ボランティア活動
職員室の前でずっと立ち話と言う訳にもいかず、フィーナとシュレイザの二人は共用部にある食堂に場所を移していた。
「いや、ボランティアなんて手伝うもんでも無いし……本当に気にすんなって」
シュレイザはフィーナからの申し出を丁重にお断りしてきた。
彼の話によると今回受けたボランティア活動というのは、街にある冒険者ギルドにて最低難易度の不人気依頼を無償で請けてくるというものだった。
最低難易度だから命の危険はまず無い。また、最低難易度と言えど依頼者は存在する訳でいつまでも放置されてしまえば困る人も確実に存在する訳で。
そんな仕事を無償でこなすと言うのは確かにただのボランティアでしか無い。
「それにアレだ。停学中にやってこいって話だからお前さんは授業休まなきゃならないんだぞ? そこまでして俺を手伝う事は無いだろ」
確かに彼の言う通りボランティア活動を手伝うには学院を休まなければならない。そこまでは考えていなかったフィーナが黙ってしまったところに
「あ〜! フィーナぁ! ここに居たんだぁ〜!」
食堂に入ってきたアリアがフィーナの姿を見るなり駆け寄ってきた。
「ここで何してたの?」
アリアはフィーナの対面に座っている赤髪の不良青年を一瞥すると
「あああぁ〜っ! これって入学式の時の失礼君じゃ〜ん!」
「誰が失礼君だ! おもしれ〜女のくせに面白くね〜んだよ!」
どうやらアリアとシュレイザの当人同士の第一印象は最悪であるらしい。
「それで、なんでフィーナがこれと一緒に居んの? もしかして弱みを握られて脅されちゃってるとか? そんなの早く先生に言わなきゃ駄目だよ!」
多分見た目と状況で判断したのだろう。不良のシュレイザ先輩に言い寄られ口を噤んでいたフィーナと言った構図を見てしまえば大多数はアリアの見方と同じになってしまうだろう。
「馬っ鹿! 違げーよ! そんなんじゃねー! これには訳があってだな……」
「その訳とやら、しっかりと説明して頂けますか? シュレイザ・ハインケル先輩?」
会話に割り込んできたのはアルフレッド王子だった。彼の隣には少し息を切らせたパトリシアの姿もある。
アルフレッド王子はシュレイザ先輩相手に笑顔でにこやかに接して来てはいるが、よく見ると眉毛がピクピクと動いており、心中穏やかでは無さそうな……殺気だった雰囲気が漏れ出ていた。そんな王子の殺気を感じ取ったシュレイザは
「俺がお嬢さんに悪い虫が付きそうになってたのを払ってやったんだよ! だから大した事はしてねぇっての、なぁ?」
事の成り行きに頭がフリーズしていたフィーナだったが、シュレイザから話を振られてコクコクと小さく頷く。
「本当なのか? フィーナ。本当に何ともないんだな?」
フィーナに詰め寄る様にして更に問い質してくるアルフレッド王子にも彼女はただ頷く事しか出来ていない。その様を見た王子は
「シュレイザ先輩、フィーナをお救い頂きありがとうございました! 彼女は昔から大の虫嫌いでして……」
シュレイザの言葉を額面通りに受け取ってしまったのか、彼に深々と頭を下げるに至っていた。
「あ、ああ。今後はちゃんと見守ってやれよ? 大事な婚約者なんだろ? じゃ……じゃあな」
シュレイザ先輩はそそくさと席を立とうとするが
「お待ち下さい! 私の姫君の恩人に恩を返さずに居ては私の沽券に関わります! 是非ともご恩返しの機会をお与え下さい!」
アルフレッド王子も言ってることがフィーナとほぼほぼ変わらないだけにシュレイザ先輩も若干苦笑気味である。
こうして食堂での話し合いはアルフレッド王子にアリアとパトリシアも加わった大所帯で続けられる事となったのであった。
「それでは私もボランティア活動に同行致しましょう!」
話が一段落した所で真っ先に声を上げたのはアルフレッド王子だった。
彼が名乗りを上げたのはフィーナが彼に助けられた事による恩返しの意味があるのは勿論だが、婚約者を他の男と二人きりにさせたくないという腹の中も当然あった。
「じゃあ、あたしも行く〜! フィーナが失礼君と一緒だと危なそ〜だし」
次に声を上げたのはアリアであった。彼女がシュレイザを見る目は『なんだコイツ』といった冷たい目でありフィーナの身の危険を心配しての判断である。
「そ、それじゃあ私も……」
パトリシアに関しては完全に周りに流された結果である。
サラマンダーやトラキュア子爵に至っては飼い主に従うのみなので拒否権は無いので割愛する。
「いや、お嬢さんにも話したんだけどよ。学校の授業はどうすんだ? 俺は停学になるから良いけどよ」
何が良いのかは分からないが彼の話には一理しか無い。いくら品行方正なフィーナ達とは言え、停学処分を食らった先輩の手伝いの為に学校を休みたいなんて理由が通るはずも無い。
「大丈夫さ。私に良い考えがある」
少し不安を感じさせるアルフレッド王子の言葉だが、彼には何か成算があるのだろう。
「じゃあ職員室に行ってくる。少し待っていてくれ」
善は急げとばかりにアルフレッド王子は食堂から出て行ってしまった。
「なんだよコレ。まるで遠足じゃねぇか……。学院の六芒星たるこの俺が……」
一連の話の流れと展開に、地獄の番犬を自称するシュレイザ先輩は自身が築いてきたイメージの危機にすっかり頭を抱えてしまうのであった。




