新しい仕事
アースガルドでの仕事に区切りを付ける事が出来たフィーナは達成感に満たされながら天界に帰還する事が出来ていた。
(色々ありましたね……)
アースガルドに降りた彼女を待っていたのはマーズスフィアとの戦いで疲弊したH・A・W部隊の立て直しと主に後進の育成だった。地磁気の復活を成功させされなかったフィーナだが、当初の予定通り何も問題無く大尉に任ぜられたのだ。そんな彼女を待っていたのは大隊規模でのH・A・W部隊の再編成だった。
そして、以前の様な戦時徴兵された兵達という訳では無い、正式に魔法学院を卒業した元学徒兵達の志願者達と合わせ大量に配属された新兵達が集められた。
フィーナはそんな彼等の教育に明け暮れる事になる……ハズだった。
しかし、旧魔族領に降りていたマーズスフィア星人達が退却の折、偶発的に魔王の封印を解いてしまっていたのだった。
結果、アースガルドのみならずマーズスフィアをも巻き込む一大事が勃発してしまう事となってしまったのだ。
封印が解かれた魔王はレイスニールの身体に憑依し彼の乗機のベルセルク改ごと行方知れずとなり、彼は魔王軍を復活させてしまったばかりか、魔王として悪魔力を魔王軍近代化の方向に使ってしまい……まぁまぁ大変な事になってしまったのである。
そんな彼をフィーナはドラコ軍曹やクリムローゼ伍長達と力を合わせて訓練途上のH・A・W隊を率いて何とかレイスニールを元に戻す事に成功したのだ。
そうしてアースガルドとマーズスフィア、両星に平和を齎すという新たな伝説を打ち立てて歴史に一区切りを付けたところで天界に帰ってきたのだった。
(フンフンフ〜ン♪)
天界に戻ったフィーナは鼻歌交じりに上機嫌で廊下を歩いている。異世界の顛末がうまくいった事に達成感と満足感を得ていた彼女は久しぶりに女神としての万能感を感じていた。
結局、レギンレイヴのプロトタイプ……普段遣いしていた機体は異世界に置いてきたのだが、こっそり神力で複製しておいた二番機は自身の収納空間に記念に保管してある。
前回の天界への帰還時、レアに強引にレギンレイヴごと天界に帰らされた訳だが、フィーナがレギンレイヴを持っている前提での仕事の依頼が今後振られないとは限らない。
その辺りアースガルドからレアに連絡をつけて確認を取ってから行動すれば良かったのかもしれないが、何故かレアだけでなくフレイアにもノルンにも異世界からの連絡が繋がらなかったのだ。
まあ、今回のアースガルド行きは仕事ではなかったので仕方ないのかもしれないが……
「ただいま戻りました〜」
フィーナはレアの仕事場である多数の異世界が並べられた部屋にやってきた。そして、次の仕事の準備をしているはずの部屋の主の姿を探す。
「ニャ〜」
レアもフレイアもその姿は無く、室内に居るのは子猫姿のミレットだけであり、彼女は異世界の球体の一つをゴロゴロ転がしてそれを追い掛けて遊んでいるところだった。
「あ、ああ〜! いけませんミレットさん! 困ります! そんな乱暴に扱っちゃ! あああ〜! 困ります、ああ〜!」
まるでどこぞの店員の様な物言いでフィーナがミレットに駆け寄って球体の異世界を取り上げる。
(え〜と……)
見たところ特に傷等は付いていない様だ。中で天変地異が起きていなければ良いのだが……
(う〜ん、異常は無いみたい……ですね)
特に異世界に異常等は起きていない様だ。
ーパアアァァー
「ミレットさん、駄目ですよ。勝手に動かしちゃ」
フィーナが神力で異世界の球体を定位置に戻すと三つ指立ててフィーナの様子を見守っていたミレットが
「いや〜、ちょっと触ったら転がっちゃいまして〜元に戻そうとおいかけたんですけどね……ニャ」
弁解するミレットの話によると弄っていた異世界球体が意図せず転がってしまい、元に戻すべく追いかけていたらいつしか本来の目的を見失っていたらしい。
後ろ足で耳を搔いているミレットにフィーナはレア達の事を尋ねてみる事にした。
「あの、ミレットさん? レアさん達ってどこに行きました?」
「え〜? うーんとですねぇ……異世界に降りたっきり見てないですよ……ニャ」
フィーナもアースガルドに降りて二〜三年は異世界で過ごしてきた。魔王復活から討伐までこなしてきたのだからそれなりに時間が掛かるのは仕方ないが、いくら時間の流れが違うとは言え、レア達が戻ってないのはあまりに遅すぎる。
(ちょっと調べに行きましょうか……)
フィーナは件の異世界の球体の前に立ち、その異世界の歴史を眺めようとしたのだが
ーパアアアァァァー
「フィーナちゃんは勝手に触っちゃ駄目〜!」
レアが異世界から大急ぎで天界に戻ってきた。別段、フィーナが異世界の歴史を覗く事が禁止されている訳では無いのだが……過去のアルフレッド達の異世界は別として。
「な、何ですか? あ、私の用事は終わったのでいつでもさっきの仕事出来ますよ?」
いきなり止められたのは腑に落ちないがレアに会えたついでにフィーナが自分の用事を終わらせてきた事を伝えると
「う〜ん、それじゃ早速こっちの仕事に取り掛かっちゃってもらおうかしら♪ 準備は良い?」
「あ、はい。別に問題は無いですけど……」
異世界に降りるのに神力と下調べさえ出来ていれば他に準備する事などほとんど無い。その気さえあれば神力で何でも調達出来るし、天界へバックアップを頼む事も可能だ。
つまり、今回のレアの様に異世界行きの前に確認の念押しをされる事自体中々に珍しい事なのだが……この時の違和感の理由をフィーナが知る事が出来たのは相当後の事になる。
ーパアアアァァァー
フィーナはレアの放った白い光に包まれるとこれまで感じた事の無い不思議な感覚に戸惑っていた。
(う……、これは……)
まるで麻酔でも吸引させられている様な眠気とは違う抗えない強力な力にフィーナの意識は途切れ途切れになっていく。
(これは……お任せ……しちゃいますか……)
レアの意図は分からないが仕事上必要な事なのだろう……そう考えたフィーナは思考するのも面倒になり、そのまま得体のしれない眠気にその身を委ねてしまうのであった。




