聖女の使命
雲の切れ間から降りてきた光の柱に沿って一人の女性が空から降りてきた。
白いドレスを着ており背中にはフワフワの白い羽根が付いている。
揚力を働かせる目的では無いが白い翼は大きく広げられている。
フィーナと同じ色の金髪は非常にサラサラだ。しかし、こうしてみると女神の白いドレスはかなり薄着に感じる。
あんな薄布のドレスでレアの豊満な胸がきちんと収まっているのが不思議に思えるくらいだが、そこは女神の特別製ゆえと言ったところだろう。
ースタッー
地上に降りた彼女は恭しく神官達の側に立つと、神官の肩に手を載せ恐縮する彼らを落ち着かせていく。
それにしても、地上で見るレアは天界で見る彼女とは大分違って見える。
(…………)
フィーナの目から見ても地上で見るレアはかなり異質に思える。
浮世離れしていると言うか現実のものと思えないと言うか……背中の手羽先が異質感に拍車を掛けているのかもしれないが、ぼんやり光っているのも理由一つなのかもしれない。
周囲の人々を落ち着かせたレアは左手を高々と掲げると
ーパアアアァァァ!ー
いきなり神の奇跡を行使して見せた。瞬時に慰霊の石碑に石造りの献花台を創造し、街道すらも見える範囲一帯を石畳製に変えてしまった。
「な、街道が一瞬で……!」
「これが女神様の御力……」
「神よ……豊穣の女神よ……」
瞬時に行われた神の奇跡に人々は感嘆の声を上げ、次々に祈りを捧げていく。
神の力を堂々と行使して信仰心も集められるだけ集めていく……。
流石に世界の神だけあって、職務上の権限が自分とは大違いであると今更ながらフィーナは自覚させられる。
(神力の大盤振る舞いですね……)
段々と周囲の人々が跪いて祈りを捧げ始めたのでフィーナもフリだけ周りに合わせ跪く。
(フィーナちゃ〜ん、きちんと私を崇め奉ってお祈りしなくちゃダメよ〜?)
イヤイヤやっていたのが見られていた様でレアから駄目出しが入る。
(……気が進みません。それより、いい加減この服装のプロテクト解いてくれませんか?)
フィーナはいい機会とばかりに自分のメイド服縛りの解除を要請する。
貴族家のメイドでは無いのだからこの服装で居続ける理由は無いのだが……
(ダメ〜、地味な服じゃ面白くないでしょ? それともビキニアーマーが好みかしら?)
とんでもない提案が返ってきた。メイド服でも恥ずかしいのにビキニアーマー縛りなんて事になったら物置に引きこもるニート生活しか出来そうに無い。
(そんな訳無いじゃないですか! 変な事押し付けるの止めて下さい!)
レアの提案にフィーナは全力否定する。これ以上変な縛りを追加されては仕事どころではなくなってしまう。
それにしても、悠然とした女神として人々の前に姿を見せつけつつ脳内で自分とこんな会話を小器用にこなすとは、そこだけは素直に感心するフィーナであった。
フィーナの位置からはレアの場所は少し遠目なので彼女が壇上で何を話しているかまではよくは聞こえない。
見た感じ年配の神官や王女様と話している様だが……話が済んだのか年配の神官が壇上から聖職者達を見下ろすように立つ。そして
「我が敬虔なる王国民の信徒達よ! たった今、女神レア様より聖女として人々の希望となるべき者の名を賜った! 名前を呼ばれた者は前に出る様に!」
以前にグレースから聞いていたが、この世界には本当に聖女という役割を背負わされる存在が居るようだ。
何をやらされるのかは分からないが大変そうだなぁ……と、フィーナが考えていると
「この中にフィーナという少女が居ると女神様は仰られた! その者を聖女と認定する! 前に出よ!」
周囲がざわつき始め誰のことを差しているのかと人々は周囲の様子を伺う。その渦中で思考が停止し呆然としている女神が一人……
(……多分聞き間違いですよね。私が選ばれるはずないですもん)
自分が呼ばれるはずがないとフィーナは信じて疑わない。しかし、同名の者が居るはずもなく神官の呼びかけに対し前に出てくる者は誰一人として居ない。
「フィーナという者はいないか? これは大変な名誉であるぞ! 臆せず名乗り出るが良い!」
こうなってくると、呼ばれているのは自分の事であると嫌でも認識させられてしまう。
しかしどうして自分が聖女なのか分からない。こういうのはその世界の住人から選ばれるものではないのか……?
