同業他社
フィーナとミレットの二人がホールに出ると場の雰囲気が明らかに変わった。
一人でも十分目立っていたのが二倍になったのだから、その相乗効果は計り知れない。
もはや異世界の宿屋というより現代の某島国の某喫茶店系統のお店である。
しかし、料理やサービスは通常価格でありそういったお店特有の割増感などは全く無い。
「ミレットちゃん! ちょっとネコらしい事やってくれよ!」
「猫パンチ! 猫パンチ!」
最初の内こそ表情が浮かなかったミレットだったが常連のお客さん達にからかわれている内に吹っ切れたのか
「猫パンチは見世物じゃ無いんですよ〜、でもリクエストであれば……あたたたたっほわあぁっ!」
お客さんの要望に応えたりと、生き生きと接客する様になっていった。
真面目一辺倒なフィーナとは違い、受け答えのノリも良いミレットはすぐに場の空気に馴染んでしまった様だ。
「フィーナちゃんも何かやってくれよ〜」
「そうだな〜、ダンスの一つでも踊ってくれや」
「ダンス! ダンス! ポールダンス!」
こうなるといじって楽しいのはフィーナの方になってくる為、いつも以上にからかわれる結果となってしまった。
「踊りません! そういうのは専門店でお願いします!」
ミレットを被害担当艦にするどころかフィーナ自身が火だるまとなる結果となってしまった。
(こんなはずじゃ……)
因果応報……自業自得……身から出た錆、様々な慣用句がフィーナの頭の中で繰り返される。昔の人達はうまい事言ったものである。
「エルフの姉ちゃん! ちょいと踊ってくれや!」
「そうそう! 脱いで踊ってみせてくれよ〜!」
「脱〜げ! 脱〜げ!」
周囲の酔っぱらい達から勝手な要望がフィーナに浴びせられる。
「踊りません! 脱ぎません! 何度言われてもこのお店はそういう場所じゃありませんからね!」
顔を真っ赤にして怒るフィーナの様を酒の肴に楽しむのが常連客の一連の流れなのだ。
このやり取りが評判となりお店の商売繁盛に貢献出来ているのだから、売上という観点からは喜ぶべき話である。
しかし、こんなセクハラまがいの事を毎日の様に言われ続けてはフィーナの頭の中にもそろそろ不敬罪の言葉がチラついてくる。
(平常心……平常心……)
一応女神である自分になんと恐れ多い事を言うのだろう……別に人間を下に見ているつもりは無いが、少しは神様として慮って欲しいとは考えてしまう。
フィーナはなんとか気持ちを落ち着かせながら料理の配膳を急ぐ。食器を片付けながら注文がまだのお客が居ないか周りを見ていると
「先輩! 三番テーブルのお客様がお酒六人分です!……ニャ」
キッチンから出て行くミレットが料理を両手に持ちながら、新たな注文をフィーナに伝えてきた。
彼女は初日の仕事だというのにすでに慣れたものである。さすがに貴族の屋敷でメイドをしていただけあってか下地は十分に出来ている様だ。
大きめの木製のジョッキを左右に三つずつ手に持ったフィーナがテーブルに着くとそこには冒険者達が座っていた。
「お待たせしました。お料理は少々お待ち下さい。」
冒険者達はフィーナが運んだジョッキを各々手に取り乾杯を始めた。
見た感じ彼らは新人冒険者の集まりの様だ。仕事が成功したのだろう彼らは皆上機嫌だ。
冒険者と言えば昼から店に入り浸っていたオオカミさん達はどうしただろうと彼らのテーブルを見てみると
(あ……)
四人とも見事に酔い潰れており三人がテーブルに突っ伏しリーダーのファングのみがフラフラと一人で酒を呑んでいる状況だ。
プロージットの姿はすでに見えないのでさっさと宿の二階に上がってしまったのだろう。
外にはまだ入店待ちのお客さんが居るので食事が済んだら席を開けて欲しいところではある。
ドリンクバーで粘る空気の読めないお客の様な振る舞いは謹んで欲しいのだが。外で待っているのは五人だからこのテーブルが空けば綺麗に収まるのである。
(…………)
ふと周りに相席でも出来そうなテーブルが無いか周りを見てみると、隅のテーブルに一人で座っている女性が目に止まった。
黒いフードを被った褐色の肌の女性だ。フードの奥から綺麗な白髪が覗かせている。
「失礼します。こちら、相席よろしいですか?」
フィーナが褐色の女性に声を掛けると女性はフィーナを見るなりハッとした顔をしたかと思ったら
ーガシッ!ー
フィーナの腕を掴んで自分の方へと引き寄せてきた。
「え……あの、ちょっと……!」
突然の事に戸惑いながら女性に抗議するフィーナの耳元に女性は顔を近付け
「貴女、天界の人ですよね?」
脈絡なく言ってきた。一瞬何の事が分からず思考が停止するフィーナ。
(え? ……え? 天界……え?)
