネルトはアルベルトのいつもの起床時間を考えたペースで食べていたが、それに気がついたらしいリリネルトもそれに合わせてくれたのだ。 リリネルトがもう少しゆっくり食べてくれていればエスコートという理由でまだ話していることもできたのだろうが、流石一流の侍女というか、察する能力が異常に高かったので儚い夢と終わる。
侍女、だからだろうか。
彼女はどこから安らぐ雰囲気を醸し出していた。 居心地の良い空間だった。
明日この書類を渡したら、きっと彼女はあの落ち着いた声で礼を言うのだろう。
湯浴みもそこそこに就寝着に着替えたファルネルトは、そんな事を思いながら短い眠りについた。