現実逃避気味にフィーナが式典会場を後にしようとしたその時
「はーい!ここです! ここに居まーす! フィーナさんはここでーす!」
隣のシンシアが大声で年配の神官に手を降った。周囲の注目が一気にフィーナに集まる。
「は、はは……」
乾いた笑いしか出ないフィーナだったが、彼女の目の前だけモーセの十戎で海が割れる様に人混みが左右に別れ壇上への道が開かれてしまった。
シンシアに促され後ろからはエルフィーネに押され、アルフレッドとリーシャとは手を繋いだまま半ば強引にフィーナは公衆の面前に引きずり出されてしまった。
王女プリシアがこちらを見る目は何だか少し申し訳無さそうな感じだ。隣のグレースは
(ほら、やっぱり……)
と言わんばかりの顔をしている。
以前フィーナが聖女ではないかとグレースに疑われた事があり、悪魔の扮装をしてまでシラを切った事があったのだが全ては徒労に終わってしまった。
こんな目立つ場所に立たされて自分はどうなるのだろう……?フィーナが我が身の不幸を呪っていると
「皆さん! こちらのフィーナさんが聖女様の神託を受けられました! 彼女に負けないように私達も女神様への感謝を忘れない様にしましょう!」
王女プリシアが人々に向かって高らかに宣言すると
「おお〜! 女神レア様万歳! 王女プリシア様万歳!」
「女神レア様! 王女プリシア様! 王国に豊かな繁栄を!」
人々からは大歓声が沸き起こった。目の前に女神様が降臨しているのだから無理もない話なのだが……。
しかも、気付いている者は誰もいないが女神は二人居るのである。
人々の歓声はどうやら、女神レアと王女プリシアに向けられている。
何処にでも居る茶色いフード付きのマントを着たぽっと出の聖女を襲名したばかりのエルフはまだ人々の興味の対象とはなっていないらしかった。
南の森での犠牲者達への慰霊も終わり、女神の降臨という一大イベントも滞り無く終了。
なんでねじ込まれたかさっぱりな聖女襲名式も終わると、慰霊の式典そのものも終わりの空気が漂い始めた。既に日も傾き始めている。
「それでは私は天へと還ります。親愛なる皆様に神の御加護があります様に」
女神レアはそう言うと
ーパアアアァァァー
全身が光に包まれ消えてしまった。
(帰りの演出、面倒になったのかな……?)
降りてきた時の気合の入れようとは対象的なあっさりした帰り方を見たフィーナは心の中で核心に迫る答えを呟いていた。
女神が帰ってしまった事で式典は完全に終わりの空気となり、護衛の兵士達が聖職者達を馬車へと誘導し始めた。
人々が引いていく間、なんとなく壇上で佇んでいたフィーナに王女プリシアが話し掛けてきた。
「フィーナ様、あの……申し訳ありませんでした!」
突然プリシアは謝罪の言葉と共に頭を下げてきた。何の事やら分からないフィーナがぽかんとしていると
「実は私も女神様から聖女の打診を受けていたのです。でも、私には聖女の努めを果たすのは難しいから……と」
聖女の仕事とは王国各地を回り救われない人々を助けていくのが使命なのたそうだ。
水戸黄門じゃあるまいし一国の王女には到底出来る芸当では無く、護衛も二〜三人では到底足りるものでも無い。
それを正直にレアに伝えたところ
「私に良い考えがあります」
と、フィーナを指名する事を決めた様だった。プリシアからしてみればフィーナに厄介事を押し付けてしまった思いなのだろう。
「本当に申し訳ございませんでした。私でお手伝い出来る事がありましたら何でも仰って下さい。力になります」
何度も頭を下げるプリシアに、フィーナも申し訳無さで一杯になってくる。
「あの、お気になさらないで下さい。誰かがやらなければならないならどうしようもないのですから……」
頭を下げ続けるプリシアの手を取り微笑みながらフィーナは答える。
レアの思惑は一旦置いといて、フィーナにとって恩義があるプリシアの役に立てるのならばとりあえずはヨシである。
何度も謝るプリシアをようやく嗜めたところで、タイミング良く王女専用の白い馬車がフィーナ達の目の前に到着した。
「フィーナ様、本日はありがとうございました。それではごきげんよう」
プリシアは王女専用の馬車に乗り、一行は王都へと向かってくのであった。
神官の偉い方々も帰っていき最後に残ったのはグレースだった。彼女がフィーナを見る目は、憧れに満ちたものだった。
「やはり私の目に狂いはありませんでした。聖女フィーナ様……」
そう言うとグレースは徐ろに膝をつこうとし始める。
(危ない危ない危ない!)
明らかにフィーナに対し祈りを捧げるつもりである。
そんな事になればグレースからの信仰心が直接フィーナに加算されてしまい、業務上横領の構成要件を満たしてしまう。
「わ、私まだ何もしてないですから! それに凄いのは力を授けて下さった神様で私は何でもないんです!」
フィーナは慌ててグレースに駆け寄り必死に思い留まらせる。フィーナの説得を受けたグレースだが
(なんて奥ゆかしい御方だ……)
と、さらなる誤解を与える結果となってしまった事にフィーナは気付いていなかった。




