王城での再会
翌日、アルフレッドとリーシャを魔法学校に送り出したフィーナは、彼らを見送った後王都の王城に向かっていた。
魔法学校や魔法学園のある地区を抜けた先、王都の中心に天高く聳え立つ塔と王城がある。
その入り口では当然、衛兵が睨みを効かせており、部外者お断りな様子をしっかりと漂わせている。
八年後の世界でフィーナが王城に来た時は聖騎士のフリをして通り抜けようとしたものだが、今回はグレースにお招きされている身だ。物怖じする必要など全く無い。
「あの……私、フィーナという者なんですけど……グレース・マックスウェル様から王城へお招きされていまして……お取次ぎお願い頂けますか?」
フィーナは王城入り口で立哨中の衛兵の片方に声をかけた。さすがに八年後に会った衛兵ではなく全くの別人だ。
「はい、少々お待ち下さい」
衛兵はそう言うともう片方の衛兵に目で合図を送った。もう一人の衛兵は待機所に行ったかと思ったらすぐに戻ってきた。
彼は手にしていた書類をフィーナの目の前の衛兵に手渡す。
「マックスウェル様からの覚え書きだ」
書類を渡された衛兵はフィーナと覚え書きを何度も交互に見比べている。
おそらく覚え書きにはフィーナの特徴が書かれているのだろう。
「確認取れました。どうぞ、お通り下さい。王城一階に受付係がおりますので詳しい事はそちらでお尋ね下さい」
結構あっさり許可が下りてしまった事にフィーナは拍子抜けしてしまった。
もっと色々と煩雑な手続きがあるかと思っていただけにとんだ肩透かしである。
そんなフィーナがキョトンとした顔で佇んでいると
「確認出来ましたのでお通り下さい。こちらの特徴にピッタリなのですから他人の空似などありえません」
と、にこやかな衛兵が手にしていた書類をフィーナに見せてきた。
(へ……?)
見せられた書類の内容にフィーナは眼を疑った。まず、書類に書かれていたのは文字では無く絵であった。
それも人相書の様な立派なものでは無く、クレヨンで子供が書いた様な何とも味わい深い人物?画であった。
三頭身でデフォルメされたその絵は薄緑色の服を着ている事がギリギリ判る程度、金髪を被せられた宇宙人グレイの様なおぞましいなにかだった。
念の為に確認しておくが実際のフィーナは、宇宙人の一般的なモデルとして知られているグレイとは似ても似つかない外見をしている。
どう考えてもさっきの確認作業では造形は関係無く色彩だけでフィーナと判断された様なモノである。
(とりあえず中に入りましょう……)
衛兵に軽く会釈したフィーナは王城の敷地を奥へと進む。
八年後に来た時もこの辺りまでは来た覚えがある。
ここから敷地の右の方……東のエリアへ進んだ辺りに爆発物倉庫が建てられていたはずだ。
(あれ……?)
しかし、倉庫があるはずの場所には立派な神殿がすでに建てられていた。
これから何かを新しく建てるには神殿のある場所を更地にする必要がありそうだが……。
これから八年以内にこの神殿が無くなる様な事でも起きるのだろうか……?
(うーん……)
八年後に倉庫の建てられた経緯が分からない以上、別の建物があるからといって王都崩壊の歴史が回避されているとは限らない。
やはり時間の推移を慎重に見ていくしかないだろう。フィーナは物見遊山も程々に王城の一階に向かう事にした。
王城の一階は赤い絨毯が奥へと続いている広い廊下の様な空間だった。
身なりの良い貴婦人の様な女性や執事の様な男性、使用人の女性達が行き交っている。
受付係が居ると聞いていたので、フィーナはてっきりホテルのフロントの様な受付があるものとばかり思っていた。
しかし、想像と実際が違っていた事と、あまりの人の多さに誰に話しかけたら良いのか分からず途方に暮れていた。
(一体、誰に話しかけたら良いんでしょうか……?)
キョロキョロと辺りを不安気に見回しているフィーナは目立っていた。
よくあるRPGなら片っ端から人々に話し掛けていくのだろうが、現実でそんな手間のかかる事は避けたいしやりたくは無い。
誰に話しかけてみるかひたすら考えた挙げ句、城の衛兵なら大丈夫だろうと廊下の隅に立っている全身鎧の兵士に話しかけてみる事にした。
「あの〜……すみません? ちょっとお伺いしたい事があるんですけど……」
「…………」
フィーナの問いかけに兵士は微動だにしない。全く身動きせずに立哨とはかなり訓練されている兵士の様だ。
しかし、ここで引く訳にはいかないとフィーナは少し大きめの声で再び兵士に声を掛ける。
「あの……すみません! 人を探しているんですけど!」
ークイックイッー
(ん……?)
その時、フィーナは自分のスカートが引っ張られる感じがした。
不思議に思った彼女が引っ張られた力の方向を見ると、きらびやかな水色のドレスを着た深い藍色の髪をポニーテールにした少女が今にも吹き出しそうな顔をして
「フフッ、フィーナ様? それ、ただの置きものですわ」
小さな声で教えてくれた。一瞬誰か分からなかったが、豪華な水色のドレスを着た少女は以前にアルフレッドの屋敷にやってきた事があるクロエだった。
「クロエ様! どうもご無沙汰しております!」
完全アウェーの空間で知り合いを見つけた安堵感からかフィーナの声からは喜びが感じられた。一方のクロエは少し恥ずかしそうに
「こんにちはフィーナ様。本日はどの様なごようけんでこちらに?」
流れる様な動作でドレスのスカートをつまみ淑女らしい御辞儀を見せてくれた。
クロエが恥ずかしそうにしているのはフィーナが置き物の甲冑に話しかける暴挙を行っていたからなのだが、フィーナ自身がその事に気付いたのはたった今である。
周囲の貴婦人方のヒソヒソ話が耳に入ってこなければ気付かなかっただろう。
「とにかく、こちらに」
クロエは顔を真っ赤にしているフィーナの手を取ると、何処かへと向け小走りに近い速さで歩き始めた。
「あ、あの……!」
手を引かれたフィーナはクロエの後をただ付いて行く事しか出来なかった。
クロエに連れられてやってきたのは手入れの行き届いた王城の中庭だった。綺麗に剪定された植え込みや木々のお陰でなんとも幻想的な気分にさせてくれる。
「こちらならおちついてお話できますわね、フィーナ様?」
どうやらクロエに思い切り気を使われてしまっているらしい。
十歳そこそこの少女に気を使われる女神……なんとも情けない話である。
フィーナの今の感情を表すかの様に長い耳は垂れ下がってしまっていた。
どこから話せばいいのか……クロエから見ればオーウェン家でメイドをしていた時以来会っていない訳なのだ。
アルフレッドと共に王都に移り住んだ事、その旅路の途中でグレースに出会った事をなるべく短く話さなければならない。
「はい。実は……」
適当なベンチを見つけたクロエに促されるまま、腰を掛けションボリした顔のフィーナが王都に移り住んだ経緯からグレースとの出会い、そして今日、王城にやってきた理由をクロエに話すと
「グレースお姉様にお呼ばれでしたのね。それならこちらですわ」
クロエは再びフィーナの手を取ると王城の奥へと案内してくれた。
フィーナは手を引かれるまま歩き続けるだけ……周囲を見ながら歩いてはいるものの、どの景色も同じに見えてくる。
(帰り一人で帰れるかな……)
一抹の不安を感じながらフィーナはクロエの後を進むのだった。




