定住地
食事が終わり、ミレットとファングの二人が酔い潰れた頃には店内の喧騒も大分落ち着いていた。
フィーナ達が食後の一時を過ごしていると
「ちょっといいかい?」
女将さんが声を掛けてきた。そういえば何が話があるという事だったはずだが……
「お前さん、住むとこ探してんだろ? 良かったらウチで住み込みで働かないかい?」
「え?」
女将さんの提案に驚くフィーナ。住む場所どころか仕事まで決まるのなら心配事は大分片付いてしまう。
「あの……よろしいんですか?」
どこの誰とも分からない自分で良いのだろうかと思う。女将さんはそんなフィーナの心情を察したのか
「家の裏に物置があってね。そこの二階が空いてるんだよ。家賃は一ヶ月で銀貨一枚、家で働いてくれるならタダでいいよ」
家賃実質タダの提案である。どうしてそこまで良くしてくれるのか気になるところではあるが
「わかりました。私とこちらの子も一緒なんですけど……よろしくお願いします」
フィーナは立ち上がり女将さんに深々と頭を下げる。その様子を見ていたアルフレッドも続いて見様見真似でお辞儀する。
「あらあら、ご丁寧にありがとう。うちの子と仲良くやっておくれよ」
アルフレッドの頭をポンポンと叩きそう言うと、女将さんは仕事に戻っていった。
明日は物置を内見させてもらって必要なものを買い出しに行かないと……と、フィーナが明日以降の予定を頭の中で組み立てていると
「フィーナさん、この度は色々とありがとうございました!」
フィーナと同じ様に寛いでいたプロージットがお礼を言ってきた。
「私は何もしてませんよ。お礼でしたらミレットさんに言ってあげて下さい」
フィーナは酔い潰れて幸せそうな顔でテーブルに突っ伏しているミレットを手で示す。
「彼女は私の大事な友達なんです。ミレットさんをお願いします」
これから自分と違う道を進んでいくミレットを見てフィーナは一抹の寂しさを感じた。彼女とは五年以上も同じ職場で苦楽を共にした仲だ。
いつまでも一緒に居られるものではないのは分かっているが、やはり別れるのは寂しいものである。
(…………)
しかし、自分の都合を押しつける訳にも、いつまでも彼女の存在に甘えている訳にもいかない。自分に出来るのはミレットを快く送り出す事くらいだろう。
「フィーナさん? ミレットさんとのおわかれ、さみしい?」
アルフレッドが心配そうな顔をしてフィーナの顔を覗き込んできた。
「そうですね。でも、大人になるとそういう事は増えていくものですよ。寂しい気持ちのままで居るより元気にお見送りしましょう」
アルフレッドもミレットとの別れを寂しく思っているのかもしれない。
フィーナも顔に出さない様に気を付けていたつもりだったが、寂しい気持ちが顔に出てしまっていた様だ。
特に先日の馬車旅の森での出来事はミレットが居なかったらすぐには立ち直れなかったかもしれない。
(私も……まだまだですね)
神力があるだけで自分は万能でも何でもない。異世界の人達に教えられる事はたくさんある。
(やっぱりこの世界は守っていきたい……)
フィーナは改めて自分の想いを噛み締めるのだった。
翌日、フィーナ達は午前中から女将さんにお願いして物置の二階を見せてもらっていた。女将さんは忙しいのでリーシャが案内役である。
物置の二階は埃っぽいものの掃除すれば十分綺麗に出来る範囲ではあるし、広さ自体は二人で住むには広すぎるぐらいであった。
炊事場は一階の隅にあるので自炊も問題は無さそうだ。
「先輩? 私、王都に戻ってきたら泊めさせてもらうのはアリですかぁ?……ニャ」
室内を興味津々で見ているミレットがちゃっかりした提案をする。
ここが使えるのなら王都での宿屋代は浮かせられると隣のプロージットに持ちかけている。
「その辺りは女将さんに聞いてみて下さい。私はお借りするだけですので……」