しばらくの時間が流れたが思考停止したまま固まっているフィーナの腕を掴んだまま女性は立ち上がり
「ごめん、ちょっと付き合って!」
女性に腕を引かれるままフィーナは店外に連行されていく。
「あれ? 先輩、どこ行くんですか……ニャ?」
途中で行き合ったミレットに声を掛けられたが思考停止していたフィーナはまともに返事をする事すら出来ない。
フィーナは腕を引かれ女性の進むまま同じ方向に付いて行くだけだった。
褐色の女性に連れてこられたのは宿屋から少し離れた裏通りだった。人通りも人目も無い静かな場所だった。
「いきなりでビックリした? ねぇ、聞いてる?」
今だに思考停止したままのフィーナの反応は薄い。元々、不測の事態への対処が不得意な性格なためかまだ思考停止から復帰出来ていない。褐色の女性はおもむろに
ーパチン!ー
両手をフィーナの目の前で叩いた。大きな音にビクッと身体を震わせフィーナはようやく我に返った様だ。
「あ……あの、私に何かご用ですか?」
何がなんだか状況が分かっていないフィーナにはそれだけ言うのがやっとだった。
「貴女、天界の人でしょ?隠さなくていいから、私はシトリー。貴女の同業、よろしくね。」
シトリーと名乗る女性はフードを脱ぐとフィーナの両手を取り顔を近付けてきた。
「え? 同業って……?」
フィーナにはシリーの言っている同業という言葉の意味が分からなかった、が……その意味はすぐに分かった。
シトリーは右手を自身に翳すと彼女の背中からコウモリの様な羽根、頭には角、お尻からは細く長い尻尾が生えてきた。
「ほら、私、これでも魔界で悪魔してるのよ。貴女も背中に羽あるんでしょ?」
シトリーが言う通りフィーナの背中にも羽根はある。天界からこの世界に降りる時に消してそれっきりだ。
背中に手羽先が生えているのを誰かに見られたらと思ったらとてもじゃないが人前で晒す気にはなれない。
「はい、一応ありますけど……色々と事情がありまして……それで、魔界の悪魔さんが私に何か?」
魔界の事も悪魔の事も知識で知っていただけで完全に初体験で初対面なフィーナにはシトリーが自分を連れ出した意図が分からなかった。
「魔界知ってるでしょ? あそこもの凄いブラックでさ。経費の査定も厳しくておちおち悪魔力も使えないのよ。あ、悪魔力ってのは神力と似た様なものね?」
シトリーとは出会ってまだ間もないが彼女は色々と天界の事情にも詳しい様だ。
彼女が悪魔というのは本人の言う通りの様だが……フィーナにはやっぱり彼女の目的が見えてきていない。
「だからね、私を天界に戻してもらえる様に口利きして貰えないかな?」
シトリーの言葉はフィーナには予想外だった。天界に戻してという事はシトリーは過去天界の者だったという事になる。
「……詳しいお話をお伺いしてよろしいですか?」
フィーナの頭の中に今だにはてなマークが飛び交っているが、とにかく話を聞かなければ何も理解できそうに無い。
フィーナはシトリーに色々と話を聞いてみる事にするのだった。