権力の使い方
「貴様ら! 貴様らがやったのか! 大事な家の跡取り息子を!」
貴族の男性は、フィーナ達に向けて怒鳴り始めた。矢面に立っているのはノルンだから被害は軽減されているが
「儂を誰だと思っておる! 儂はフィリップ伯爵なのだぞぉーっ! 息子に傷一つあったらタダでは済まさんぞ!」
ほぼほぼ初対面な中年男性の素性など知る由もないフィーナ達はポカンとするしか無かった。
「お、親父ぃ! 俺はコイツラに酷い目に遭わされたんだ! 俺は絶対許さねぇ! コイツラに分からせてやってくれよ!」
目が覚めた少年が父親に向かって懇願する。彼は既に勝ちを確信した笑みを浮かべている。
ここで、これまでずっと聴き手側に回っていたノルンが
「貴方がこちらのお坊ちゃん方の保護者の方という認識でよろしいですか?」
淡々と落ち着いた口調で話し始めた。
「こちらのお坊ちゃんはアインホルン家の大事なお客様であるパトリシア様のお召し物を破損させてしまいました」
ノルンの話に男性は鼻で笑い飛ばすと
「フン、そんな話か。そんな安物いくらでも弁償してくれる」
アリアにつきそわれているアリアを一瞥して面倒臭そうに言い放った。
「それでは……ドレスは東国から取り寄せた絹製品を使用した特別品となります。お値段は白金貨で十枚程、また……」
ノルンはバーキンらが壊したパトリシアが身に付けていた破損した装飾品を一つ一つ読み上げていく。
ティアラ、ペンダント、ブレスレット、手袋やストッキング、靴に至るまで全てが高級品で固められていたパトリシアの衣装金額を聞いている男性の顔がみるみる青ざめていく。
赤くなったり青くなったり忙しい御仁だがそれだけ請求される金額の高さに驚いているのだろう。
「……以上となります。白金貨で二千枚はご用意下さい」
相変わらず淡々と必要事項だけを述べるノルンのフィリップ伯爵を見る視線は冷たい。
「は、白金貨二千だと! そんなもの簡単に用意出来るか! どこの貴族のモノか知らんが飼い主に会わせろ! 儂が直接分からせてくれる!」
フィリップ伯爵は弁償代を素直に払うつもりは無い様だが、今回ばかりは相手が悪い。相手が女神と知らないとは言えある意味御愁傷様と言える。
ノルンとフィリップ伯爵が言い合いをしていると、ゾロゾロと野次馬が集まってきていた。
「フィーナ! 何があった! 大丈夫か?」
見物人の中から金髪のイケメンが人波を掻き分けてやってきた。
アルフレッド王子はパトリシアの様子に気が付くと自身の赤マントをパトリシアとアリアの肩に掛け
「すぐに宮廷魔術師に準備させよう。皆さん! この場は我々プロムナード王家がお預りします。皆様は会場のホールへお戻り下さい!」
パトリシアをこれ以上好奇の視線に晒さない様に王子の権力を持って解散を指示するのだった。
「フィリップ卿、サザーランド卿。貴方がたは今の今まで何をされていたのか。仮にも淑女が困っておられるのに見て見ぬふりとは王国の貴族としてあるまじき行為。表に居たヘンドリック卿も含めて追って沙汰を申し渡す。申し開きがあるならこれから存分にするが良い。連れて行け!」
殺陣を終わらせた上様の如くアルフレッド王子は貴族の少年達共々、いつの間にか呼んでいた兵士達に彼らの護送を委ねるのであった。
後処理を終えた王子がフィーナの元までやってくると
「フィーナ、ノルン様。良かったたらパトリシアの所に行って彼女を気遣ってくれないか? 僕では彼女の力にはなれないだろうからね」
いつも自分に言い寄ってくるだけのアルフレッド王子の別の一面を見たフィーナは、彼の王子然とした振る舞いに素直に感服するのであった。
「それではフィーナお嬢様、参りましょう」
どこからかパンプスを取り出したノルンの姿にフィーナは改めて自身が裸足であった事を思い出す。
(あ、あわわわ……!)
ドレスも破りストッキングしか履いてない彼女の姿は事案の当事者そのものでしかなく、その事に改めて気付いたフィーナは恥ずかしさに顔を赤らめながらノルンに付き添われて逃げる様にその場を後にしたのであった。
今より少し前、フィーナが部屋に突入した頃、物陰から様子を伺う銀髪の少年の姿があった。
(バーキンの奴ら、何をしているんだ! パトリシアなんかに手を出しやがって……普通はエルフを襲うだろ!)
自分の思惑通りに事が運ばなかった現実に彼は苛立ちを隠さなかった。
彼の脳内では少年達にフィーナを襲わせそれを助ける事で
「素敵! 抱いて!」
となるサクセスストーリーを思い描いていたのだった。タチアナを通じて彼等を焚き付けるまでは良かったのだが
(盛りのついた猿どもめ、親子揃って使えん奴等だ)
計画を軌道修正しようと手癖の悪さで有名なフィリップ卿達三人も焚き付けたものの、アレスの思う通りの展開とはならなかった。
(もう少し、具体的に匂わせておけば……いや、首を突っ込みすぎてはリスクがあるか)
計画を確実に進めるなら彼等に具体的な指示を出しておくべきだったが、万が一失敗してしまえば自分の身が危うくなる。
フィリップ卿達の口が軽いのは言わずもがな。今ならば知らぬ存ぜぬで通せる自身はあるが、深入りして自分だけ逃げ出せるとそこまで都合良くは考えられない。
(まぁ、いいか。僕にはまだチャンスがある。かならずあのエルフを手にしてやるぞ!)
アレスは改めて自分の欲望の成就を自分の心に誓うのだった。