フィーナには判断出来ないので回答は避ける事にした。そもそも、今の状態ではテーブルと椅子が二脚しかないため、来客対応など出来るはずも無い。
今の物置きに差し当たって必要なのは二人分のベッドだろう。
「リーシャさん? この辺りに家具屋さんってありますか?」
フィーナが隣りに居るリーシャに尋ねる。
「そうですね。うちの備品でおせわになっている……」
彼女の話によるとお世話になっている家具屋が裏通りを城に向かったところにあるのだという。
本日の予定は決まった。物置の清掃と生活必需品の調達である。
「それじゃ私は買い物に行ってきます。ミレットさん達はどうされますか?」
フィーナの問いにミレットは少し考えた後で
「ついて行きたいんですけどさすがにオオカミさん達は放っとけませんからね〜……ニャ」
白銀の群狼の面々の三下達は二日酔いで絶賛ダウン中で追加料金で宿に御滞在中である。
リーダーのファングは冒険者ギルドで仕事の物色をしているはずなので彼と合流するのだろう。
「わかりました。アルはここに残りますか?」
アルフレッドは無言でフィーナの手を取った。言葉は無くとも買い物に同行する意志の表れである。
まぁ、必要な物は家具だけでは無いので一緒に行くのもアリかもしれない。
「わかりました。それでは行きましょう。ミレットさん、私達はこれで失礼します」
ミレット達に頭を下げ一階に降りようとした時
ーギュッー
空いているフィーナの左手を誰かが握ってきた。
「リーシャさんも行きたいんですか?」
彼女も無言で何度も頷く。このまま買い物に連れて行くのに支障は無いが保護者の了解は必要だろう。
「それじゃ、お母さんに大丈夫か聞いてきて下さい。私達は外で待ってますので」
そう言うとリーシャは急いで階段を降りていった。
その日の買い物は何事も無く終了した。シングルベッドが二つに本棚が一つ、雑貨屋では食器や調理器具等の日用品を。魔道具屋ではランタンを二つ購入した。
リーシャが同行してくれたお陰で店を探して街を彷徨う事が無かったのはありがたかった。
後は帰って室内の掃除をするだけであり、メイド仕事の長いフィーナには造作も無い事だった。
日が暮れる頃には大体の作業も終わり運び込まれた家具も置かれ、埃だらけだった物置の二階はすっかり居住空間へと変わっていた。
ついでにフィーナの収納空間に入れっばなしだったアルフレッドの本も本棚へと移し替え、その他の物も室内の適切な場所へと収納した。
全ての作業が終わる頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。
「それではお食事にしましょうか。今ご用意しますので少々お待ち下さい」
掃除や片付けを手伝ってくれたアルフレッドもクタクタの様だ。
公衆浴場で汗を流してから食事といきたいところでもあるが、今の時間は仕事終わりで混雑する頃合いである。
自分はともかくアルフレッドが心配なのでお風呂は少し時間を遅らせる事にした。
「今日のご飯は何にしましょうか……」
フィーナは少し考えるがこの世界では現代の様に色々な物が食べられる訳では無い。
パンとポトフは確定だが……あと一品くらいは欲しい。炊事場で出来るのはせいぜい焼く煮るくらいまでで手間を考えると揚げ物は避けたい。
なにより、ここ数日揚げ物続きな為唐揚げ等は除外である。
(……うーん)
今日のところは簡単に塩コショウで焼いた肉のソテーで決まりである。
材料は収納空間に入っている為今日は買い出しの必要は無い。フィーナが早速料理に取り掛かろうとしたその時
「先輩! ご飯買ってきちゃいました〜!」
ミレットが両手にたくさんの魚の塩焼きらしき物を手にやってきた。
隣には少し申し訳無さそうな顔をしたプロージットもいる。彼女もなにやら包みを手にしている。
(…………)
もしかしたらベッドは二つでは足りないのかもしれない。