真の地獄
「ローグ・シュタイナー! 貴様は我がシュタイナー家の恥だ! 貴様を追放する!」
一部界隈でありがちな台詞がある貴族邸の書斎に響き渡った。書斎の机に肘をついて座っているのはマーズスフィア星人の壮年の男性。向かいに立たされているのは当のローグ・シュタイナーである。
「カナロアの私的使用、無断出撃、故意の同士討ち。何れも犯罪行為だ! 分かっているのか! 軍法会議に掛けられなかっただけでもありがたく思え!」
そんな声を荒げる壮年男性の声を当のローグ・シュタイナーは軽く聞き流していた。
(うるせぇなぁ……俺にとっちゃこんな異世界どうでも良いんだよ)
書斎に置かれているテレビからは式典とやらの中継映像が流されている。テレビ画面の中はマーズスフィア星が救われたとお祭り騒ぎの真っ最中である。
「ローグ、軍紀違反も大概だがお前が特殊性癖の持ち主だったとはな……。一族の恥だ! 死んでしまえ!」
安室祐一がフィーナを襲った事が実の父親に知られているのは現場を目撃したライアン二等兵が旗艦で言いふらされてしまったからである。特に女性達の情報ネットワークは光の速さを超えているかと錯覚する程だった。
また、普段から安室祐一がマーズスフィア星人の女性達に何の興味も示していなかったのが、彼の特殊性癖説に説得力を付与してしまっていた。
もはや安室祐一は女性に靡かないクールなイケメンエリート士官では無く、何を考えているのか分からない根暗なキモメンニートというヒエラルキーの最下層にまで墜とされていた。
いくらタコの人生が不本意なものだったとしても積み上げてきた人生に誇りや愛着が全く無かった訳でもない。全ての拠り所を失った安室祐一には全てが無価値なモノに見えてきていた。
「親父殿、言いたい事はそれだけか?」
ーガチャー
安室祐一は隠し持っていたレーザーガンらしきものを父親に向けた。
「父親なんて奴はどいつもこいつも結局俺を見捨てるんだ。いつもこうだ……」
安室祐一には忌まわしい記憶が蘇ってきていた。学生生活に失敗して引きこもりとなり周回遅れとなった自分の惨めな姿。そしてそんな自分を叱るでもなく放任していただけの両親の事を。
(ああなる前に、もう少し早く強く言ってくれたら俺だってやり直せたかもしれないのによ!)
実際にやり直しに早いはあっても遅いは無い。思い立った瞬間が当人の人生において一番若さに溢れている時期なのだから、一番チャンスが残っている瞬間に動き始めるのが最適解と言えるのだ。
問題なのは他責思考で動かなかった安室祐一の判断ミスにあり、その他責思考が今も継続中な事にある。レーザーガンを向けられた現在の父親は慌てるでもなく落ち着き払った様子で
「そんなモノを向けてどうしようと言うのだ? ローグ、お前の追放は無くなりはしないしジェシカ嬢との婚約破棄が取り消される訳でも無い」
安室祐一に対し、淡々と現実に変化が起きない事を告げた。その時
「あ! 御覧下さい! 女神様がアースガルドの兵器の一機と共に光を放ち始めました! 一体何が……き、消えました! あれだけの物体が消えてしまいました!」
テレビからは式典中継の実況アナウンサーの興奮した声が聞こえてきていた。アナウンサーの喋りが一段落したところで安室祐一が
「ああ、残念だな親父殿。俺は何度でも一からやり直せるんだ。次の人生こそ完璧にになぁ!」
ーグイッ ビビィィィーッ!ー
安室祐一は言葉を言い終わるや否や、自身の眉間にレーザーガンを当て引き金を引いたのだった。
(タコの人生なんて不本意だが……次こそはうまくやってやる! 見てろよあの女神!)
安室祐一の意識はドス黒い欲望を抱いたまま、暗く深い闇の底へと沈む様に消えていくのだった。
「一体何が……き、消えました! あれだけの物体が消えてしまいました!」
意識が戻り始めた安室祐一は、ついさっき聞いたばかりのアナウンサーの声が今も聞こえている事に違和感を感じつつ意識が覚醒していくのを感じていた。それは眠りの夢から覚める時の様に……
「はっ……!」
完全に意識が覚醒した安室祐一は自分の目を疑った。
(なんだこれは? 生まれたばかりのタコツボじゃない……だと?)
安室祐一はローグ・シュタイナーとして転生してから何度か自殺を試みた過去がある。その時は何れも例外なく赤ん坊の時に戻されていた。だから今回も記憶を保ったまま赤ん坊にタイムリープ……市に戻りが出来るものと考えていた。
「馬鹿な! 死ねば俺は生まれたてに戻るはず!」
焦った安室祐一は何のためらいもなく自身に再びレーザーガンを向けると
ービビィィィ!ー
再度のタイムリープを試みた。だが……
「き、消えました! あれだけの物体が消えてしまいました!」
安室祐一が何度タイムリープを試みても戻れるのは自身の邸宅の父親の書斎であり追放を宣言された直後まで。完全に勘当された後からのリスタートに再設定されてしまっていた。
「ウソ……だろ……?」
ーカシャン!ー
時分の触手からレーザーガンが落ちていくのを止める素振りも見せず安室祐一は我が身に起きた現実に理解が追い付いていなかった。
「そ、それじゃ俺は……これから一体どうなるんだぁーっ」
安室祐一はこれから実家の後ろ盾も無くし輝かしい軍での経歴も全て棒に振った裸一貫素寒貧からのニューゲームが強制される人生が確定してしまったのであった。
「い、嫌だ! こんな人生は嫌だ! 助けてくれよ、神様! 仏様! 女神様ぁ〜!」
自分の置かれた変えられない現実を悟らざるを得なくなった安室祐一は天に向かって叫ぶ以外に出来る事を思いつけなかった。
しかし、それは父親の心象をさらにマイナス方向に傾けさせただけの意味の無い講堂なのでだった。




