前線司令部
輸送機で現地に向かう機内にて、敵の目的に話題が映ると皆が一様に考え込んでしまっていた。
「少尉殿、自分の考えではあいつらはこのアースガルドを出来るだけ無傷で手に入れたいのだろうと……そんな気がします」
軍曹が頭を捻りながら自分の意見を口にしてきた。彼が言うには、敵は王国にある軍事基地を優先的に攻めてきている点。
また、それ以外の場所には全く手を出してしていない点。この二つを考慮すると敵はアースガルドと全面的な戦闘に入るつもりは無い様に見られるらしい。少なくともアースガルド全土を焼け野原にする気は無さそうではあるというのが軍曹の意見である。
「それじゃ、もしかしたら話し合いで解決出来るかもって事ですかぁ〜?」
軍曹の意見を聞いたクリムローゼがやや食い気味に会話に参加してきた。
「伍長! 少しは考えてから話せ! 我々軍人は政治の方向性を語る立場には無い! 出来るのは話し合いを有利に進める為の材料を得る位だ!」
軍曹に怒られたクリムローゼは兎耳が一気にシワシワに萎びてしまった。
「う〜、思った事を聞いてみただけだったのにぃ〜」
涙目で軍曹にクレームを入れるクリムローゼにフィーナが
「まぁまぁ、ここでの話はオフレコみたいなモノですから。これが報道陣相手の公式なコメントとかだと駄目ですけど……あの、もし話し合いが出来るのならそれも有りなんじゃないかと私は思いますよ?」
すかさずクリムローゼのフォローに入った。どちらか一方に肩入れし過ぎない様に会話を軟着陸させるのは中々骨が折れるものである。今は二人共軽口を叩く程度で済んでいるが嫌い合う様になってしまったらアウトである。
亜人とは言え人間である以上合う合わないはあるのは仕方が無いのだが、これから戦地に向かうというのにトラブルは勘弁して欲しいものである。
ードン!……キュキュキュッ!ー
突然の衝撃に一瞬身体がベンチから浮いてしまった一同。完全に無防備だったのかクリムローゼはお尻を擦りながら
「いったぁ〜! いきなり何なんですかぁ、もう〜!」
薄暗い貨物室で一人ボヤキの声が響く。
「臨時の滑走路だからな。多少着陸が乱れるのも仕方ない」
軍曹が的確に状況を説明した。彼の説明を聞きながら普通に軍曹が上司で良かったのでは……?と、お尻を擦りながらフィーナはそんな事を考えていた。
輸送機がタキシングに入った所で軍曹が
「輸送機が止まったら迅速にトレーラーをハンガーに運び入れるんだぞ! ここは戦場だ、それを忘れるな!」
整備兵を整列させて皆に説明を行っていた。そんな軍曹達を後ろから見ていたクリムローゼが隣りに居るフィーナに
「少尉殿〜? 軍曹に大きい顔させちゃってるままで良いんですかぁ? あの人、ドラハラの権化ですよぉ?」
耳打ちをする様に話し掛けてきた。彼女が言うドラハラが何の事か分からないフィーナだったが
「軍曹は私より整備の人達との付き合いが長いですからね。私が出なくてもうまく動かしてもらえるはずですから」
クリムローゼに当たり障りの無い返答をするのだった。そんなフィーナ達にも軍曹は
「ルービンシュタイン伍長! 貴様も自分の機体に乗り込める様に準備しておけ! タキシング中に奇襲されたらどうする!」
軍曹に怒鳴られビクッと身体を震わせたクリムローゼは
「分かりましたよぉ〜、今行きますってばぁ〜」
ボヤきながら自分の機体が載せられたトレーラーのそばに駆けていくのだった。
ーウイイイィィィンー
輸送機の後部ハッチが開けられトレーラーに載せられたH・A・Wの搬出が始まった。まずは後部ハッチに近いクリムローゼの機体から前線基地に臨時に建造されたハンガーへと移送される事になった。
「アインホルン少尉、これから前線の司令部に出頭します。搬出作業は軍曹に任せて私に付いてきて下さい」
機体の搬出作業をボケッと見ているだけだったフィーナにモニクが声を掛けてきた。
「は、はい! わかりました」
フィーナは二つ返事でモニクの後に付いて高速道路の上を歩き始めた。郊外の街の近くに造られた前線基地は基本仮設テントがメインであり、資材のほとんどはH・A・Wのハンガーの建設に回されている様だった。
そんな高速道路の脇に設置されたハンガー群を抜けた先に設置された司令部に着いたフィーナはモニクの後に続いてテントの中へと入っていくのだった。
ーパサッー
「よく、来てくれた。ローゼンヌ少佐、そして君がアインホルン少尉か。始めまして。」
にこやかに二人に挨拶をしてきたのは身なりの整った中年男性だった。前線の司令官なのだろうがどことなく気品の感じられるその中年男性は二人を奥の応接スペースへ入る様に促してきた。
「し、失礼しま……す!」
奥にはフィーナを集団で襲ってきたエドワードが先客としてソファーに座っていた。思わず後退るフィーナに
「どうされたかな? 彼は私の甥だ。何も心配は要らない」
先程の中年男性が声を掛けてきた。その言葉に嘘偽りは無いように思えたが、実際に酷い目に遭いかけたフィーナには肯定する事は出来なかった。
「アインホルン少尉、私の後に続きなさい」
立ち往生しているフィーナの代わりにモニクが先に進む事となった。そして
「お久しぶりです。エドワード・アースガルド中尉」
その口調は言葉とは裏腹の厳しいものだった。彼女はフィーナが彼に襲われているのを目撃していた為か嫌悪感もあるのだろう。
「よう、ローゼンヌ少佐」
中尉であるエドワードは階級など全く気にする素振りも見せずにモニクに横柄な態度で返してきた。彼はフィーナを一瞥すると不敵な笑みを浮かべただけで何も話しかけてくる事は無かった。
また、応接スペースに居たのはエドワードだけでは無く、彼と同世代のエドワードに似た銀髪の青年がもう一人居た。
「お久しぶりです。ローゼンヌ少佐。後は……アインホルン少尉。お噂はかねがね伺っております。私はヴォルフ・アースガルドと申します。軍では中尉を勤めさせて頂かせております。よろしくお願いします」
銀髪のヴォルフと名乗る青年はフィーナに敬礼をするとにこやかに握手を求めてきた。




