誘拐
敵は地下の階段に擬態してフィーナを待ち構えていた様だった。しかし、赤外線に何の反応も無かった為敵が潜んでいるなどフィーナは考えもしなかった。
ーシュルシュルシュルシュルー
フィーナを捕まえたマーズスフィア星人は通路の奥へと進み始めていた。逆さまに吊り上げられたフィーナには敵がどこに向かっているのかも分からない。
フィーナ達が逃げ込んだL字型の通路は扉の先も含めてコの字型の通路であり、L字型だと思っていたのは単にカードキーの扉で塞がれていただけであり、全体像はただのコの字型の通路であった。
その為、反対側からいくらでもフィーナ達の元に迫れる様になっていた通路でしかなかったのであった。
「放して! やだっ! 放してぇっ!」
しかし、今更気がついてもどうにもならない。フィーナは敵の手から逃れるべく足を動かして必死に抵抗を続けていた。
しかし、フィーナの抵抗虚しく、見る間に建物の外に出たかと思ったら敵の宇宙船らしき場所に連れ込まれてしまった。
「よし! 獲物は無事だな。引き上げるぞ!」
ーウイイイィィィンー
「あぁ……!」
フィーナの目の前で無情にも宇宙船のハッチが閉まっていく。敵に誘拐されたら自分はどうなるのか?自身の未来に恐怖を感じたフィーナは
「嫌っ! いやぁっ!」
ーピュン! ピュン! ピュン!ー
宙吊りのまま狙いも付けずに溜めてすら居ない光の矢をデタラメに撃ち出し始めた。
「なんだ! こいつ、大人しくしろ!」
フィーナを捕えているマーズスフィア星人は触手でフィーナを後ろ手に締め上げ始めた。
ーギュウゥッ!ー
「い、痛っ! や、やめ……!」
あまりの痛みに光の矢は撃ち出せなくなってしまった。
「少佐殿の命令だから生かしてるだけなんだからな。死にたくなけりゃ大人しくしてろよ」
マーズスフィア星人は大人しくなった彼女に手枷と足枷を取り付けると、フィーナを何か箱の様なモノに押し込んでしまった。
箱の中は用具入れの様でよく解らない装備品の様なものが入れられているだけで脱出に役立ちそうなモノも無い。
「いやぁ……出して! 助けて!」
箱の中のフィーナには絶望する事しか出来ない。いくら手足を動かそうとしても枷はビクともしない。
「二時の方向、対空砲だ!」
「左に滑らせるんだ! 急げ!」
「ちゃんと帰れば大金星だ! お前らちゃんとやれよ!」
箱の外からはマーズスフィア星人達がラムシュタイン基地から脱出する為に悪戦苦闘する声が聞こえてくる。その時
ーガシィーン!ー
宇宙船が何かにぶつかった衝撃が伝わってきた。
「なんだ!」
「わかりません! 黒い靄がが出ていて見えません!」
ーズシィーン!ー
今度は何かが上から落ちてきた様な衝撃が伝わってきた。
「こ、高度が落ちてます! 上昇出来ません!」
「くそっ! 何が起きてるのか見てこいカルロ!」
「りょ、了解」
ーウイイイィィィンー
宇宙船のハッチが開く音と空気が流れ込んでくる風の音が聞こえてきた。
「う! くぅっ!」
フィーナは用具箱の中で手枷と足枷をどうにか出来ないかと懸命に藻掻いていた。逃げ出すなら今しかない!と……。しかし、非力な彼女では拘束から逃れる事は不可能だった。疲れ果てたフィーナが絶望したその時
「隊長! 船に敵が取り付いてます! こいつ、共振砲で……」
外からマーズスフィア星人達の声が聞こえてきた。
「ダークランス!」
ーズドッ!ー
「ぐわあああっ!」
マーズスフィア星人が攻撃されたのか落下しながらの悲鳴の様な叫び声が聞こえてきた。それに一瞬だが、レイスニールの声も聞こえた気がする。
しかし、宇宙船の高度は分からないがまだ宙に浮いているのは分かっている。空中なのに彼の声が聞こえてくるはずも無い。
不安と期待が綯い交ぜになりながら用具箱の中でフィーナが外の様子を窺っていると
「この船は我々が抑えた! 速やかに武装解除して停戦せよ!」
今度は確かにレイスニールの声が聞こえてきた。これで助かるとホッとするフィーナが助けを呼ぼうとしたが……
(今はまだ駄目……)
確実に敵の武装解除を済ませてからでなければ、自分が助けを呼んだ事で全てが台無しになってしまう可能性が頭をよぎったフィーナは事の成り行きを見守る事にした。
「一人で乗り込んで来るとは良い度胸だ!」
ージャキッ!ー
マーズスフィア星人の隊長が武器を構えたがレイスニールは動じない。
「船内でそんなものを使えばどうなるか分からない訳ではあるまい?大人しくしていれば捕虜の待遇は約束してやる」
「くそっ!」
ーズシィィィン!ー
彼らの睨み合いが続く中、宇宙船は重さに耐えきれなくなったのか地上に不時着してしまった。
「し、仕方ない。……降伏する」
マーズスフィア星人達は隊長の判断で降伏を選択した様だ。外では基地の兵士達が宇宙船内に大勢入ってきた物音とマーズスフィア星人が連行されていく様子が物音で伝わってきた。
「少尉殿! おられますか!」
レイスニールが自分を呼ぶ声が聞こえてきた。もう大きな声を出しても大丈夫な様だ。
「わ、私はここです! 生きてます!」
フィーナが大声で叫ぶと誰かが近付いてくる足音が聞こえてきた。そして
ーギギィー
「うっ……」
金属が軋む音と共に箱の蓋が開けられた。船内の眩しさに思わずフィーナの目が眩む。
「整備兵! 少尉殿の枷を外してくれ」
レイスニールの指示に他の誰かも近付いてくる。そして
ーパチン パチンー
フィーナはようやく手足を拘束していた枷が外され自由になった。無理な体勢で用具箱に押し込まれていたせいか、うまく身体が起こせない。
「だ、大丈夫ですか? 今、衛生兵が来ますから無理はなさらないで」
起き上がろうとするフィーナを制止してきたのは犬耳の整備兵マイクの様だ。眩しさにまだ目が慣れないが耳は正常な様だ。
「す、すみません。お手数……お掛けしま……す…………」
ようやく助かったという安心感にフィーナは気が抜けてしまったのか、彼女の意識はあっと言う間に薄れていってしまうのだった。




