ハッピーエンド
フィーナがアリアの人格復活と三上梅子の封印を試み始めて小一時間が経過していた。
神力の消費はともかく、暴れる三上梅子を抑え続けるのはフィーナの華奢な身体では持久力の点で無理が出始めていた。
「くううぅぅぅっ! アリアさん! 戻ってきて下さい!」
フィーナがアリアに呼び掛けながら彼女の身体を抑えている力を込め直そうと力を抜いたその時
ードズッー
「うぐっ!」
暴れるアリアの肘がフィーナの鳩尾に綺麗に入ってしまった。力の抜けたフィーナの拘束から抜け出したアリアは
「もぉ〜マジ信じらんない! すぐにヒロ君呼んでやるんだから! あ、もしもし? サトミ? もぉ〜聞いてよマジサイアクなんだけど〜」
筆箱をスマホ代わりにアリアは何処かへと走り去ってしまった。
「ま、待って……!」
急所への一撃に苦しみながらフィーナがアリアに立ち止まる様に呼び掛けたが、当然だがアリアがそれに従う事は無かった。
ヨロヨロと立ち上がったフィーナが追い付くには絶望的な程、三上梅子と化した、アリアは脱兎の如く走り去ってしまった。
「す、すみません。私はこれで失礼します」
今更ながら周囲からの好奇の目に気が付いたフィーナはボロを出さないうちに……又、アリアの後を追って彼女の中の三上梅子を封印する為にその場を離れようとする。
「待ってくれ。君は何者だ? 見たところエルフの様だが……」
第一王子であるアルフレッドに呼び止められた。
「え? あ、え〜と……」
ほぼほぼノープランで異世界に降りてきたフィーナには自身の立ち位置的なものを全く考えていなかった。
長い耳はエルフの特徴なのでハイエルフを自称してしまっても吝かでは無いとは思うが……
そんなフィーナが答えに窮していると
ーガシッ!ー
アルフレッドはフィーナの両手を手に取ると
「なんて可憐な女性なんだ。あんなに懸命になってアリアを救おうとしてくれるなんて……どうやって感謝の言葉を伝えたらいいのか分からないがありがとう」
一切の躊躇いなくグイグイと距離を詰めてきた。異性のこの距離感は明らかに自分に好意を寄せてきている。
自意識過剰とかでは無く本能的な何かでフィーナがアルフレッドからの好意を感じ取ったその時
(フィーナぁ! よくやったぞ! ミッションコンプリートだ!)
天界のフレイアから喜びの念話がフィーナの脳内に寄せられてきた。声の様子からかなりのテンションの高さが伺える。
しかし、現状はまだ全然ミッションコンプリートどころでは無く、三上梅子と化したアリアも安否不明で取り逃がしたままであるのに天界のあのポンコツ上司は何を言っているのか。
(あ、あの記憶の封印まだ終わってないんですけど……)
フィーナも訳が分からずフレイアに現状報告を試みる。もしかしたらフレイアは異世界の状況が正確には解っていないのかもしれない。
(いや、既にそのフェーズは終了した。今はその異世界の先行きが明るいものに決まったとこなんだ)
フレイアの言っている意味がフィーナには分からなかった。元々アリア・グランヴェールが三上梅子化したら第一王子であるアルフレッドが闇落ちして世界滅亡という流れだったはずである。
アリアが三上梅子化した現在はすでに世界滅亡が確定してしまっているはずなのだ。明るい話などどこにもあるはずが無いのに……
「エルフのお嬢さん。どうか僕に名前を教えてくれないか?」
目の前のアルフレッドはフィーナの右手の甲に口付けをすると、片膝を地面に付いて頭を下げてきてしまっている。
(フィーナ、お前はその第一王子と結ばれ沢山の子や孫に囲まれて大聖女としてこの世界の信仰に多大な貢献を残していくんだ。この歴史は決定だ、拒否権は無い)
念話で届くフレイアからの通達にフィーナは血の気が引いていた。いくら信仰心の為とは言ってもそこまで我が身を捧げるつもりはない。
(ちょっと待って下さい! そんなの嫌です! 第一やってる事がシトリーさんと変わらなくなるじゃないですか! 認めませんよ、そんなの!)
フィーナはフレイアに抗議の声を上げる。いきなり見ず知らずの男性と結婚しろと言われ、はいそうですかと納得出来るはずも無い。しかも、天界から魔界へ出向となったシトリーと同じ事をする事になってしまう。
(その王子、イケメン高収入高スペックだぞ? 何をそこまで嫌がるんだ? 精々数百年の異世界暮らしだ。休暇だと思えば良いだろう)
(ぜっっったいにイヤです! 私、もうそっち帰りますよ! 交信終了!)
念話では埒が明かないと判断したのかフィーナは一方的に念話を終了させた。上からの指示に対し彼女がここまで頑なに拒否するのは稀である。
「あ……」
天界との念話を終えたフィーナの前にはアルフレッドが膝をついており、二人の周りにはいつの間にか人集りが出来てしまっていた。どう対応したものか考えるフィーナの目に、ドレスを着た一人の女性の姿が止まった。
長い金髪にエメラルドグリーンの瞳、気品のある貴族の少女であり今回のパーティーの卒業生の一人である様だ。彼女が第一王子を見るその目はどこか寂しさを感じさせた。
「あ、あの……私はハイエルフのフィーナと申します。ここにお邪魔したのはアリアさんに悪しき力が見えたからでして……し、失礼しました!」
フィーナはそれだけ言うとアルフレッドの手を無理矢理振り解いて人々から逃げる様に空中に飛び上がると
ーパアアアァァァー
全身を白い光で包んであっさりと天界に転移していくのであった。




