祀り上げられる女神
王都にマーズスフィアの降下部隊が襲撃してきた日から三日が過ぎた。本来は式典が終わったら、フィーナ達はすぐに元の外人部隊の基地へ帰る予定となっていた。
しかし、王都が敵の襲撃を受けたせいで輸送機の準備もままならずフィーナ達の帰隊は伸び伸びになっていたのだ。
「アインホルン准尉、今日も指示が来ています。出来ますね?」
すっかりお疲れな態度を隠すつもりも無いフィーナにモニクが話し掛けてきた。敵の攻撃を簡単に許してしまったアースガルド星ではある訳だが、宇宙への進出などまだ本格的に出来ていないアースガルド星には宇宙からの攻撃にはまだまだ脆弱なのである。
まあ、アースガルド星の各地にある基地が襲撃を受けているとは言っても、王都からは遠く離れた場所での出来事であるため、王都の住民達にとっては戦争など遠く離れたテレビの中の出来事でしか無かったのだ。
そんな中、いきなり現実を目の前に叩き付けられてしまった民衆の不安は頂点に達していたのである。そこで、王都の主脳部はこれ幸いとばかりに式典を終え、帰り支度をしていたフィーナに白羽の矢を立ててきたのであった。
「こちらがスピーチの内容です。しっかりと暗記して本番に備えて下さい」
今日も国王陛下の王都行脚に同行しての王都巡業である。民衆に希望を与えパニックを防がねばならないのは分かっているのだがどうして自分まで……?と、いう疑問は拭えないでいた。
発端は王都上空に現れた女神レアの存在であり、その姿は多数の人々に目撃されていたばかりでは無く多数の映像媒体にも残されていたのである。
伝説やおとぎ話の類かと考えられていた神が実在する=伝説のハイエルフが実在している=お前、各地回って神様の実在を説いて来い……そんな流れになってしまっているのである。
神様存在の生き証人的な立ち位置にされてしまったフィーナは神様の実在を説いてアースガルド側には神様がついているからお前達安心しろと説得して回る羽目になってしまったのである。
確かにアースガルド側を天界がバックアップしているのは事実であるし、神や女神が実在しているのも事実ではあるのだが
(う〜ん……)
女神の実在を説いて回る女神と言うのは……何なのだろう?この星の人々に信仰心が戻ったとしてもそれはフィーナに対してでは無く、全てがレアに持っていかれてしまうのだ。
現に三日前の敵の襲撃に対してフィーナが展開した光の壁……あれも王都の人々の間では女神レアの加護とされてしまっているのである。自身の仕事が評価を受けにくいのは分かっているつもりではあるのだがそれでもやっぱり
(遺憾です……)
フィーナにも色々と腑に落ちないところがあるのである。
ーバタン!ー
その時、客間の扉が勢いよく開けられ
「アインホルン准尉殿! お車の準備が出来ました!」
部屋に入るなり敬礼していたのはドラコ軍曹である。相変わらずフィーナの教育係的な立ち位置なのには変わりが無いのだが昇進したフィーナに正式に階級章も与えられてからと言うもの、軍曹はフィーナに対し敬語を使う様になっていたのだ。
「あ、すみません。まだ原稿覚えてなくて……」
疲れ切っていて少しでも座っていたいフィーナに対し軍曹は
「時間がありません! スピーチ内容はお車の中でご確認を!」
変わったのは言葉遣いだけで態度は全く変わっていないのである。
「え? あの、ちょっと待って……まだ朝ご飯も……あああああ〜!」
軍曹はフィーナを立たせると彼女の首根っこを掴み半ば強引にフィーナを車へと連行していくのであった。
護送車の様な黒塗りの高級車に乗せられたフィーナは軍曹引率の下、国王の車列の後に続いていた。
「准尉殿、スピーチの内容は覚えられましたか?」
対面で座っている軍曹が声を掛けてきた。
「あ、はい……。大体ですけど……」
フィーナが読んでいる原稿はA4サイズの用紙にビッシリと書かれたもので、内容は我々には神様が付いているから負けるはずが無い。各地で奮戦している兵士達の為にも日々の生活を頑張ろう……という趣旨の内容である。
「大体では困るのです! 一字一句正確に覚えてこそ本来の軍務も完璧にこなせるのです!」
大きな口を開けて叱責してくる軍曹にフィーナは疲れの色を隠せたかった。
「いいですか? 王都西地区二番街の皆様、私は……」
この軍曹、フィーナが悪戦苦闘している原稿内容をチラ見しただけで既に暗記してしまっているのだ。ドラゴンを先祖に持つだけあって軍曹の知能はかなり高いらしい。種族による基礎ステータスの差にフィーナが不満を感じていると
「……皆様に神の御加護があります様に。ご静聴ありがとうございました。こうだ。この位すぐに覚えて頂かなければ困ります! 准尉の後ろには大勢の外人部隊の皆が居るんです! この仕事を立派に勤め上げる事で我々の評価も変わるのですよ!」
大きな口でフィーナに小言を言ってくる軍曹に対し、フィーナは持たざる者としての不公平感を感じていた。
(…………)
何なら軍曹の口の中につっかえ棒でも差し込みたい位の衝動に駆られていた。そんな事をしたら後で地獄を見る事になるのは自分自信なので想像するだけで我慢するしかないのだが。
フィーナ達の車列が目的地に着くとそこは相変わらずの凄い人だった。国王夫妻の人気が凄まじい事を物語っている証左である。
「お集まりの我が西地区の国民達よ! 私はアースガルド国王として……」
恒例の国王陛下の演説が始められた。フィーナの立ち位置は国王陛下が登っている臨時に造られた演説台の後方の横の方、国王に同行する国の偉い人達が並んでいる一箇所だった。最前列なのが気になるがある意味この数日の定位置ではある。
(え〜と……)
スピーチなどはズブの素人なフィーナは未だに今回のスピーチ内容を頭の中で反芻している有り様だった。民衆の注目が壇上の国王に集まっているのはフィーナには有り難かった。




