放課後
教室の掃除を終えたフィーナとパトリシアの二人は共用部の廊下を並んで歩いていた。
「あの、そちらって火の精霊さんですよね?」
一般的に精霊は、対象と契約関係を結んで使用者と使役される側を明確にした主従関係として成立するものである。通説では気性が荒いとされているサラマンダーがフィーナに懐いている光景はパトリシアには不思議なものと映った様だ。
「はい。火の精霊でサラマンダーさんです。小さい頃から一緒に居てくれている私の大切な家族です」
自身の肩の上で寛ぐサラマンダーの頭ををフィーナは優しく撫でる。一方のサラマンダーも気性の荒さを感じさせず借りてきた猫の様に大人しい。その時
「やぁ、フィーナ。今帰りかい? 良かったら僕と……」
ージュッ!ー
「あぢゃあ〜っ!」
アルフレッド王子がどこからともなく颯爽と現れ、自然な動作でフィーナの肩に手を置こうとしたところ、いつの間にか肩に鎮座ましましていたサラマンダーに触ってしまい軽くない火傷を負ってしまった。
ちなみにアルフレッド王子もバカでは無いので肩に手を置く前にサラマンダーがフィーナの右肩に居るのは確認済みである。しかし、アルフレッド王子がフィーナの左肩に手を置こうとしたその瞬間にサラマンダーがフィーナの左肩に鎮座ましましていたのだった。
これでは王子もひとたまりもなく無防備な手の平がすっかり焼けてしまった。
「デイブさん、お気を付け下さい。サラマンダーさんはきまぐれですので」
ーパアアアァァー
そして、痛みに悶える王子の手をフィーナがヒールで治癒するまでがワンセットなのである。しかし、今日はそれだけでは終わりそうになかった。
「やあ、兄さん。それからお嬢様方」
廊下の向こうからやってきたのはアレス第二王子だった。
「アレスか、一体何の用だ?」
突然現れた第二王子にアルフレッド王子が訝しむ。これからせっかく婚約者と過ごそうというのに無粋だからだ。
「将来の姉さんに挨拶しておこうと思ってね」
アレスはそう言いながら自然にフィーナの腰に手を回すとそのまま抱き寄せて口付けを迫ってきた。あまりに迷いの無い動作にその場に居た誰一人としてアレスを止める事が出来なかった。
「あ、え……あの……」
フィーナ自身もアレスに何をされようとしているのか理解が追い付いていなかった。腰をアレスに抱きかかえられ上から被さる様に彼の顔が迫ってくる。下手に暴れたら後頭部から廊下に叩きつけられかねない。アレスの顔が目前まで迫ってきて成す術が無いフィーナは反射的に目を閉じるしか出来なかった。その時
ージュッ!ー
「あじゃあぁぁ〜っ!」
フィーナの顔をガードする様に割って入って出現したサラマンダーと口付けを交わしてしまったアレスは熱さに驚いてフィーナの腰に回していた手を離してしまった。
「あ……、わっ!」
両足の踏ん張りも効かないくらいの体勢で後方に反らされていたフィーナから腰の支えが無くなったらそのまま倒れる事しか出来なかった。一連の流れはほんの一瞬の出来事だった為、事故回避の為に適切に判断出来た者は居なかった。ただ一人を除いて……
「危ない!」
ーザザアァァァッー
アルフレッド王子が背中から無防備に倒れるフィーナと廊下の隙間にスライディングで滑り込んできた。
ーガシィッ!ー
廊下に倒れ込んだフィーナをガッチリと受け止めたアルフレッド王子はホッとした表情を見せる。そして彼に抱きかかえられたフィーナが見上げると
「大丈夫だったかい?」
久しぶりに見るアルフレッド王子の笑顔と距離の近さにフィーナは顔を赤くしてしまった。
「アレス、どういう事だ。少し悪ふざけが過ぎるんじゃないか?」
フィーナを気遣いながら立ち上がったアルフレッド王子は確かな怒りを滲ませていた。アルフレッド王子もアレス王子も年齢は同一の双子の兄弟である。
先に生まれた方を兄、後から出てきたのが弟という流れなので二人の王位継承権などを巡った確執があっでもおかしくは無いのだが……
「兄貴もうかうかしてたら婚約者誰かに盗られちまうぜ?」
唇を火傷したっぽいアレスは口元を手で押さえながら兄に対し忠告を始めた。異世界と言えど婚約は完璧なモノでは無く普通に婚約破棄もありうる。普通に考えれば王子との婚約破棄を考える者はほぼほぼ居ないはずだが……
アレスは兄に忠告めいた物言いをするとそのまま何処かへ行ってしまった。
「あ、あの〜……、私はこれで失礼しますね?」
とりあえず騒ぎは一段落したと判断したのか、今の今まですっかり蚊帳の外にされてしまっていたパトリシアがこの場からの退去を申し出て来た。
「あぁ、すまない。君はフィーナの友達かい? 彼女はあまり人付き合いが得意じゃないから仲良くしてやってくれ」
アルフレッド王子はそう言うとパトリシアの手を取りその甲に口付けをした。彼にとってはただの挨拶くらいの感覚なのだろうがイケメンなのも相まって、彼には十分に女たらしの素質があった。
「保護者みたいな事を言わないで下さい。それに私はもう子供じゃありませんから」
なんだか小さい子扱いされたみたいなフィーナは面白くなくややむくれながらアルフレッド王子に物申した。そんな二人のやり取りは婚約者同士のイチャラブと言うより、近所の幼馴染くらいの 距離感なのであった。




